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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

天才現る。

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 名乗られたインパクトで思わず引き留めて座らせ、欲望の赴くままに根掘り葉掘り、色々と際どい質問をしまったのは全く不可抗力である。
 吃音の癖もあの高名な放浪画家を思い出してしまって、絵を描かせてみたくなった。
 ああ、日本人のサガよ。
 というか、ガリア王国の王子達、シルだけ何かカテゴリが違うんだけど。母親か、母親が違うのか?

 そんな事を考えながら、ある予感を抱いて精神感応を使ってみると。

 ――やっぱり。この子、天才だわ!

 予想的中、私は瞠目した。
 マーリオ王子は、一度見聞きしたことは忘れない――そんな瞬間記憶能力の持ち主だったのだ。
 前世でも吃音は凄い才能を持っている人の割合が多かったようだから天才病とも言われていたというし、マーリオ王子も例外じゃなかったみたい。

 ただ、医療分野がまだ未熟なこの世界では、吃音は愚鈍だと偏見を持たれて心無い者達に辛く当たられる事が多かったようだ。可愛がってくれる人は母親であるガリア王妃だけ。
 生来優しい性格のマーリオ王子は、母の愛をよすがに虐められてもぐっと耐えてきたのだろう。そして、悲しい嫌な気持ち、ストレスを甘いものや美味しい物を食べる事で慰めて生きて来た。

 ちなみに先刻突撃するように挨拶に来たのは、令嬢達に囲まれて身動きできない兄の王太子ルイージに代わって、また兄の役に立ちたかったかららしい。
 その内の二割位は聖女である私とお話してみたかったという可愛い理由。
 そんな第三王子マーリオの、同腹の兄である王太子ルイージに関する記憶はというと。

 ――うわ、人前でだけ優しくして来る感じか。周囲に誰も居ない時は無視か邪険な態度。

 ないわー、と内心眉を顰める。
 客観的に見て、世間体を気にするDV男そのものだった。
 それでも素直なマーリオ王子は優しくして貰った、あの時はたまたま兄上の機嫌が悪かったんだ、と思い込んでいる。健気過ぎる……。

 マーリオ王子にはまだ婚約者は居なかった。そういう話も片手で数える程度にはあったみたいだけど、結局愚鈍な王子と娶せる事に拒否感のある家がほとんどで、一度婚約まで行ったものの、令嬢側が虐めてきたので白紙になったらしい。

 ガリア王妃もいつまで生きているかは分からないし、こういう子は将来的に教会で将来の進路も含めて面倒を見た方が良いのかも知れない。
 ガリア王国にも恩を売れるし、それに――優しい子だからイサークといい友達になれるかも知れない。

 そう思って私はマーリオ王子を家に誘った。おにぎりも食べさせてみたかったし、きっと気に入って貰えると思う。

 「ねぇ、マリーちゃん。おにぎりってどんな料理なの?」

 エピテミュア夫人の声にふと我に返ると、グレイと三夫人から三夫人の事を置き去りにしてしまっていた事に気付き、私は慌てて謝罪した。

 その後、三夫人も交えたおにぎりパーティを開く事が決定。
 物問いた気なグレイには、精神感応でマーリオ王子の事を簡潔に伝える。詳しい話は帰ってからでも構わないだろう。

 と、そう考えた時。

 「マリー……あの、お話の途中でごめんなさい。父を紹介しても良いかしら?」

 遠慮がちに掛けられた声に振り向くと、こちらの席にメティが近付いて来ていた。
 隣には、メティと顔立ちのよく似た壮年の男性貴族が彼女をエスコートしている。この人がメティの父親なのだろう。
 メティの父親であろうその人は、私と目が合うとにこりと微笑んで紳士の礼を取った。

 「お目通りが叶いまして光栄に存じます。メテオーラの父、フィガロ・ディ・ピロスと申します。聖女様と猊下におかれましては、常日頃より娘と友誼を結んで頂き感謝しております」

 フィガロ……

 私の脳裏に、結婚に関わるさるクラッシックの名曲が勢いよく響き渡った。
 よし、メティの結婚式の時はそれを演奏して貰うように画策するとしよう。きっとこれは運命に違いない。
 そう決意しながら、私もグレイの手を借りて立ち上がり返礼する。

 「これはご丁寧にありがとう存じますわ。こちらこそメティにはお世話になっておりますもの」

 にこやかに挨拶を返すと、ピロス公爵フィガロ氏は困ったようにちらりとマーリオ王子を見た。

 「聖女様、マーリオ殿下は思い立ったら即行動! の方でございますので、先程はさぞや驚かれたかと存じます。
お気を悪くされていないと良いのですが……」

 「だだ、大丈夫なんだなピロス公爵! 僕だってちゃんとご挨拶位出来るんだな!」

 成程、フィガロ氏もメティも、そこを一番気にしていたらしい。
 私は二人を安心させようと微笑んだ。

 「大丈夫ですわ、公爵。少し行き違いがあったようですわね。確かに驚きましたが、マーリオ殿下はちゃんとご挨拶して下さいましたし素直な方で。お話していて、とても楽しいわ」

 「恐縮に存じます。マーリオ殿下、そろそろ……お名残惜しいのですが、これから殿下はトラス国王陛下や他の方々にもご挨拶しなければなりません。王太子殿下達のお姿が見えないので」

 「ほ、ほ、本当は、もっと聖女様とお話ししたいんだな。でも、あああ兄上は、き、きっと迷子になったから、探さないと」

 「ピロス公爵様。実は殿下を我が家にご招待したところでしたから、丁度良かったですわ。
 おにぎりという料理を食べますの。宜しければ公爵様もメティもいらしてくださいましね。では、マーリオ殿下。お話出来て楽しかったですわ、ごきげんよう」

 「こ、こ、こ、こちらこそなんだな」

 「ありがとう、マリー」

 マーリオ王子がピロス公爵親娘に連れられて行くのを笑顔で手を振って見送る。
 その後三夫人もお暇すると、それを見計らったかのようにこちらへやってくる者がちらほら。
 その中で一番乗りを果たして目の前に立ったのは、柔和な顔立ちをした白い髭の老人と表情筋が動いていない薄い金髪碧眼の男。
 老人はニコニコ、男は仏頂面で正反対だが、油断なくこちらを観察していることが共通している。
 背中に感じるピリピリした空気。馬の脚共が警戒している事から、きっと油断ならぬ相手なのだろう――

 ――と、こちらも若干緊張しながら精神感応を使おうとしたその時。

 「ルーシ帝国よりまかり越しました。ステパン・ティーノビッチ・シコルスキーが聖女様にご挨拶を申し上げます」

 何か日本語的にヤバい名前の奴来たー!
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