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【0】愚かなる旅人達
5.黒装束の男
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黒装束の男の剣が、ゆっくりと振りかぶられる。
――ゼーウェンが殺される!
何とかしなきゃ、と思った時にはもう、あたしの体は自然に動いて足元に転がっていた石を黒装束に投げつけていた。
「この、人殺し! 何てことしてんの!」
そう言って、また石を掴む。元ソフトボール部なめんな。
「これでもピッチングは上手い方なんだからね!」
ゼーウェンがこちらに向かって何かを叫んだ。
その声の響きから、きっと逃げろと言っているんだろうと思う。
しかし、この右も左も分からない世界では、ゼーウェンの命は即ち自分の命綱。
自分一人で逃げたところで、ゼーウェンが殺されては元も子もない。
二投目も黒装束に石が当たった。どうも、そいつはあたしを見て戸惑っている様だった。
それにお構いなしにあたしは無我夢中でまた石を拾って投げる。
今度は黒装束も流石に我に返ったようで避けた。
しかし隙は作る事は出来たようで、ゼーウェンは地面の砂を黒装束にぶつける。
それは黒装束の目に入ったようで、彼はこちらへ逃げて来る事が出来た。
「――セイラーン!」
黒装束が叫んだかと思うと、地響きがしてドラゴンがこちらに向かって突進してきた。
男の声だ、と思う間も無く、ゼーウェンは「グルガン!」と叫ぶなりあたしを横抱きにして洞窟の奥へ向かって滑り込む。
伝わる地響き。
あたしの視界の端には二匹のドラゴンがもつれ合い、砂埃を上げながら戦いを始めているのが見えた。
ゼーウェンはすぐさま立ち上がるとあたしを立たせ、手を引っ張って焚き火の場所まで駆け込む。
そこで素早く荷物を引っつかむと、あたしを背に庇って外の方に向き直った。
漂って来るあの淡い光の玉。
砂つぶてから立ち直った黒装束の男が、ドラゴンの戦いを背景に、じりじりとこちらを追い詰めるように歩いてくるのが見えた。
***
黒装束の男は5メートル程の距離で立ち止まった。ゼーウェンの背が強張っている。事態は緊迫していた。
男が何かを話し始めた。
しかしゼーウェンでは無く、彼越しにはっきりと自分を見据えているのだとあたしは感じた。
内容は分からないものの、非難されているような響き。
――さっきの石を根に持ってるのかしら。もう少しで殺せたのにって? こういう人殺しするようなどっかおかしい危ない人間って切れると怖いのよね。
黒装束の男の迫力に、あたしは正直びびってしまっていた。ゼーウェンのマントを握り締めて目をぎゅっと瞑る。
緊迫した空気の中、いよいよ一触即発かと思われたその時。
いきなり男の口調ががらりと変わった。
――え?
そっと目を開けると、黒装束の男は何か言いながら大げさに肩をすくめて踵を返した。
男が外へ出て行き、何か叫ぶのが聞こえる。
と、それまで聞こえていた振動が収まった。
あたし達が出て行った時にはもう、あたりに立っていた砂埃は払われてクリアになっていた。
それから、あたしそっちのけでゼーウェンと男は話をしだした。
時たま、こちらをチラチラ見てくるからその話題が自分の事だと直感で分かったけれど、会話の内容も分からないし少し居心地の悪い思いがする。
やっと話が終わると、黒装束の男はドラゴンに飛び乗った。
ゼーウェンとあたしに別れの挨拶らしき事をする。その仕草がいやに気取っていて、何だかいけ好かない。
男はそれきり何処かへ飛んでいってしまった。ゼーウェンを殺そうとしたかと思いきや、いきなり態度を変えて。
――一体何だったの? さっぱり分からない。
後に残されたのはゼーウェンとあたしの二人、それに空にぽっかり浮かぶ大きな月だけだった。
***
あの怪しい黒装束の男が去った後、ゼーウェンは自分の指から指輪を外した。
そしてあたしの手を取ると、それを左手の薬指に嵌めてくる。
何か呪文のようなものを呟くと、ぶかぶかだったその指輪はシュルンと締まり、指の大きさに縮んだ。
――えっ、ちょっ!?
慌てて指輪を外して返そうとするも、ゼーウェンはあたしの手を拳を作らせるように包み込んで押し返してきた。
――……何だかよく分からないけど、この指輪をしておけってことかな。
ゼーウェンがそれを望むのなら、と指輪を外すのをやめる。
指輪を月明かりに照らして見ると、それは角度を変える毎に青やら紫やらに反射して美しい。
「この石、凄く綺麗だね――ありがとう」
石を撫でると、その表面はすべすべしていた。魔法がある世界、襲撃があった後で渡されたのだし、きっとこれはお守りの石なのだろう。
あたしがゼーウェンの方を向いてにっこりと笑うと、彼は照れたように俯いた。
――ゼーウェンが殺される!
何とかしなきゃ、と思った時にはもう、あたしの体は自然に動いて足元に転がっていた石を黒装束に投げつけていた。
「この、人殺し! 何てことしてんの!」
そう言って、また石を掴む。元ソフトボール部なめんな。
「これでもピッチングは上手い方なんだからね!」
ゼーウェンがこちらに向かって何かを叫んだ。
その声の響きから、きっと逃げろと言っているんだろうと思う。
しかし、この右も左も分からない世界では、ゼーウェンの命は即ち自分の命綱。
自分一人で逃げたところで、ゼーウェンが殺されては元も子もない。
二投目も黒装束に石が当たった。どうも、そいつはあたしを見て戸惑っている様だった。
それにお構いなしにあたしは無我夢中でまた石を拾って投げる。
今度は黒装束も流石に我に返ったようで避けた。
しかし隙は作る事は出来たようで、ゼーウェンは地面の砂を黒装束にぶつける。
それは黒装束の目に入ったようで、彼はこちらへ逃げて来る事が出来た。
「――セイラーン!」
黒装束が叫んだかと思うと、地響きがしてドラゴンがこちらに向かって突進してきた。
男の声だ、と思う間も無く、ゼーウェンは「グルガン!」と叫ぶなりあたしを横抱きにして洞窟の奥へ向かって滑り込む。
伝わる地響き。
あたしの視界の端には二匹のドラゴンがもつれ合い、砂埃を上げながら戦いを始めているのが見えた。
ゼーウェンはすぐさま立ち上がるとあたしを立たせ、手を引っ張って焚き火の場所まで駆け込む。
そこで素早く荷物を引っつかむと、あたしを背に庇って外の方に向き直った。
漂って来るあの淡い光の玉。
砂つぶてから立ち直った黒装束の男が、ドラゴンの戦いを背景に、じりじりとこちらを追い詰めるように歩いてくるのが見えた。
***
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男が何かを話し始めた。
しかしゼーウェンでは無く、彼越しにはっきりと自分を見据えているのだとあたしは感じた。
内容は分からないものの、非難されているような響き。
――さっきの石を根に持ってるのかしら。もう少しで殺せたのにって? こういう人殺しするようなどっかおかしい危ない人間って切れると怖いのよね。
黒装束の男の迫力に、あたしは正直びびってしまっていた。ゼーウェンのマントを握り締めて目をぎゅっと瞑る。
緊迫した空気の中、いよいよ一触即発かと思われたその時。
いきなり男の口調ががらりと変わった。
――え?
そっと目を開けると、黒装束の男は何か言いながら大げさに肩をすくめて踵を返した。
男が外へ出て行き、何か叫ぶのが聞こえる。
と、それまで聞こえていた振動が収まった。
あたし達が出て行った時にはもう、あたりに立っていた砂埃は払われてクリアになっていた。
それから、あたしそっちのけでゼーウェンと男は話をしだした。
時たま、こちらをチラチラ見てくるからその話題が自分の事だと直感で分かったけれど、会話の内容も分からないし少し居心地の悪い思いがする。
やっと話が終わると、黒装束の男はドラゴンに飛び乗った。
ゼーウェンとあたしに別れの挨拶らしき事をする。その仕草がいやに気取っていて、何だかいけ好かない。
男はそれきり何処かへ飛んでいってしまった。ゼーウェンを殺そうとしたかと思いきや、いきなり態度を変えて。
――一体何だったの? さっぱり分からない。
後に残されたのはゼーウェンとあたしの二人、それに空にぽっかり浮かぶ大きな月だけだった。
***
あの怪しい黒装束の男が去った後、ゼーウェンは自分の指から指輪を外した。
そしてあたしの手を取ると、それを左手の薬指に嵌めてくる。
何か呪文のようなものを呟くと、ぶかぶかだったその指輪はシュルンと締まり、指の大きさに縮んだ。
――えっ、ちょっ!?
慌てて指輪を外して返そうとするも、ゼーウェンはあたしの手を拳を作らせるように包み込んで押し返してきた。
――……何だかよく分からないけど、この指輪をしておけってことかな。
ゼーウェンがそれを望むのなら、と指輪を外すのをやめる。
指輪を月明かりに照らして見ると、それは角度を変える毎に青やら紫やらに反射して美しい。
「この石、凄く綺麗だね――ありがとう」
石を撫でると、その表面はすべすべしていた。魔法がある世界、襲撃があった後で渡されたのだし、きっとこれはお守りの石なのだろう。
あたしがゼーウェンの方を向いてにっこりと笑うと、彼は照れたように俯いた。
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