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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

ぷるぷる、マリーちゃん悪い聖女じゃないよ?

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 脅威はあれど、そもそもルーシ帝国とは直接国境を接しているでもなし。内政に力を入れ、神聖アレマニア帝国や東方小国群を侵略してくるような事さえなければ今時点でどうこう、というのは無い。
 また、冬将軍や広大な大地、多民族という特性がある以上、軍事的にルーシ帝国を支配・統治するのは難しい。
 将来的に表向き平和裏に笑顔を浮かべ、じわじわと宗教的資本的侵略をして豊かな資源を抑えていくのが一番だ。
 最初は宗教から――前世の歴史もそれを証明していることだし。

 その意味でまず懐柔すべきは皇太子ではなく、エロ……偉い方総主教

 出会いがしらの精神感応という奇跡でぶん殴ったので、東方教会総主教として聖女は無視出来ない存在になった事は確かだ。
 ただ、総主教はショックの余り呆然としているので、消化する時が必要だろう。

 「シコルスキー卿、お立ち下さいまし。驚かせてしまいましたわね、少しお顔の色が優れないようにお見受け致しますわ。もしお二人がルーシ帝国に戻られるまでお時間があるのであれば、また日を改めてお話しできれば、と……」

 努めて慈悲深そうに見えるように微笑むと、総主教は目を潤ませて「聖女様……」と見上げて来る。総主教はもう堕ちかけている気がしないでもない。

 『ご連絡を頂けるなら、後日面会の場を設けましょう。でも、そうでなければお国に戻られるなりなんなりお好きになさってくださって構いませんわ』

 今度は精神感応で二人同時に伝え、「……勿論宜しければ、ですが」と肉声で付け加える。
 ゲーリー皇太子はこちらを一瞥すると、輝いた顔で前のめりに頷かんばかりの総主教の耳に一時撤退の旨を囁いた。
 ふむ、その態度には既視感があるな。さながら老人を騙す詐欺師に対するそれだ。
 ぷるぷる、マリーちゃん悪い聖女じゃないよ?

 ゲーリー皇太子は慇懃な礼をすると「……かしこまりました。御前、失礼致します」と頭を垂れる。そして、未練たっぷりにこちらを見る総主教を引きずるように足早に下がって行った。

 その背を見送っていると、私の手を握る手に力が籠められる。

 ――マリー、あっさり下がらせて良かったの?

 耳朶に届くグレイの囁き。私は横目でちらりと彼を一瞥する。

 『ええ。私は彼らの正体を明かさず、対話を望んだ。それに、あちらにも目的があるの。高確率で面会を申し込んで来るわ』

 勿論それだけの確信があった。私は続ける。

 『彼らの主な来意は四つ。一つ目、聖女が本物かどうか確かめること。二つ目、リシィ様の情報を探り、神聖アレマニア帝国の弱みを握ること。三つ目、諸国から客人が集まるこの新年の宴でトラス王国と聖女を取り巻く情勢の情報収集・分析……ルーシ帝国にとって敵か味方かの見極め、そんなところね。けれど、一番警戒すべき四つ目は技術スパイよ』

 そう伝えると、グレイは溜息を吐いた。

 『やっぱり……蒸気機関車の、だよね。ダージリン領に行った時も、ルーシ帝国から間諜が来ていたし、有用性を知って手に入れたいってところかな』

 『その通りよ』

 ルーシ帝国のスパイは何もダージリン領での人材登用で捕らえた者達だけじゃない。
 イドゥリースとメリーの婚約式で蒸気機関車をお披露目した事で、そっちの秘密を探ろうとしているのだ。
 イドゥリースの祖国アヤスラニ帝国とルーシ帝国は敵対し合っている。建国したばかりで国内も安定とは言い難い状況の中、画期的な技術が敵国にもたらされようとしているのだ。躍起にもなろう。

 『試作のイサーク号もうちにあるから尚更。実物は見たいでしょうね。後は――拳銃の事。どうやら薄っすらと情報が漏れていたみたい。アヤスラニ帝国人を巻き込んで、何やら武器らしきものを作っているようだ、程度のものだけれど』

 ルーシ帝国有するあの広大な国土に機関車を導入すれば、国は間違いなく発展する。不凍港と並んで喉から手が出る程欲しいだろう――だからこそ、餌に出来る付け込む隙があるのだが。

 総主教が私の味方になれば、偽教皇挟み撃ちが可能となる。
 勿論総主教の権威を高める為に神の刻印をルーシの民に施して欲しいとは思うが……その選択はルーシにおいてその権限がある者がするべきであろう。
 こちらとしては、『相手が自主的に神の刻印を施す』という状態が理想的である。

 ちなみに彼らが私を恐れてバックレ帰国、偽教皇陣営についたとしても、その時はその時である。時期がずれるだけでどうせやる事は変わらない。
 やがてルーシ帝国にも伝播してくる疱瘡禍のスキを突いて人心をこちらに取り込むだけなのだから。
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