竜が守護せし黄昏の園の木に咲く花は

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
5 / 51
【0】愚かなる旅人達

5.黒装束の男

しおりを挟む
 黒装束の男の剣が、ゆっくりと振りかぶられる。

 ――ゼーウェンが殺される!

 何とかしなきゃ、と思った時にはもう、あたしの体は自然に動いて足元に転がっていた石を黒装束に投げつけていた。

 「この、人殺し! 何てことしてんの!」

 そう言って、また石を掴む。元ソフトボール部なめんな。

 「これでもピッチングは上手い方なんだからね!」

 ゼーウェンがこちらに向かって何かを叫んだ。
 その声の響きから、きっと逃げろと言っているんだろうと思う。
 しかし、この右も左も分からない世界では、ゼーウェンの命は即ち自分の命綱。
 自分一人で逃げたところで、ゼーウェンが殺されては元も子もない。
 二投目も黒装束に石が当たった。どうも、そいつはあたしを見て戸惑っている様だった。

 それにお構いなしにあたしは無我夢中でまた石を拾って投げる。
 今度は黒装束も流石に我に返ったようで避けた。
 しかし隙は作る事は出来たようで、ゼーウェンは地面の砂を黒装束にぶつける。
 それは黒装束の目に入ったようで、彼はこちらへ逃げて来る事が出来た。

 「――セイラーン!」
 
 黒装束が叫んだかと思うと、地響きがしてドラゴンがこちらに向かって突進してきた。
 男の声だ、と思う間も無く、ゼーウェンは「グルガン!」と叫ぶなりあたしを横抱きにして洞窟の奥へ向かって滑り込む。

 伝わる地響き。
 あたしの視界の端には二匹のドラゴンがもつれ合い、砂埃を上げながら戦いを始めているのが見えた。
 ゼーウェンはすぐさま立ち上がるとあたしを立たせ、手を引っ張って焚き火の場所まで駆け込む。
 そこで素早く荷物を引っつかむと、あたしを背に庇って外の方に向き直った。
 漂って来るあの淡い光の玉。
 砂つぶてから立ち直った黒装束の男が、ドラゴンの戦いを背景に、じりじりとこちらを追い詰めるように歩いてくるのが見えた。



***



 黒装束の男は5メートル程の距離で立ち止まった。ゼーウェンの背が強張っている。事態は緊迫していた。
 男が何かを話し始めた。
 しかしゼーウェンでは無く、彼越しにはっきりと自分を見据えているのだとあたしは感じた。
 内容は分からないものの、非難されているような響き。

 ――さっきの石を根に持ってるのかしら。もう少しで殺せたのにって? こういう人殺しするようなどっかおかしい危ない人間って切れると怖いのよね。

 黒装束の男の迫力に、あたしは正直びびってしまっていた。ゼーウェンのマントを握り締めて目をぎゅっと瞑る。
 緊迫した空気の中、いよいよ一触即発かと思われたその時。
 いきなり男の口調ががらりと変わった。

 ――え?

 そっと目を開けると、黒装束の男は何か言いながら大げさに肩をすくめて踵を返した。
 男が外へ出て行き、何か叫ぶのが聞こえる。
 と、それまで聞こえていた振動が収まった。
 あたし達が出て行った時にはもう、あたりに立っていた砂埃は払われてクリアになっていた。

 それから、あたしそっちのけでゼーウェンと男は話をしだした。
 時たま、こちらをチラチラ見てくるからその話題が自分の事だと直感で分かったけれど、会話の内容も分からないし少し居心地の悪い思いがする。

 やっと話が終わると、黒装束の男はドラゴンに飛び乗った。
 ゼーウェンとあたしに別れの挨拶らしき事をする。その仕草がいやに気取っていて、何だかいけ好かない。
 男はそれきり何処かへ飛んでいってしまった。ゼーウェンを殺そうとしたかと思いきや、いきなり態度を変えて。

 ――一体何だったの? さっぱり分からない。

 後に残されたのはゼーウェンとあたしの二人、それに空にぽっかり浮かぶ大きな月だけだった。


***


 あの怪しい黒装束の男が去った後、ゼーウェンは自分の指から指輪を外した。
 そしてあたしの手を取ると、それを左手の薬指に嵌めてくる。
 何か呪文のようなものを呟くと、ぶかぶかだったその指輪はシュルンと締まり、指の大きさに縮んだ。

 ――えっ、ちょっ!?

 慌てて指輪を外して返そうとするも、ゼーウェンはあたしの手を拳を作らせるように包み込んで押し返してきた。

 ――……何だかよく分からないけど、この指輪をしておけってことかな。

 ゼーウェンがそれを望むのなら、と指輪を外すのをやめる。
 指輪を月明かりに照らして見ると、それは角度を変える毎に青やら紫やらに反射して美しい。

 「この石、凄く綺麗だね――ありがとう」

 石を撫でると、その表面はすべすべしていた。魔法がある世界、襲撃があった後で渡されたのだし、きっとこれはお守りの石なのだろう。
 あたしがゼーウェンの方を向いてにっこりと笑うと、彼は照れたように俯いた。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...