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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(181)

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 「何だ、これは……」

 目の前に広がるエスパーニャ王都の惨状に、海賊討伐から凱旋してきた王太子レアンドロは衝撃を受けていた。

 海賊討伐後、時を惜しんだレアンドロは精鋭を選抜。
 騎馬で帰途についたのだが――急ぎ駆け抜けてきた街道の街や村々を思い出す。王都に近付くにつれて疱瘡の病人や行き倒れの死体が増え、家に閉じこもる人々が増えていく様に違和感を覚えてはいた。だが、まさかこれ程とは。

 いつもは多くの人出で賑わっている大通りは、荷駄や買い物等の人通りはあるものの閑散としていた。荷駄の中には時折、疱瘡で死んだのだろう、顔中にできものが出来た死体が幾つも乗せられている。
 道を行く人は病魔を恐れているのか、お互いに距離を取って建物と建物の間の路地を避けるように早歩きか小走りで移動していた。レアンドロが馬上から路地を覗き込むと、蹲ったり倒れたりしている人間が見える。恐らく治療の人手が足りていない――疱瘡病みだろう。
 道中、中央教会近くをさしかかると疱瘡病みが列を成しており、また道端のあちこちで蹲ったり倒れたりしているのが見えた。

 「神の刻印は効かなかったのか? ミゲル枢機卿はどうしているのだ!」

 「それよりも殿下、ここは一刻も早く王宮へ急がれませ。殿下の御身の為に、そして事態を把握する為にもです」

 側近の言葉にレアンドロは我に返ると馬に拍車をかける。海賊討伐で戦功を立てた高揚感は、すっかり萎びてしまっていた。


***


 「レアンドロ殿下がお戻りになりましたぞ!」

 「ああ、王太子殿下! よくぞご無事で……」

 エスパーニャ王太子の帰還に、王宮中に喜びと安堵が広がっていく。
 しかしそんな空気を他所に、レアンドロは一人焦燥感にかられていた。両親に会うべく身を清めて着替え、謁見の間に急ぐ。

 「王太子レアンドロ、無事に海賊討伐を成し遂げ戻って参りました!」

 玉座の前で跪き、口上を述べる。エスパーニャ王ロレンツォとその妻アニタは憔悴した表情を浮かべていたのが、少し生気を取り戻したように見えた。

 「こちらが、海賊船から押収したアルビオンの私掠許可証です」

 近付いて来た宰相に懐から出したそれを託ける。宰相は中身を広げると、文官に過去やり取りがあったアルビオン王国の親書を持って来させ、捺された印と見比べる。偽造ではなく本物であると確信出来たところで、「正式なものでございます、間違いございませぬ」とロレンツォ王へと差し出した。

 「ふむ、紛れもなくアルビオン王家による私掠許可証よ。アルビオンにはこれまで毒竜によって奪われた数々の富を贖わせる事が出来よう。
 我が子よ、よくぞ憎き毒竜を討ち果たして参った。これで我が王国の新大陸との交易は大きな安寧を得る事であろう」

 「レアンドロ……私の可愛い息子。母もまた、あなたを誇りに思います」

 エスパーニャ王ロレンツォと王妃アニタの言葉に、居並ぶ廷臣達も一斉に誉めそやし始める。レアンドロは「ありがたきお言葉」と口にしながらも、先刻より王の傍に黙って佇んでいるアレホ大司教が気になっていた。ミゲル枢機卿の姿はどこにもない。

 「しかし、この戦功は私一人ではなく将兵達の働きあっての事。そして何より太陽神と聖女様のご加護によるものでした」

 「うむ、その者らにも褒美を取らせよう。それよりも、太陽神の啓示があったというのは真実か? 報告にあったが、俄かには信じがたい。直接そなたの口より話を聞かせてくれぬか」

 ロレンツォ王がちらりとアレホ大司教に目をやったのをレアンドロは見逃さなかった。同時にアレホ司教の顔が一瞬歪んだのも。

 「はい。あれは突如として目の前に現れました――」

 レアンドロは視界の端にアレホ司教を留めつつ、その時の状況をつぶさに語った。それがトラス王国で聖女に新大陸の様子を見せられた奇跡と似た感覚だったことも。

 「その奇跡無くば、私は今でも逃げ回る毒竜を追い続ける羽目になっていたかと存じます。
 恐れながら、父王陛下! 私は王宮に戻るまでに、街道や王都の惨状を目の当たりにいたしました。
 私が聖女様から託された国民への『神の刻印』の実施状況は一体どうなっているのでしょうか? ミゲル・バレンシア枢機卿は何処へ?」
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