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【1】大魔術師
14.森の朝
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次の日の朝、ゼーウェンはマナを連れて散歩に出かけた。
長く森に暮らしていたのが影響しているのか、ゼーウェンの足は自然、森へ向かっていた。
森には雪山から溶け出してきた水が伏流水として地中を通り、その支流が清流となって小川を作っている。
朝の光が差し込む梢から鳥の歌声が聞こえてきた。森の入り口あたりでマナの顔が心なしか明るく見える。森をぐるりと回って小川にさしかかった。
ゼーウェンには思いもよらぬ事だったが、マナは歓声ともつかぬ声を上げて小川に入っていった。
パシャパシャと幼い子どものように素足を水に浸して遊んでいる。
マナの年齢からすればそれは少し相応しくない行動なのではないかと一瞬ちらりと思ったが、朝の光溢れる森の小川で本当に嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべていたので、ゼーウェンも自然と笑みがこぼれた。
こんな風に笑顔を取り戻せて良かった、と安堵する。
雪山の恩恵は世界全ての人々を潤している。その恩恵はマナの心にも届いたようだ。
そう思った時だった。どこからか矢が飛んで来たのは。
「誰だ!!」
ゼーウェンは咄嗟に周囲の気配を辿り、その方向へ叫んだ。
「大人しく出てこい! そこにいるのは分かっているんだ!」
「いやあ、悪い!」
たっぷりと生い茂った茂みの奥のほうから返事がした。がさがさとかき分ける音がして、一人の男が姿を現す。
暗い茶色の短髪にこの地方には珍しい灰色の瞳。
「あんたは…」
ゼーウェンにはその男に見覚えがあった。
昨夜の浴場の事を思い出す。
やたら私に話しかけてきた男だ。女湯で連れがマナとなにやら仲良くなったのを壁越しに聞いていていたのまでは良かったが、マナに興味を持った挙句、女湯を覗こうとして壁に上りだしたので魔法で滑らせてやったのを思い出した。
相手もこちらを思い出したのか、首を傾げている。
「あれ? 誰かと思ったら昨日の堅物の兄ちゃんじゃねえか。奇遇だねえ。おやそちらの可愛い子は?」
「そんな事はどうでもいい。この矢は何のつもりだ?」
男の手に握られている大きな弓に目を走らせながらゼーウェンは詰問する。少しずれていたらマナに当たったかも知れないのだ。
「何のつもりって言われても。朝早く練習してたらうっかり的からそれちまって。あいつが横から妙な茶々入れやがるから……」
ぼりぼりときまり悪そうに後頭部を掻きながら男がそう言った時、
「誰のせいですって!? もっぺん言ってみなさい、ユーリッド?」
再び茂みをかき分ける音。今度は女性が現れた。
男装していたため一瞬男かと思ったが、その声は紛れも無い女性のものだった。
淡い金髪を緩く三つ編みにした、勝気な印象の紫の瞳。その女性はいつの間にか細身の剣をユーリッドの首筋に当てている。見た感じ、女だてらに剣士なのだろう。
「いや、その」
ユーリッドとよばれた男は青くなって慌てて、なにも言っていません、と急いで彼女の剣から逃れた。
女剣士の女性は「ふん、根性なし」と言うとゼーウェン達の方に向き直る。
「怪我は無かった? 御免なさいね。全くこのへっぽこ狩人くずれのせいで」
怪我は無い? と続ける。男は「へっぽこ…」と呟いた。
「ああ」
「あっ、サナー!?」
突然マナが声をかけた。かけられた相手も目を見開く。
「あら? マナちゃんじゃない。おはよう」
「おはよう」
「知りあいかい? マナ」
ゼーウェンが訊ねると、マナは女剣士を指差してサナーと言う。きっと彼女の名前だろう。
サナーがマナに代わって頷いた。
「ええ、そうなの。昨日浴場で知り合ったのよ」
マナと目を合わせ、にっこりして「ねえ」と頷きあっている。
「えっ!? その娘がマナ?」
それまで黙っていたユーリッドが声を上げた。気のせいか、残念そうな響きがそれに含まれている。
「そうよ、何か不服でも?」
「そんな~、決死の覚悟であの壁を登ったって言うのに…まだ子供じゃないか」
「あんたってば、一体何期待してたのよ、この馬鹿!」
サナーは鞘でゴツン、とユーリッドの頭を遠慮なくぶん殴った。
そのまま首根っこを引っ張って立ち去ろうとしたのでゼーウェンは慌てて口を開く。
「あの、昨日はマナが色々世話を焼いて貰ったそうで…有難う」
ゼーウェンが頭を下げると、サナーは日光を顔半分に受けながら眩しく笑った。
「いいのよ、あたしもこんな可愛いお友達が出来て嬉しいんだから。妹に似ているの、この子」
「おお! 麗しの夜の女神よ……あと3年経ったら俺のことを思い出しておくれ。きっと迎えに行ってあげるから」
サナーの手からいつの間にか逃れたユーリッドが戸惑うマナの手を握り締めている。
マナを口説くその台詞を聞いたサナーは今度はその耳を引っ張った。
「さ、寝言は休み休みにして……行くわよ馬鹿。今度はちゃんと狙いなさいね。一体誰に似たのかしら」
ユーリッドは情けない声で痛てて、と悲鳴を上げながら連れて行かれる。
やがて、茂みの中に彼らの姿が完全に見えなくなった。
「「……」」
後に残されたゼーウェン達は、まるで嵐が去った直後の森の様に暫く声も無く呆然とその場に立ち尽くしていたのだった。
長く森に暮らしていたのが影響しているのか、ゼーウェンの足は自然、森へ向かっていた。
森には雪山から溶け出してきた水が伏流水として地中を通り、その支流が清流となって小川を作っている。
朝の光が差し込む梢から鳥の歌声が聞こえてきた。森の入り口あたりでマナの顔が心なしか明るく見える。森をぐるりと回って小川にさしかかった。
ゼーウェンには思いもよらぬ事だったが、マナは歓声ともつかぬ声を上げて小川に入っていった。
パシャパシャと幼い子どものように素足を水に浸して遊んでいる。
マナの年齢からすればそれは少し相応しくない行動なのではないかと一瞬ちらりと思ったが、朝の光溢れる森の小川で本当に嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべていたので、ゼーウェンも自然と笑みがこぼれた。
こんな風に笑顔を取り戻せて良かった、と安堵する。
雪山の恩恵は世界全ての人々を潤している。その恩恵はマナの心にも届いたようだ。
そう思った時だった。どこからか矢が飛んで来たのは。
「誰だ!!」
ゼーウェンは咄嗟に周囲の気配を辿り、その方向へ叫んだ。
「大人しく出てこい! そこにいるのは分かっているんだ!」
「いやあ、悪い!」
たっぷりと生い茂った茂みの奥のほうから返事がした。がさがさとかき分ける音がして、一人の男が姿を現す。
暗い茶色の短髪にこの地方には珍しい灰色の瞳。
「あんたは…」
ゼーウェンにはその男に見覚えがあった。
昨夜の浴場の事を思い出す。
やたら私に話しかけてきた男だ。女湯で連れがマナとなにやら仲良くなったのを壁越しに聞いていていたのまでは良かったが、マナに興味を持った挙句、女湯を覗こうとして壁に上りだしたので魔法で滑らせてやったのを思い出した。
相手もこちらを思い出したのか、首を傾げている。
「あれ? 誰かと思ったら昨日の堅物の兄ちゃんじゃねえか。奇遇だねえ。おやそちらの可愛い子は?」
「そんな事はどうでもいい。この矢は何のつもりだ?」
男の手に握られている大きな弓に目を走らせながらゼーウェンは詰問する。少しずれていたらマナに当たったかも知れないのだ。
「何のつもりって言われても。朝早く練習してたらうっかり的からそれちまって。あいつが横から妙な茶々入れやがるから……」
ぼりぼりときまり悪そうに後頭部を掻きながら男がそう言った時、
「誰のせいですって!? もっぺん言ってみなさい、ユーリッド?」
再び茂みをかき分ける音。今度は女性が現れた。
男装していたため一瞬男かと思ったが、その声は紛れも無い女性のものだった。
淡い金髪を緩く三つ編みにした、勝気な印象の紫の瞳。その女性はいつの間にか細身の剣をユーリッドの首筋に当てている。見た感じ、女だてらに剣士なのだろう。
「いや、その」
ユーリッドとよばれた男は青くなって慌てて、なにも言っていません、と急いで彼女の剣から逃れた。
女剣士の女性は「ふん、根性なし」と言うとゼーウェン達の方に向き直る。
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「ああ」
「あっ、サナー!?」
突然マナが声をかけた。かけられた相手も目を見開く。
「あら? マナちゃんじゃない。おはよう」
「おはよう」
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サナーがマナに代わって頷いた。
「ええ、そうなの。昨日浴場で知り合ったのよ」
マナと目を合わせ、にっこりして「ねえ」と頷きあっている。
「えっ!? その娘がマナ?」
それまで黙っていたユーリッドが声を上げた。気のせいか、残念そうな響きがそれに含まれている。
「そうよ、何か不服でも?」
「そんな~、決死の覚悟であの壁を登ったって言うのに…まだ子供じゃないか」
「あんたってば、一体何期待してたのよ、この馬鹿!」
サナーは鞘でゴツン、とユーリッドの頭を遠慮なくぶん殴った。
そのまま首根っこを引っ張って立ち去ろうとしたのでゼーウェンは慌てて口を開く。
「あの、昨日はマナが色々世話を焼いて貰ったそうで…有難う」
ゼーウェンが頭を下げると、サナーは日光を顔半分に受けながら眩しく笑った。
「いいのよ、あたしもこんな可愛いお友達が出来て嬉しいんだから。妹に似ているの、この子」
「おお! 麗しの夜の女神よ……あと3年経ったら俺のことを思い出しておくれ。きっと迎えに行ってあげるから」
サナーの手からいつの間にか逃れたユーリッドが戸惑うマナの手を握り締めている。
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