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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】
疲れた時って秒で寝落ちするよね。
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出来たばかりだという、贅を尽くした『喫茶室』に案内され。延々と会話を引き伸ばされた挙句、やっと解放されたゲーリーは内心舌打ちをしていた。
――後少しだったものを。
総主教、ルーシ帝国の皇太子という本来の身分では断る事も出来ただろうが、今の自分達はしがない外交官に過ぎない。拒否権は無きに等しかった。
狐と狸の化かし合いのような会話を経て得られた収穫と言えば、聖女が無類のお茶好きであること、その母親であるキャンディ伯爵夫人が『喫茶』の文化を広めたこと。
そして――ゲーリーは、「アルバート殿下やジェレミー殿下は何故、聖女様と婚姻なさらなかったのでしょうか?」と問うた時のアルバート第一王子の様子を思い出す。
気まずそうに眼を逸らした事から、恐らく聖女の力を畏れて婚姻を避けたのだろうとゲーリーは推測していた。
「聖女様がお茶好きであるならば、丁度上級のお茶を持ってきておる。あれを献上しようと思うのだが……ゲーリー」
「……宜しいかと」
こちらの顔色を窺う祖父の言葉にゲーリーは頷く。
「ただ、私達の飲む茶とこの国で普及しているものはかなり風味が違います。聖女の口に合うかどうかは分かりません」
ルーシ帝国ではお茶は磚茶――所謂ナイフで削り出して淹れるような固形茶が主で、限られた者だけが口に出来る希少なものである。
建国して間もなく東方を開拓させていたコサック兵達が遊牧民族国家と接触。そこで外交的な交流があったが、その折に彼らの王から固形茶が贈られた。
皇帝に献上した者は「このような枯草の塊など……」と渋っていたが、王から伝えられた通りにナイフで削って煮出してみると、少し癖はあるものの良い香りの飲み物が出来上がる。
健康にも良いということで、常に携帯し愛飲する程に祖父はお茶を気に入っていた。
「それは……だが、お渡ししてみなければ分からぬであろう」と祖父が言ったその時。
宮殿の廊下を歩きながら、窓の外に広がる庭園を眺めていたゲーリーは、見覚えのある人影があるのに気付いた。
――あれは確か……西方の小国カレドニアの女王?
皇女エリーザベトの他、カレドニアの女王もまたキャンディ伯爵家に滞在していることは報告を受けていた。
カレドニアの言葉なのだろう。女王は側近と思しき騎士他達は、ゲーリーには分からぬ言語で会話している。
ゲーリーは訝しむ祖父を制し、庭園側からは死角となる陰に身を隠した。
暫く観察していると、女王の言葉の端々に『カレル』という名が聞き取れる。皇女エリーザベトをエスコートしていた、あの黒髪の男――聖女の兄の名だ。
聖女の兄とアレマニア皇女、カレドニア女王の関係――大広間でその噂を耳にした時は下世話で下らぬと気に留めずにいたが、ひょっとしてこれは使えるかも知れない。
――皇女へは近づけなかったが、女王なら?
ゲーリーは祖父に目配せをすると、庭園への出口へと歩き出した。
***
さながら、結婚式で豪華な打掛を来た状態でのトイレ中座だと思う。
重たい豪華な衣装をトイレする前に脱がせて貰って、トイレして、また着させて貰って。何とも時間がかかって七面倒臭い。
まあ、ヴェスカル達がその分ゆっくり休めたから良しとしよう。
再び元の席へ戻ると、少し離れた場所から神聖アレマニア帝国のヴィルバッハ辺境伯がリシィ様――エリーザベト皇女やヴェスカルの祖父ルードヴィッヒ卿と共にやってくるのが見えた。
カレル兄は…と探すと、大広間の扉の方を注視している。その先には第一王子アルバートがルーシ帝国の皇太子を伴い大広間を出て行く姿が。
私は彼らにそっと精神感応を使った。
ふむ……ルーシ帝国皇太子が、避難部屋から出たカレル兄とリシィ様を見つけて追いかけようとしていたと。
それで、ルーシ帝国の二人をマークした隠密騎士がリシィ様に近付けまいと王家の影に伝言、アルバートにご注進が入ったと。
良い仕事をする、確かに足止めには充分だ。
そこまで分かったところで、気が付けばリシィ様が目の前で優雅に淑女の礼を取っていた。
「聖女様に新年のご挨拶を申し上げますわ。マリー様には色々とお心遣い頂き、感謝致します」
リシィ様の挨拶は大広間に嫌に響いた。貴族達が固唾を呑んで見守る中、一部の者達はやや遠巻きにひそひそしている。
アレマニアに関しては教皇僭称の件で、周囲の目が厳しくなっているのだろう。
リシィ様の異母弟であるヴェスカルの為にも、ここはハッキリとリシィ様は味方だと周知しておくべきだろう。
「ご丁寧にありがとうございます。リシィ様とはお友達ですもの。
先だっての教皇僭称事件で色々と口さがない事を言う者も居るかも知れませんが……私はリシィ様がかの神を畏れぬ者とは全くの無関係であること、ズィクセン公爵やそちらのヴィルバッハ辺境伯のように信仰篤き方もいらっしゃることを存じております。
神聖アレマニア帝国が正しき道に立ち返り、リシィ様が心安らかになられる為に、出来る限りお力になりたいと思いますわ」
「聖女様、何と有難きお言葉。光栄に存じます。我ら帝国の寛容派貴族達は全て、聖女様のお味方であることをお約束致しましょうぞ」
ヴィルバッハ辺境伯はそう言って、ルードヴィッヒ卿と共に頭を垂れた。
***
「はぁぁ~やっと終わった疲れたぁぁ~」
新年の宴が終わり、トゥラントゥール宮殿からキャンディ伯爵邸に戻った私は、新年仕様の聖女衣装を脱いで下着ワンピースになるなりベッドにダイブを決めていた。サリーナが「寝るのは入浴後にして下さい」と小言を言うけれど、少しだけ休む時間が欲しい。
「僕も同じ気持ちだよ。マリー、サリーナ達だって疲れてるんだから後少し頑張ろう?」
顔に疲労を浮かべながら言うグレイ。体に鞭を打って身を清め、ベッドに入るなり秒で寝落ちした後は、聖女降誕節までひたすら引きこもりごろたん寝正月する所存である。
仕事はしたくない……というか極力しない。必要最低限のこと以外は、しないったらしない!
――後少しだったものを。
総主教、ルーシ帝国の皇太子という本来の身分では断る事も出来ただろうが、今の自分達はしがない外交官に過ぎない。拒否権は無きに等しかった。
狐と狸の化かし合いのような会話を経て得られた収穫と言えば、聖女が無類のお茶好きであること、その母親であるキャンディ伯爵夫人が『喫茶』の文化を広めたこと。
そして――ゲーリーは、「アルバート殿下やジェレミー殿下は何故、聖女様と婚姻なさらなかったのでしょうか?」と問うた時のアルバート第一王子の様子を思い出す。
気まずそうに眼を逸らした事から、恐らく聖女の力を畏れて婚姻を避けたのだろうとゲーリーは推測していた。
「聖女様がお茶好きであるならば、丁度上級のお茶を持ってきておる。あれを献上しようと思うのだが……ゲーリー」
「……宜しいかと」
こちらの顔色を窺う祖父の言葉にゲーリーは頷く。
「ただ、私達の飲む茶とこの国で普及しているものはかなり風味が違います。聖女の口に合うかどうかは分かりません」
ルーシ帝国ではお茶は磚茶――所謂ナイフで削り出して淹れるような固形茶が主で、限られた者だけが口に出来る希少なものである。
建国して間もなく東方を開拓させていたコサック兵達が遊牧民族国家と接触。そこで外交的な交流があったが、その折に彼らの王から固形茶が贈られた。
皇帝に献上した者は「このような枯草の塊など……」と渋っていたが、王から伝えられた通りにナイフで削って煮出してみると、少し癖はあるものの良い香りの飲み物が出来上がる。
健康にも良いということで、常に携帯し愛飲する程に祖父はお茶を気に入っていた。
「それは……だが、お渡ししてみなければ分からぬであろう」と祖父が言ったその時。
宮殿の廊下を歩きながら、窓の外に広がる庭園を眺めていたゲーリーは、見覚えのある人影があるのに気付いた。
――あれは確か……西方の小国カレドニアの女王?
皇女エリーザベトの他、カレドニアの女王もまたキャンディ伯爵家に滞在していることは報告を受けていた。
カレドニアの言葉なのだろう。女王は側近と思しき騎士他達は、ゲーリーには分からぬ言語で会話している。
ゲーリーは訝しむ祖父を制し、庭園側からは死角となる陰に身を隠した。
暫く観察していると、女王の言葉の端々に『カレル』という名が聞き取れる。皇女エリーザベトをエスコートしていた、あの黒髪の男――聖女の兄の名だ。
聖女の兄とアレマニア皇女、カレドニア女王の関係――大広間でその噂を耳にした時は下世話で下らぬと気に留めずにいたが、ひょっとしてこれは使えるかも知れない。
――皇女へは近づけなかったが、女王なら?
ゲーリーは祖父に目配せをすると、庭園への出口へと歩き出した。
***
さながら、結婚式で豪華な打掛を来た状態でのトイレ中座だと思う。
重たい豪華な衣装をトイレする前に脱がせて貰って、トイレして、また着させて貰って。何とも時間がかかって七面倒臭い。
まあ、ヴェスカル達がその分ゆっくり休めたから良しとしよう。
再び元の席へ戻ると、少し離れた場所から神聖アレマニア帝国のヴィルバッハ辺境伯がリシィ様――エリーザベト皇女やヴェスカルの祖父ルードヴィッヒ卿と共にやってくるのが見えた。
カレル兄は…と探すと、大広間の扉の方を注視している。その先には第一王子アルバートがルーシ帝国の皇太子を伴い大広間を出て行く姿が。
私は彼らにそっと精神感応を使った。
ふむ……ルーシ帝国皇太子が、避難部屋から出たカレル兄とリシィ様を見つけて追いかけようとしていたと。
それで、ルーシ帝国の二人をマークした隠密騎士がリシィ様に近付けまいと王家の影に伝言、アルバートにご注進が入ったと。
良い仕事をする、確かに足止めには充分だ。
そこまで分かったところで、気が付けばリシィ様が目の前で優雅に淑女の礼を取っていた。
「聖女様に新年のご挨拶を申し上げますわ。マリー様には色々とお心遣い頂き、感謝致します」
リシィ様の挨拶は大広間に嫌に響いた。貴族達が固唾を呑んで見守る中、一部の者達はやや遠巻きにひそひそしている。
アレマニアに関しては教皇僭称の件で、周囲の目が厳しくなっているのだろう。
リシィ様の異母弟であるヴェスカルの為にも、ここはハッキリとリシィ様は味方だと周知しておくべきだろう。
「ご丁寧にありがとうございます。リシィ様とはお友達ですもの。
先だっての教皇僭称事件で色々と口さがない事を言う者も居るかも知れませんが……私はリシィ様がかの神を畏れぬ者とは全くの無関係であること、ズィクセン公爵やそちらのヴィルバッハ辺境伯のように信仰篤き方もいらっしゃることを存じております。
神聖アレマニア帝国が正しき道に立ち返り、リシィ様が心安らかになられる為に、出来る限りお力になりたいと思いますわ」
「聖女様、何と有難きお言葉。光栄に存じます。我ら帝国の寛容派貴族達は全て、聖女様のお味方であることをお約束致しましょうぞ」
ヴィルバッハ辺境伯はそう言って、ルードヴィッヒ卿と共に頭を垂れた。
***
「はぁぁ~やっと終わった疲れたぁぁ~」
新年の宴が終わり、トゥラントゥール宮殿からキャンディ伯爵邸に戻った私は、新年仕様の聖女衣装を脱いで下着ワンピースになるなりベッドにダイブを決めていた。サリーナが「寝るのは入浴後にして下さい」と小言を言うけれど、少しだけ休む時間が欲しい。
「僕も同じ気持ちだよ。マリー、サリーナ達だって疲れてるんだから後少し頑張ろう?」
顔に疲労を浮かべながら言うグレイ。体に鞭を打って身を清め、ベッドに入るなり秒で寝落ちした後は、聖女降誕節までひたすら引きこもりごろたん寝正月する所存である。
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