42 / 51
【1】大魔術師
18.白き花と北の王冠
しおりを挟む
「そうとしか思えないのですよ。花についての記録は聖典で、『賢神フォーンがその妻になった娘が死んだ時、白き花を与え蘇らせた。そしてその娘は永久の命を得た』と記されているのが一番古いものでしょう。
そして、この花は実在すると私は確信しています。グノディウス王家の継承の儀式の旅は、その花の継承の為なのではないかと」
ここまで聞いてゼーウェンはっとしてマナを見た。
――『正当なる継承者である私を』。
黒衣の男の声が記憶に蘇る。
という事はあの荒野であった黒衣の魔術師は、まさか。
いや、それ以上に重要なのはマナが間違いなく花を継承してしまったということだ。
「ロヒロ様によれば、『花はグノディウス王に代々継承されゆく』と王家に伝わる古の契約に記されているそうです」
――それは、つまり。
「聖典の詩篇に記されている、『百鳥が歌い、清らなる乙女踊り来たりて、捧げられし白き花、北の王の冠を飾る』というのはそういうことだったのか」
呆然とマナを見ながらゼーウェンは力なく言った。
更に追い討ちをかけるように魔術師デストーラの言葉が続けられる。
「花の継承者、即ちグノディウス王となる者。故に、花の意味を知るものがそれを狙うのです。
その所為で昔から大きな戦争が起こってきたと言えるでしょう。
ただ、問題が一つ。今までは花を、つまり王位継承権を狙うのは秘密を知り得た一部の貴族や他国の王族、盗賊ぐらいしかいなかったそうです。
しかし今回は神殿――神託者におかしな動きがあると判ったのです」
神託者とはウルグ教の現人神の事だ。
神殿の最高権力者であり、神の魂をその身に宿して民を導く者とされている。
「その事を含めて探っていたのがリュートだったって訳だ」
それまで黙っていた魔剣士ルブルが口を挟んだ。
デストーラは目を閉じて天を仰ぐ。
「グノディウスの先王は、神託者を政務に口出し出来ないように法を整えられるおつもりだったとか。グノディウス王家と神殿の関係が悪化したのは想像に難くありません。
サーカ戦役を引き起こしたのは、神託者ではないかとロヒロ様は考えておられます」
感情を無理やり排除している声。それでもそれは微かに震えていた、仲間の死が実感として湧いてきたのだろう。
デストーラを気遣うようにルブルが続きを引き取った。
「ゼーウェン殿も知っての通り、グノディウス王は代々その神託の下に政務を行ってきた歴史がある。
秘められた儀式によって定められて代替わりするそうだが――常識的に考えて、俺には神が人の肉体に宿るとは到底考えられない。
しかし、迷信深い人々は皆神託者を崇め、妄信している」
もっともロヒロ様に仕えるまでは俺も何ら疑問を持たなかっただろうな、とルブルは付け加えた。
その傍らで落ち着きを取り戻したデストーラがゼーウェンの瞳を真っ直ぐに見詰める。
「リュートは一体何を知って殺されたのでしょう。兄弟ゼーウェン、教えて頂けませんか。もしもザスが邪な思いを抱いて、グノディウス王たらんとして花を狙っていたら――?」
ゼーウェンは口を開きかけ、しかし魔術師リュートの最期の言葉が脳裏に蘇る。
彼は『セルヴェイに』伝えて欲しいと言わなかったか。
「兄弟、どうか」
ゼーウェンはゆっくりとかぶりを振った。
「……兄弟デストーラ。残念ながら、それをあなた方に言う事は出来ない」
「何と!?」
「俺達が信用できないとでも?」
「いいえ。そういうことでは無く。彼が死ぬ間際、私に託した事は、あなた方に伝える事では無かったのだから」
「一体誰へ伝えるようにあれが申したのですか」
「……信じられないかも知れないが、私の師だ」
「――セルヴェイ様に?」
その時、悲鳴が廊下を響き渡った―――若い剣士がバタバタと走ってくる音がしたかと思うと、ドアが乱暴に開けられる。
「ルブル様!!」
「どうした!?」
「大変です! ここが奴らにばれました―――囲まれてます! 応援の兵を引き連れて来るのも時間の問題です、早くお逃げ下さい!!」
その場にいた者達全てに緊張が走る――次の瞬間には、もう各々の手に武器が握られていた。
「マナ、こちらへ……私の傍から離れるな!」
ゼーウェンは湾曲刀を片手にびくついている彼女を引き寄せ、肩をつかんで緊張をほぐす簡単な呪文を口にした。
ボボッタがちょろりと主人の下へ走ってゆく。
驚きによる彼女の体の緊張はある程度ほぐれた――よし、これでいざという時動けるだろう。
しかしそれでもその黒い瞳に浮かぶ不安と恐れの光までは払拭する事が出来なかったが。
そして、この花は実在すると私は確信しています。グノディウス王家の継承の儀式の旅は、その花の継承の為なのではないかと」
ここまで聞いてゼーウェンはっとしてマナを見た。
――『正当なる継承者である私を』。
黒衣の男の声が記憶に蘇る。
という事はあの荒野であった黒衣の魔術師は、まさか。
いや、それ以上に重要なのはマナが間違いなく花を継承してしまったということだ。
「ロヒロ様によれば、『花はグノディウス王に代々継承されゆく』と王家に伝わる古の契約に記されているそうです」
――それは、つまり。
「聖典の詩篇に記されている、『百鳥が歌い、清らなる乙女踊り来たりて、捧げられし白き花、北の王の冠を飾る』というのはそういうことだったのか」
呆然とマナを見ながらゼーウェンは力なく言った。
更に追い討ちをかけるように魔術師デストーラの言葉が続けられる。
「花の継承者、即ちグノディウス王となる者。故に、花の意味を知るものがそれを狙うのです。
その所為で昔から大きな戦争が起こってきたと言えるでしょう。
ただ、問題が一つ。今までは花を、つまり王位継承権を狙うのは秘密を知り得た一部の貴族や他国の王族、盗賊ぐらいしかいなかったそうです。
しかし今回は神殿――神託者におかしな動きがあると判ったのです」
神託者とはウルグ教の現人神の事だ。
神殿の最高権力者であり、神の魂をその身に宿して民を導く者とされている。
「その事を含めて探っていたのがリュートだったって訳だ」
それまで黙っていた魔剣士ルブルが口を挟んだ。
デストーラは目を閉じて天を仰ぐ。
「グノディウスの先王は、神託者を政務に口出し出来ないように法を整えられるおつもりだったとか。グノディウス王家と神殿の関係が悪化したのは想像に難くありません。
サーカ戦役を引き起こしたのは、神託者ではないかとロヒロ様は考えておられます」
感情を無理やり排除している声。それでもそれは微かに震えていた、仲間の死が実感として湧いてきたのだろう。
デストーラを気遣うようにルブルが続きを引き取った。
「ゼーウェン殿も知っての通り、グノディウス王は代々その神託の下に政務を行ってきた歴史がある。
秘められた儀式によって定められて代替わりするそうだが――常識的に考えて、俺には神が人の肉体に宿るとは到底考えられない。
しかし、迷信深い人々は皆神託者を崇め、妄信している」
もっともロヒロ様に仕えるまでは俺も何ら疑問を持たなかっただろうな、とルブルは付け加えた。
その傍らで落ち着きを取り戻したデストーラがゼーウェンの瞳を真っ直ぐに見詰める。
「リュートは一体何を知って殺されたのでしょう。兄弟ゼーウェン、教えて頂けませんか。もしもザスが邪な思いを抱いて、グノディウス王たらんとして花を狙っていたら――?」
ゼーウェンは口を開きかけ、しかし魔術師リュートの最期の言葉が脳裏に蘇る。
彼は『セルヴェイに』伝えて欲しいと言わなかったか。
「兄弟、どうか」
ゼーウェンはゆっくりとかぶりを振った。
「……兄弟デストーラ。残念ながら、それをあなた方に言う事は出来ない」
「何と!?」
「俺達が信用できないとでも?」
「いいえ。そういうことでは無く。彼が死ぬ間際、私に託した事は、あなた方に伝える事では無かったのだから」
「一体誰へ伝えるようにあれが申したのですか」
「……信じられないかも知れないが、私の師だ」
「――セルヴェイ様に?」
その時、悲鳴が廊下を響き渡った―――若い剣士がバタバタと走ってくる音がしたかと思うと、ドアが乱暴に開けられる。
「ルブル様!!」
「どうした!?」
「大変です! ここが奴らにばれました―――囲まれてます! 応援の兵を引き連れて来るのも時間の問題です、早くお逃げ下さい!!」
その場にいた者達全てに緊張が走る――次の瞬間には、もう各々の手に武器が握られていた。
「マナ、こちらへ……私の傍から離れるな!」
ゼーウェンは湾曲刀を片手にびくついている彼女を引き寄せ、肩をつかんで緊張をほぐす簡単な呪文を口にした。
ボボッタがちょろりと主人の下へ走ってゆく。
驚きによる彼女の体の緊張はある程度ほぐれた――よし、これでいざという時動けるだろう。
しかしそれでもその黒い瞳に浮かぶ不安と恐れの光までは払拭する事が出来なかったが。
0
お気に入りに追加
175
あなたにおすすめの小説

貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる