貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(158)

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 今後の予定を訊くと、ルードヴィッヒ卿はヴェスカルとソルツァグマ修道院へ行くという。
 だったら先に連絡しておいた方が良いだろうな。準備もあるだろうし――そう考えた僕がちらりとマリーを見ると、マリーは小さく頷いて扇を動かす。近付いて来たサリーナに何事かを囁いて、僕達は解散となった。
 マリーの聖女の力で僕の考えを読んでくれていたのかも知れない。
 廊下に出た時訊ねると、「グレイが気付いてくれて良かったわ」と僕の推測を裏付けしてくれた。

 「これから修道院へ行ってくれるなら丁度良かったわ。刻印が完成するのが一週間後……聖女降誕祭に出席するかしないか、丁度それぐらいにアレマニア帝国に帰る予定って言ってたものね」とマリー。

 そこから半時程して。
 マリーと共にルードヴィッヒ卿とヴェスカルの見送りを終えると、僕は俄かに眠くなった。まだ昼食まで時間があるから仮眠を取ろう。
 そう決めた僕は、マリーに別れを告げて自室へと戻ったのだった。


***


 グレイが自室のベッドに横になった頃――キャンディ伯爵家のカレドニア女王リュサイに与えられた一室。

 ファーガス・マッケンジー、アラン・マクミラン、ライアン・キャンベル、ジェイムズ・ブキャナン――居並ぶ四名の高地の騎士達、そして彼らを束ねるドナルド・マクドナルドは、憔悴した様子でソファーに凭れ掛かっている彼らのあるじリュサイ・メイベル・オブライエン・バウンリ・カレドニアをじっと見つめていた。
 その眼差しの中に大なり小なり失望のようなものを感じ取っている女王リュサイは、今も尚ぐるぐると悩んでいた。

 ――分かっているわ。女王として情けないのは私自身が誰よりも!

 最初は、騎士ドナルドが悪魔のように囁いた、オブライエン王家の血を引くというグレイ・ダージリン枢機卿伯爵をカレドニア王にするという考えに心が大きく揺らいだ。

 それも良いかも知れない、と考えた次の瞬間。
 心の中の亡き父王が、重臣達が、カレドニアで血を流した愛国者、民達が――リュサイを責めるのだ。
 よりにもよって恋に現を抜かしてカレドニア女王たる責務を無責任にも放り出そうとするのは何事か、と。

 二つの相反する考えがぶつかり合い、今この瞬間もリュサイを苛んでいた。

 ああでも、とリュサイは思う。

 一つだけハッキリと言えることがあった。

 ――私は女王の器ではなかった。

 今もアルビオンの好色王に怯えて、こうしてトラス王国他国に逃げて隠れて震えている。

 ――王位を正当な継承者にお返しする事に、何を躊躇う事があるの?

 追い詰められた思考は楽な方へと理屈付けと正当化を組み立てていく。
 王位を返してただのラブリアン辺境伯令嬢になれば、皇女エリーザベトに気後れする必要は無くなる。
 ラブリアン辺境伯家からカレル様との結婚を申し込む事も出来るし、トラス王国が母国になることで庇護を受けている、という罪悪感は消えるだろう。

 しかしそれは。
 全て上手く行ったら、の話だ。

 騙し打ちのような事をして、マリー様に失望・絶交されてしまうかも知れない。
 グレイ猊下も良い気分はしないだろう。

 それに、摂政として国を統治している伯父のリーアムはどう思うのだろうか。

 「『我が女王モ・バウンリ。新年の儀はいよいよ明日、ですね。聖女様のお姿を見に、諸国から大勢の使者が訪れているそうですよ。新年の儀の後は、聖女降誕節まで連日宮殿は賑わうとか……』」

 控えている侍女に分からぬよう、母国語カレドニア語で話す騎士ドナルド。
 言わんとしている事はリュサイにも分かっていた。

 「『そう……』」

 「『王都にはカレドニアから正式な使者としてリーアム閣下が手配した外交官が参っております。
 集まった情報では、まだアルビオンからの使者は来ていない様子ですが……聖女降誕節までには来ると思われます』」

 「『……でしょうね』」

 能力と実績だけで見るならば、伯父のリーアムがカレドニアの王に相応しいように思う。
 しかし、伯父では駄目なのだ。あまりにも薄いオブライエンの血――国民は納得しないだろう。
 脳裏に思い浮かべるのは聖女の夫たるグレイ・ダージリンの姿。
 あの鮮やかな髪と瞳を見た時、リュサイはオブライエン王家の初代王の伝承を思い出して正直羨望を抱いていた。
 しかし彼はオブライエン王家とは縁もゆかりもない家の出――そう思っていたのに。

 明日から聖女降誕節まで、聖女を見極めにこの国に集まる諸国人達。
 女王リュサイは苦悩しながらも、神を欺くにも等しい大それた事をしようとしていた。

 「『国が、民の行く末がかかっているのです。そう簡単に決断は下せないのは分かります。しかし……叶うならば、後悔しない方をお選び下さればと思います。どのような道を選ばれようとも、我々は貴女様の幸せを祈っており――それに従う所存ですので』」

 あくまでも決定権を委ねてくる騎士ドナルドの声は、どこまでも優しかった。
 『我々は貴女様の幸せを祈って』。

 ――見透かしているのね、私が結局どの道を選ぼうとしているのか。

 リュサイはぎゅっと自らを両腕で掻き抱く。

 怖い。上手く行く保証はない。
 下手をすれば、カレドニア王国が存亡の危機に晒されかねなかった。
 アルビオン王国、あの好色王はきっとかつてそうしたように軍を動かすだろう。

 リュサイが今日何度目になるか分からない溜息を吐いた時、部屋の扉がノックされた。
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