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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

『或る高位貴族Cの生涯』。

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 気が付くと、私はガクガク肩を揺さぶられていた。目を開けるとグレイが血相を変えている。

 「いきなり何てとんでもないことを言うんだよ、マリー!」

 「そうだ、流石に失礼が過ぎるぞ!」

 「言うに事欠いて王族の婚姻を公開処刑って……!」

 グレイの叫びに我に返ったのか、トーマス兄とカレル兄も乗っかってくる。義姉キャロラインと皇女エリーザベトは「た、立ち会うんですの?」「しょ、初夜……」と顔を真っ赤にしていた。
 一方のメティと言えば、先程の熱々な雰囲気もどこへやら。

 「そんな、嘘っ!! ――アルバート殿下、今のマリーの話は本当ですの!?」

 等と、くわっと凄い形相と剣幕で第一王子アルバートに食って掛かっている。
 一方の詰め寄られているアルバートは珍しくポーカーフェイスが崩壊し、顔を赤くしたり青くしたりして首を横にブンブンと振っていた。

 「そ、そんな筈は! というか、誰がそんな出鱈目でたらめを貴女に吹き込んだんです!? 事と次第によってはサイモン卿にキャンディ伯爵家の子女教育内容をお訊ねする事になりますよ!」

 悲鳴を上げるようにこちらに視線を向けられる。
 トーマス兄とカレル兄が「殿下、申し訳ありません!」「妹が失礼を!」と慌てているが、私はビシッと指を突き付けて負けじと声を張り上げた。

 「出鱈目でたらめなんかじゃありませんわ! 私しかと目を皿のようにして少なくとも三度は読みましたもの、近代文学の『或る高位貴族の生涯』という本を! ――この本の中で高位貴族の初夜に当時のトラス王が立ち会った、は槍を一回突き終わる毎に当時の王に挨拶して、結局七回槍を折ったって記述がちゃあんとありますのよ!
 そして何よりその話の中の王の結婚の場面! 王が事が終わった後ベッドの上で、立ち合いの聖職者や高位貴族達に対して『余の槍は彼に三度及ばなかった』って嘆息したのだと!」

 それが何よりの証拠ですわ! と高らかに言い放つと、第一王子アルバートは「淑女が何て本を読んでるんですっ!」と顔を真っ赤にした。瀕死の蟹の如く今にも泡を噴きそうである。

 「近代文学という皮を被った艶本だろうが、それ! というか三回以上も読んだのかよ!? 後『槍』とか言うんじゃない、もはやはしたないを通り越して破廉恥だぞ!」

 一瞬天を仰いだ後、こちらに叫んだカレル兄。私も負けじと叫び返す。

 「仕方ないじゃない、本にそう書いてあったんだものカレル兄! じゃあ何か? 槍じゃなくてとでも言い換えればいい訳!?」

 「それはそれで一層卑猥になってるよ! そもそもその本、百数十年位前の話で閨の手解きがてら参考に貴族の男が読む艶本の一つだよ!? 何で淑女教育を受けている筈のマリーが読んでいるのさ!」

 耳を赤く染めて頭を掻きむしるグレイ。
 ふむ、何故読んでいるかって? ――それは勿論、私が暇を持て余し……かつそこに本があったからである。

 「仕方ないじゃない、ダディがこそこそ読んでたからどうしても気になったのよ! 図書室の隠し場所を頑張って突き止めるまでしたんだから!」

 悪いのは私に発見されて読まれる程度の甘い管理しかしてなかったダディだ。
 私はあった本を見つけて読んだだけ、とキリっとしていると、第一王子アルバートが手で顔半分を覆って俯いた。

 「サイモン卿……そういった本の管理はきちんとして欲しいのですが」

 「ああ、父様に特大の流れ弾が……いや、大砲の爆発か。マリーはお構いなしに勝手に部屋に入って来るから大事なものはちゃんと仕舞っておいた方が良いと散々忠告していたのに」

 言って、テーブルに突っ伏したトーマス兄。
 そう言えば父と違いトーマス兄には隙が無かったな。何度かお部屋突撃訪問ガサ入れチャレンジしているが、結局ベッドの下にエロ本一つ見つけられなかったし。
 ちなみにあの鍵のかかった扉も未だに突破出来ずにいる。

 「ああ、そう言えば去年、トーマス様のベッドに女性の長い髪の毛を見つけて喧嘩になりかけた事を思い出しましたわ! 後でマリーのものだと判明しましたけれど――マリー、兄弟であっても殿方のお部屋に勝手に入ってはいけませんことよ?」

 義姉キャロラインが咎めるようにこちらを見て口を尖らせる。
 同時にトーマス兄の体もピクリと動いた。腕の隙間からこちらに向けられる恨みがましさを秘めた鋭い眼光――ひぃ!

 「それは――大変申し訳ありませんでしたわ!」

 うん、それは流石に悪かった。
 まさか私の預かり知らぬところでそんな修羅場があったとは。後で何か夫婦円満になるような手厚いお詫びの品を用意するとしよう。

 私達のやり取りに、カレル兄が呆れたように溜息を吐いた。

 「この面々の前で暴露されるなんてそれこそ公開処刑……マリーは後で父様からの尻叩きは免れないだろうな」

 えっ、嘘! あれ一週間ぐらい座るのに支障が出る程痛いのに!

 「義父様、お気の毒に……」

 ええ……そこまでの事? というかグレイ、メティに祝福の事について断りを入れただけなのに尻叩きの危機が迫って来そうな(というか確実に来る)私にこそ同情して欲しいんだけど!

 内心ガクブルしながら屋敷内の逃走経路をシミュレートする私に、メティが開いた扇の上からちらちらと目を覗かせた。

 「あの、ちょっと訊いても良いかしら? ……その、くだんの本を読んだ時、マリーは幾つだったの?」

 問われ、私は記憶を辿る。

 「ええと……あれは確か、八歳位だったと思うわ」

 「八さ……!? それは、本当の意味をちゃんと理解していたのかしら?」

 勿論ですとも。それが何か?

 首を傾げる私に第一王子アルバートがこめかみを押さえた。

 「道理で……あの時盛大に悲鳴を上げられた理由がやっと分かりましたよ。それにしても、幾ら何でも早熟過ぎませんか?」

 「……まあ、その年頃の子供があの本を、というのは犯罪的ですよね」

 ――でも、マリーですから。

 苦笑いのグレイ。私が前世持ちである事を思い浮かべたのだろう。

 「もう、あんな艶本の内にも入らないような本で皆大げさ過ぎるわよ?」

 たとえて言うなら江戸時代の春画レベルである。現代日本の情報の海に幾らでも転がっているアレやソレやの生々しくエグいのと比べれば、あの本の中身なんざ欠伸が出る程である。全然大したことない。

 「本の話はさて置き、兎に角! 私、そんな王族の結婚をするメティの胆力を凄いって思って、尊敬すらしているのよ!
 私に出来ない事を平然とやってのける、そこに痺れる憧れはしないけどって!」

 「ちょっとマリー、貴女私の事そんな風に思ってたの!?」

 ばさりと扇を取り落とし、ガーン! とでも効果音が付きそうな表情を浮かべたメティ。
 隣のアルバートが「恐ろしく誤解があるようですので正しておきますが!」と声を張り上げた。

 「大昔、王妃の不義密通事件があった事を踏まえ、血統の正当性を証明する為にそう言う事は約百年位前までこの国に確かにあった風習ですが!
 今は厳選された少数の立ち合い人のみで、余人や不審物がないかの確認と寝室の出入り口を固めるのみになっているのですよ!」

 ――居並ぶ貴族達に見られながら、とか高位貴族のそれに王が立ち会うなどは! 一切! ありません!

 「でも、子供を産」

 「出産の時もです!」

 私の疑問に被せるように叫んだアルバートは深く溜息を吐き、メティの扇を拾って彼女に差し出す。

 「ですから、メテオーラ姫。安心して下さいね」

 「そうでしたの……それなら安心しましたわ」

 その場が一先ず収まりを見せたところで、兄達やグレイの視線に耐えかねた私は素直にごめんなさいをした。

 「ああ、吃驚びっくりしたわ。勘違いだったとは言え、脅かさないで欲しいわよ、マリー!」

 「いたたたたっ、ごめんってばメティ!」

 むにーっ。

 アルカイックスマイルを浮かべたメティからつねられたほっぺたはかなり痛かった。
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