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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(179)

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 「まあ、ラドさん! 昨日はお手紙をありがとう。明けましておめでとうございます!」

 姿を見せたイエイツとラドを、「突然の事で驚かれたでしょう?」と迎え入れるマリー。僕も、「ぎりぎりでしたが、間に合って本当に良かった」と歓迎の意を表明する。

 「聖女様、新年だというのに彼は一人つましい食事をしておりましたぞ!」

 イエイツの呆れたような声に、ラドは恐縮しているようだった。大学の寮で、買い置きのパンとチーズをもそもそと食べていたらしい。

 「申し訳ありません。お手紙を差し上げた通り、私は本来ならとても聖女様のお招きに与れるような身でもなく、しかもこのようななりで……本当に宜しいのでしょうか?」

 彼の服装を見れば、庶民としては小奇麗な格好だけれど、あくまでも普段着の範疇で晴れ着ではない。イエイツに急かされて上着を引っ掛けてきました、という風情だ。
 伯爵家に招かれるには、相応しくないとラド自身も思っているのだろう。

 「こちらこそ、お手紙の返事を差し上げる前に急にご招待してしまい申し訳ありませんでしたわ。家人を中心とした気兼ねない昼食会ですから、服装や礼儀等は気にしないで下さいまし」

 「マリーの言う通りです。ラドさんの仕事ぶりには私の商会も助けられましたし、僕もジャン達も感謝しているんですよ」

 「そんな……猊下。あの時も十分過ぎる程の給金を頂きましたのにお招きまで……」

 「ふふふ、また機会があればラドさんの手をお借りする事もあるかも知れません」

 僕の言葉に、傍に来ていたジャン・バティストが「そもそもこの昼食会は、平民も異国人も身分関係なく参加しています。私もお招き頂いていますし、若旦那様の仰る通りお気遣いは不要ですよ」とラドを安心させるように微笑んだ。

 ラドにしてみれば、マリーの思い付きで急遽予定変更され、強引なイエイツに引っ張って来られた形だ。少し申し訳なさを感じながら、僕は彼が心地よく食事が出来ればいいなと願った。

 「ありがとうございます……それではお言葉に甘えさせて頂きます」

 深々と頭を下げるラド。僕達から近いテーブルの空いた椅子に座ると、「これは……!」とマリーの趣向であるコタツの温かさに驚いている。
 コタツについてマリーが説明したところで、侍女が食事を運んで来た。彼は食前の祈りをした後、空腹だったのかなかなかの早さで食べ始める。それなのにやはり所作に高位貴族を思わせる気品を感じた。

 先程コタツについてマリーが説明したことだし、少し探りを入れてみるか。

 「そう言えば、ラドさんのご実家は何という商家なのですか? 私のキーマン商会はこれまであまりアルビオン王国とは取引が無かったのですが、このコタツの今後の需要を考えると、羊毛布を少しでも多く取引したいと考えているのですよ」

 「猊下、私の実家はトワイニング商会と申します。キーマン商会と比べると、吹けば飛ぶような規模でお恥ずかしいのですが……」

 トワイニング商会――視界の端で何故かマリーが口に手をやって呆然としている。
 それは後で問い質すとして――僕がジャンをちらりと見ると、微かに頷く。アルビオン王国の商会名を網羅している商会名鑑は、最新のものではないにせよ、近年のものがあった筈だ。
 今晩にでもトワイニング商会に関しての何らかの知らせが来るだろう。

 「トワイニング商会は何を商っていらっしゃるのですか?」

 「ナトゥラ大陸産の宝石類です。後は新大陸渡りの珍しい品を少々……」

 つまり貴族と売買で接する機会があるということか。マリーが目を輝かせて商船を持っているのかと訊ねると、首を横に振る。商船を持つ商会と取引し、原石や珍品を仕入れて加工・販売しているらしい。アールと同じような事業内容だ。
 いずれ、高級衣装店オートクチュールの事業も始める予定なのだとラドは語った。彼の親は、留学と共に洗練されているトラス王国の服飾を見て目を肥やして来るようにと命じたそうだ。
 確かに初めて会った時に受けた説明と矛盾はない。
 羊毛の事に関しては「何分取り扱っていない品ですので、満足いくご説明は出来ないかと。申し訳ありません」と謝罪を受けた。
 マリーがツンツン、と僕の腕を突く。

 「グレイ、難しいお話はこれぐらいで。ラドさん、実は私、貴方を見込んでお願いがあるのですが……」

 「聖女様が? ……私に出来る事でしょうか」

 戸惑った様子のラド。マリーは「イサーク、いらっしゃい!」と手招きをする。お茶を飲んでいたイサーク様は立ち上がるとマリーの傍にやってくると、胡乱な眼差しをラドへ向けた。

 「……誰、その人」

 「こちら、ラドさんといって、アルビオン王国のトワイニング商会の息子さんだそうよ。以前、サイア達を迎えに行った時の帰り道で知り合ったの。トラス中央大学に留学して学んでいるんですって」

 「へぇ……」

 イサーク様は値踏みするようにラドを見た。ラドは気を悪くした様子も無く、「お初にお目にかかります、イサーク様」と慇懃に礼を取っている。

 「……初めまして、ラドさん。それで、この人がどうしたの?」

 僕と違ってあからさまに警戒を見せるイサーク様。マリーの耳に口を寄せて何事かを囁いている。マリーは苦笑して「ラドさんは大丈夫よ、きっと」とイサーク様の肩を軽く叩いた。

 「イサークももうじき大学に入る年頃でしょう? ラドさんは先輩になるから、イサークが色々教えて貰えたらと思ったの」

 「そうだったの……」

 「ラドさん。今、大学は冬期休暇中でしょう? 先程言ったお願いなのですが、もし宜しければ我が家に滞在してイサークに色々教えてくれないかしら?」
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