貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

立て、立つんだマリー!

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 「うぅ、眠い……」

 「新年おめでとうございます、マリー様。今日は大事な日、シャキッとなさいませんと」

 朝早く起こされて、疲労感と眠気に対する愚痴が零れた。サリーナが私の顔を湯を絞った布で拭いながら窘めてくる。
 そうは言われても、足にも筋肉痛が……くそう父め、あんなに追い回しやがって!
 内心恨みを募らせている間に、サリーナ他複数人の侍女達が一斉にわらわらと群がってきた。総出であっという間に髪をくしけずって結われ、化粧を施され、聖女の衣装を着せられて飾り付けられていく。グレイも案内されて行った隣室で同様の身支度をされている事だろう。

 「出来ました、マリエッテ様」

 「失礼します、マリー様。髪型良し、お衣装の乱れも無し。装飾品も漏れが無いようですね。皆、お疲れ様でした」

 侍女頭マリエッテによる最終チェックの通過。侍女達の安堵の溜息と共に身支度が終わると、私は立ち上がろうと腰を浮かせた。

 「――ぬぐっ!?」

 体全体にかかるずしっとした重量に再び椅子に座り込む。さながら体が床に縫い留められているようだ。

 ワーン、トゥー、スリー……

 頭の中でどこからかボクシングの審判が現れてカウントを始める。救いを求めるようにサリーナを見ると、他の侍女と目配せをして慌てて両側から支えてくれた。
 足に力を入れて踏ん張り、よろよろと立ち上がる私。

 ……エーイト、ナイン……

 立て、立つんだマリー! 

 何とか立ち上がり、KO負けは避けられた。良かった、このまま立てなかったらあの有名な台詞を言わなければいけないところだった。全身真っ白なだけに。

 そっと手を離されたが、正直気合いで立てている状態だ。筋肉痛と衣装の重みで、足が生まれたての小鹿のようにプルプルしている。
 どうしよう……要介護状態になってしまった。今日の儀式遂行できるだろうか。
 小刻みな震えを感知したのだろう、サリーナが横から心配そうにこちらを伺っている。

 「……歩けそうですか?」

 「正直補助無しじゃ厳しいわね。錫杖を――そしてサリーナは左から支えて頂戴」

 「お衣装の後ろをお持ちした方が良いですわね――貴女達」

 「「「はい」」」

 侍女頭マリエッテの機転がありがたい。後ろに引きずる部分を持って貰うと、重量は大分軽減され、随分楽になったと感じる。そっと足を動かすと普段より遅いものの歩けはした。錫杖と介助で何とか移動する事は出来そうだ。
 ただ問題は――いざという時は咄嗟に逃げられないという事。警戒は十二分にしておくべきだろう。何といっても今の私は狙われ放題誘拐され放題であり、さしずめ歩く身代き……ごほん、国家予算なのだから。

 扉が開かれると、その向こうに立っていたグレイが目を見開き、惚けたようにこちらを見た。
 綺麗だと褒めてくれたが、グレイも鮮やかな赤髪が七三分けでキメッキメになっていて実に凛々しい。紅白の豪奢な高位祭服に良く似合っていた。
 新年らしくまるで……巨大な熨斗のようで、おめでたさが全面に出ていて何より。勿論これは誉め言葉である。

 それにしても私の衣装よりかはマシだが、グレイの衣装も重そうだ。心配になって訊くと、大丈夫だという。逆に心配されたので正直なところを伝えると、苦笑いで手を差し伸べてくれた。


***


 国家予算が等身大の豪華熨斗のエスコートで玄関――馬車止まりへと向かう。するとそこには何人かの先客が居た。
 小さな影が近付いてきて、ちょこんと可愛い礼を取る。

 「聖女様、おはようございます!」

 元気な挨拶と共に灯りに浮かび上がったのは本日の主役の一人ヴェスカルだった。今日付で正式に聖女専属侍祭となる彼は、私達と一緒に教会へ向かう事となっていたのである。

 「おはよう、ヴェスカル! 早起き出来たのね、偉いわ」

 「実はドキドキしていてあんまり眠れなかったんです! あ、そうだ! 新年おめでとうございます、聖女様達が良い一年を過ごせますように!」

 「うふふ、太陽神の御恵みがあり、ヴェスカル達が良い一年を過ごせますように」

 そんなやり取りをしていると、ヴェスカルの背後にいたヴェスカルの祖父ルードヴィッヒ卿が新年の挨拶をしてきた。返礼をすると、「本日はヴェスカルをお頼み申します」と頭を下げる。

 「卿も一緒に来られれば宜しかったのに」

 「流石にそれは。後でアレマニア帝国の者として末席にでも出席させて頂きますので」

 「ヴェスカルの晴れ姿が一番見えるように、その時になったら人を寄越しますので案内させるようにしますわね」

 そこへ、聖騎士の衣装を身に纏った馬の脚共が近付いてきた。新年の挨拶と共に「それは我らが」と請け負ったりしていると、賢者の正装をしたイドゥリースがスレイマンやメリーと共に「少し遅れてすみません」とやって来る。
 父サイモンを始めとする家族や使用人の皆、ヤンとシャルマン、キンター、語学教師ロマン・アンシェルとその妻ンャライ、生徒のサイアを始めとしたエスパーニャ人達、フソウ人のヨシヒコ一家もそれに続いて玄関ホールに集まった。

 「「「マリー様、あけましておめでとうボナネ!」」」

 全員早起きして新年の挨拶と見送りに来てくれたのだ。心が湧き上がる喜びに痺れて、目頭が熱い。
 皆と言葉を交わした後、馬車に乗り込む。窓から顔を出すと、沢山の「行ってらっしゃい」の言葉に私は笑顔で手を振った。

 「行ってきます!」
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