貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

二通の手紙。

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 精神感応能力無い筈なのに、私の考えていた事を見透かしたかのように胡乱気な眼差しで見てくる父サイモン。

 ――はっ、もしかして顔に出ていた?

 父の考えを覗いてみると、『また何かろくでもない事を考えていたな。どうせ私の考えを読んでいるのだろうが』と眉を僅かに顰めた。

 ――げげっ、バレてる!?

 仰天する私。一瞬の後、慌てて表情を引き締めたが、父達にばっちり見られてしまった。

 『まったく――今は余計な事を考えず、儀式に集中しなさい』

 『ちぇっ……はぁい』

 何食わぬ顔で祝福を終えた私は内心白旗を上げつつ、粛々と次へ歩を進めたのだった。


***


 延々と続くかに思われた祝福がやっと終わると、私達は朝食と休憩の為に用意された部屋へ一旦引っ込む事が許された。
 丁度イドゥリースやヴェスカルと入れ替わりの形である。
 テーブルの上には私達の分が既にセッティングされていた。

 「ああ~、やっと朝食ね! もうお腹ペコペコ!」

 「だね。緊張から解放されて一息吐けると思ったら僕も空いてきたよ」

 「合間合間に休憩や食事の時間は挟みますが……屋敷に戻られるまで、お食事は少し控え目になさって下さいね」

 「分かってるわ、サリーナ。特に水分には気を付けないと」

 用意されていたのは、栄養と水分を効率良く摂取出来るシチューとサンドウィッチ。空腹は最高のスパイスなのは間違いない。お腹いっぱいに食べることは出来ないけど、あるだけマシだ。
 口をモグモグさせていると、扉が叩かれた。応対に出たナーテが「ソルツァグマ修道院の方々です、お二人にご挨拶したいと」とこちらを振り向く。
 一番先頭で入って来た人物が恭しく礼を取った。

 「聖女様に新年の寿ぎを――去年は聖女様が聖地にて見いだされ、またソルツァグマ修道院にとってもひとかたならぬご縁となりましたこと、大変名誉な事でございました」

 「まあ、メンデル修道院長。わざわざ来て下さりありがとうございます」

 修道院長と挨拶を交わしていると、私の足元にズサー! とスライディング土下座してくる輩が。

 「聖女様あああ、何とお美しい……! 来年こそはこのメイソンも聖女様直々にお役目を頂けるよう頑張りますっ!」

 「……お前は相変わらずね。そうなる事を祈っているわ」

 「聖女様が私の為にっ! メイソン感涙の極み……!」

 「ほらほら、立ちなさいメイソン修道士。聖女様を困らせてはなりません」

 取りあえず、全員に席を勧めてサリーナ達にお茶を供するよう命じる。
 先程咽び泣くメイソンに立つよう促してくれた紅一点と目が合うと、彼女はにっこりと微笑んだ。

 「聖女様、新年のお慶びを申し上げます。今年一年、聖女様が恙無くお過ごしあそばされますように」

 「ありがとう、べリーチェ修道女。貴女にも神の恩寵と祝福がありますように」

 「夕べキーマン商会の方が見えられて、聖女様からのお菓子を受け取りました。子供達に代わり、御礼申し上げます。
 実は昨日、子供達は私が聖女様にお会いする事を知りまして、この寄せ書きのお手紙を認めておりました。宜しければどうぞ読んでやって下さいまし」

 どうぞ、と丸めて封蝋をされた簡素な手紙を差し出される。前脚ヨハンを経由して受け取った手紙に込められた記憶を聖女の能力で読みとってみると、何とも微笑ましく温かいものがじんわりと伝わって来た。

 「心の籠った新年のお手紙、とっても嬉しいわ。ありがとう、家に帰ってゆっくり読ませて頂きますわね! お返事を書くので少し待っていて欲しい、と子供達に伝えて下さい」

 べリーチェ修道女が嬉しそうに頷くと、その隣の修道士が咳払いをした。

 「聖女様、新たな年の寿ぎを。去年は色々と神の叡智を賜り感謝申し上げます! 学ぶほどに疑問も増えております故、今年も何卒宜しくお願い致しますぞ!」

 「イエイツ修道士、新年おめでとう。まあ、その内落ち着いたらね」

 某テニスプレイヤー並みの熱意ある眼力。私は笑顔を作って言葉を濁した。
 教えたいのは山々だが、少なくとも忙しい今の時期は無理だからだ。
 修道士イエイツもそれは分かっているようで、素直に頷く。

 「手紙と言えば、最近拙僧は聖女様に教わった事を広める為にトラス中央大学に出入りしておるのですが――最近新たな友人が出来ましてな。
 面識はあるものの、身分上直接お会いして新年のご挨拶が出来ぬから、とお二人にお手紙を託っておりますわい」

 また手紙か。
 ――というか、面識がある?

 再び前脚ヨハン経由、修道士イエイツに渡された手紙をひっくり返して、差出人を確認すると――そこに署名されていたのは。

 「まあ、ラドさんじゃないの!」

 「さよう。彼はなかなか優秀で、見所がありましてな」

 余程親しくなったのか、嬉しそうな修道士イエイツ。グレイがあんぐりと口を開けた。

 「イエイツ……よく仲良くなれたね」

 「ラド氏は拙僧の話に熱心に耳を傾けてくれるのだ」

 「彼が優秀なのは認めるけど……忍耐強いんだね、彼」

 グレイの言葉には同意するけど、私は更に疑惑を持ってしまう。

 もしかして、ラドさんは変人?

 とりあえずその手紙も後で目を通して返事を書くと伝えて仕舞うと、今度は正装に身を包んだエヴァン修道士が聖職者の礼を取り、恭しく頭を垂れた。

 「明けましておめでとうございます、聖女様。聖女様を一目なりとも拝もうと――このノートルサンテヴィヤージュ大聖堂をぐるりと囲むように、王都民は勿論、国内外からも凄い人だかりでございましたね。
 そう言えば、急ぎ書き記し出版した『マンデーズ教会の神託』は瞬く間に各国語に翻訳され、悲鳴が上がる程の増版がかかっている、とキンブリーさんが言っていましたよ」

 ほう、それは重畳。種痘に対する忌避感がこれで薄れてくれれば良いのだが。
 ちなみに、キンブリーさんとはジュルナル新聞社社長のマーチス・キンブリーのことである。
 私こと小説家ローズマリーの書いた恋愛サスペンス『赤髪の悪魔貴族は麗しき薔薇の姫とワルツを踊る』もその出版部門が書籍にしていた。
 そう言えば色々とあって次回作を出せていなかったな。今年こそは、と思う。
 そんな事を考えていると。

 「『神託』? 『奇跡』、ではなく?」

 タイトルに引っかかるものがあったのだろう、首を傾げるグレイに、「聖女様がマンデーズ教会に神託を伝えた事から始まっているからです」と答えるエヴァン修道士。
 『奇跡』をまた使うのは、ナヴィガポールと被るから言葉を変えた方が良いのでは、とマーチス・キンブリーに言われたのだそうだ。

 「そうそう、キンブリーさんと言えば、聖女様へご伝言が――『くだんの特注豪華装丁本が出来上がりましたので、仕上げをお願いします』と」

 『くだんの』、というのは私の裏の顔であるローズマリーが書いた小説『赤髪の悪魔貴族は麗しき薔薇の姫とワルツを踊る』を指す。そして『仕上げ』、とはローズマリー直筆のサインのことだ。

 リシィ様は私の小説の愛読者であり、作者に会いたいとジュルナル新聞社に要望を出していたのだが――馬鹿正直に名乗って会う訳にもいかず、更にリシィ様が我が家に来てからは身バレするような事は出来ない――以前グレイとも話したことがあったが、あれから結局、特別☆豪華装丁サイン本を贈呈することにしたのである。勿論マーチス・キンブリーに一任して。

 サイン位は構わないが……ただ、問題は私の筆跡はリシィ様に見られていること。
 バレないようにしなければ。
 「分かったわ、ありがとう」と頷くと、エヴァン修道士は「本日は宜しくお願いいたします」と微笑んだ。
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