竜が守護せし黄昏の園の木に咲く花は

譚音アルン

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【1】大魔術師

18.白き花と北の王冠

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 「そうとしか思えないのですよ。花についての記録は聖典で、『賢神フォーンがその妻になった娘が死んだ時、白き花を与え蘇らせた。そしてその娘は永久の命を得た』と記されているのが一番古いものでしょう。
 そして、この花は実在すると私は確信しています。グノディウス王家の継承の儀式の旅は、その花の継承の為なのではないかと」

 ここまで聞いてゼーウェンはっとしてマナを見た。

 ――『正当なる継承者である私を』。

 黒衣の男の声が記憶に蘇る。
 という事はあの荒野であった黒衣の魔術師は、まさか。

 いや、それ以上に重要なのはマナが間違いなく花を継承してしまったということだ。

 「ロヒロ様によれば、『花はグノディウス王に代々継承されゆく』と王家に伝わる古の契約に記されているそうです」

 ――それは、つまり。

 「聖典の詩篇に記されている、『百鳥が歌い、清らなる乙女踊り来たりて、捧げられし白き花、北の王の冠を飾る』というのはそういうことだったのか」

 呆然とマナを見ながらゼーウェンは力なく言った。
 更に追い討ちをかけるように魔術師デストーラの言葉が続けられる。

 「花の継承者、即ちグノディウス王となる者。故に、花の意味を知るものがそれを狙うのです。
 その所為で昔から大きな戦争が起こってきたと言えるでしょう。
 ただ、問題が一つ。今までは花を、つまり王位継承権を狙うのは秘密を知り得た一部の貴族や他国の王族、盗賊ぐらいしかいなかったそうです。
 しかし今回は神殿――神託者ザスにおかしな動きがあると判ったのです」

 神託者ザスとはウルグ教の現人神の事だ。
 神殿の最高権力者であり、神の魂をその身に宿して民を導く者とされている。

 「その事を含めて探っていたのがリュートだったって訳だ」

 それまで黙っていた魔剣士ルブルが口を挟んだ。
 デストーラは目を閉じて天を仰ぐ。

 「グノディウスの先王は、神託者ザスを政務に口出し出来ないように法を整えられるおつもりだったとか。グノディウス王家と神殿の関係が悪化したのは想像に難くありません。
 サーカ戦役を引き起こしたのは、神託者ザスではないかとロヒロ様は考えておられます」

 感情を無理やり排除している声。それでもそれは微かに震えていた、仲間の死が実感として湧いてきたのだろう。
 デストーラを気遣うようにルブルが続きを引き取った。

 「ゼーウェン殿も知っての通り、グノディウス王は代々その神託の下に政務を行ってきた歴史がある。
 秘められた儀式によって定められて代替わりするそうだが――常識的に考えて、俺には神が人の肉体に宿るとは到底考えられない。
 しかし、迷信深い人々は皆神託者ザスを崇め、妄信している」

 もっともロヒロ様に仕えるまでは俺も何ら疑問を持たなかっただろうな、とルブルは付け加えた。
 その傍らで落ち着きを取り戻したデストーラがゼーウェンの瞳を真っ直ぐに見詰める。

 「リュートは一体何を知って殺されたのでしょう。兄弟ハーゼーウェン、教えて頂けませんか。もしもザスが邪な思いを抱いて、グノディウス王たらんとして花を狙っていたら――?」

 ゼーウェンは口を開きかけ、しかし魔術師リュートの最期の言葉が脳裏に蘇る。
 彼は『セルヴェイに』伝えて欲しいと言わなかったか。

 「兄弟ハー、どうか」

 ゼーウェンはゆっくりとかぶりを振った。

 「……兄弟ハーデストーラ。残念ながら、それをあなた方に言う事は出来ない」

 「何と!?」

 「俺達が信用できないとでも?」

 「いいえ。そういうことでは無く。彼が死ぬ間際、私に託した事は、あなた方に伝える事では無かったのだから」

 「一体誰へ伝えるようにあれが申したのですか」

 「……信じられないかも知れないが、私の師だ」

 「――セルヴェイ様に?」

 その時、悲鳴が廊下を響き渡った―――若い剣士がバタバタと走ってくる音がしたかと思うと、ドアが乱暴に開けられる。

 「ルブル様!!」

 「どうした!?」

 「大変です! ここが奴らにばれました―――囲まれてます! 応援の兵を引き連れて来るのも時間の問題です、早くお逃げ下さい!!」

 その場にいた者達全てに緊張が走る――次の瞬間には、もう各々の手に武器が握られていた。

 「マナ、こちらへ……私の傍から離れるな!」

 ゼーウェンは湾曲刀を片手にびくついている彼女を引き寄せ、肩をつかんで緊張をほぐす簡単な呪文を口にした。
 ボボッタがちょろりと主人の下へ走ってゆく。
 驚きによる彼女の体の緊張はある程度ほぐれた――よし、これでいざという時動けるだろう。

 しかしそれでもその黒い瞳に浮かぶ不安と恐れの光までは払拭する事が出来なかったが。
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