貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

ガリア王宮のハイエナ共。

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 喫茶室へ入ると、客人達はお茶を供され歓談中だった。

 他に室内に居るのは皇女エリーザベトとカレル兄、トーマス兄、義姉キャロライン。グレイも居たけどどこかぼんやりしている。少ししか眠れなかったらしい、南無。

 お忍びとはいえ、トラス王国の未来の王と王妃が来れば流石に適当に待ってて、とはいかない。
 客人達の話し相手をしてくれた感謝を込めて家族に目配せをし、私はメティ達に向き直る。

 「アルバート殿下、ごきげんよう。メティ、来てくれて嬉しいわ。事前に知らせてくれれば良かったのに!」

 礼儀として第一王子に先に挨拶をした後、立ち上がった彼女に近付いてにこやかに両手を握りしめる。
 握った手をそのまま上下に振ると、メティは眉をハの字に下げた。

 「忙しい時にごめんなさい、マリー。あまり大事にしたくなかったのよ。殿下もこうしてウエッジウッド子爵として同行して下さって」

 言われて改めて目の前の彼らを見る。
 メティは珍しく地味なドレス、隣は第一王子アルバートなのだろうが、かつらを被ってこれまた目立たない服装をしていた。ウエッジウッド子爵本人はと言えば、影武者として置いて来たとのこと。
 小首を傾げて第一王子アルバートにちらりと視線を向けると、彼は拳を口元に当ててコホンと咳払いをした。

 「本来先触れを出すべきでしたが……少し事情があるのですよ」

 取り敢えずソファーに落ち着く事になった。
 わざわざ人目を忍ぶようにアポなし訪問してきた理由があるのだろう。女王リュサイの事も気になるが、一先ずそちらの件を訊ねてみるか。

 「事情? そう言えば話があるって聞いたのだけれど」

 サリーナが淹れてくれた紅茶の入ったティーカップに触れて暖を取りながら水を向ける。
 メティは一つ頷き、実は……と話し始めた。

 「今、私の父ピロス公爵が王都に来ているのだけれど……お父様から王太子も来ているから気を付けるようにって連絡があったの。
 本当はお父様もご挨拶に連れて来たかったのだけれど、王太子の動きを抑えて貰ってるわ。マリー、あの男はしきりに『貴女に会いたい、兄に吹き込まれた誤解を解きたい』と言っているんですって。放っておいたらきっとこちらに来ていたところよ」

 「兄……シルヴィオ殿下の事ですよね?」

 隣のグレイが訝し気に片眉を上げる。メティはええ、と頷いた。

 誤解、ねぇ……。

 「大方金鉱山の件でしょうね」

 言って、紅茶を啜る。視界の隅で、兄達が意味ありげに顔を見合わせた。
 採掘が始まってから、薄汚い欲望を抱いたガリア王宮のハイエナ共がいつか来るだろうとは思っていたが――存外早かったな。

 「金鉱山……そう言えば最近ガリアの方で見つかったというのが社交界で噂になっていましたわね」

 義姉キャロラインが人差し指を口元に当ててそう言うと、トーマス兄が思案気に顎に手を置いた。

 「お前に会って、何とか取り入って。シルヴィオ殿下に取って代わり、金鉱山の権利を我が物に……と、そんなところだろう」

 「ガリア王国の金鉱山が何故、マリーに関係ありますの?」

 訝し気に首を傾げる義姉キャロライン。
 その疑問は当然だろうが、この件は私の能力のヤバさもあり、限られた人間しか真実を知らされていない。

 ――とはいえ、表向きの理由は既に用意してある。差し支えない範囲であれば構わないだろう。

 私はティーカップを置き、扇を取り出してため息交じりにパラリと開いた。

 「そこのところの事情をお話ししますわ。始まりはコスタポリの復興支援金をガリア王家が出し渋ったことなんですの――」

 あの時はオス麿、アーダム皇子と玉突き誘拐をされたが、その流れでコスタポリに立ち寄ってシル達に会ったのは僥倖だったと思う。
 キーマン商会はシルに貸付という形で商品券を発行していた。グレイと合流した後、補給の為にコスタポリに寄った時に返済について相談をされたという経緯があった。
 兄であるアーダム皇子の罪――若干顔を曇らせる皇女エリーザベトの事もあり、事情を簡潔にさらりと説明する。するとグレイが「マリー、ここからは僕が」と引き受けてくれた。

 「復興支援金を出し渋られたシルヴィオ殿下は、領地の山で金とルビーの鉱脈を見つけてしまい、それを返済に充てたいと仰られたんです。
 しかしガリア王家でのご自分の難しいお立場上、この事が表沙汰になれば鉱山は取り上げられる恐れがある、と悩んでおられまして」

 まあ実際私が透視能力でサクッと見つけたのだが、表向きにはそう言う事にしようと決めていた。
 私の能力のヤバさについては流石にメティにだって言えない。何より第一王子アルバートが居る。知ったら嬉々としてあれやこれや言ってきて面倒なことになりそうだ。

 「そこでその場にいた全員で話し合い、知恵を出し合いました。丁度その場にいらっしゃったガリアの枢機卿べリザリオを巻き込んで、教会が商品券分の返済金を出す代わりに鉱山一帯の土地を差し押さえる、という形になったのです。シルヴィオ殿下の当面の利益は採掘会社の株式をお持ちになるという形で保証しております」

 「成程、つまり今現在の鉱山の所有権は教会――その最高位である聖女。それでマリーに会いたいということですね。ガリア王家が金とルビーの鉱山を手に入れようとするならば、教会との衝突は避けられない。上手く考えたものです」

 ティーカップの水面を見つめていた第一王子アルバートが顔を上げて鋭くこちらを見た。

 「……東方の諺に、『三人寄れば賢者の知恵』というのがあるそうですわ。それと、ガリアの金鉱山にトラスの王族が手を突っ込めば、折角の友好関係にヒビが入りますわよ?」

 にっこり微笑む私。
 暫くの沈黙と睨み合いの後――アルバートは「そうですね」と諦めたように目を逸らした。

 そうそう、ガリアの金鉱山ルビー鉱山は教会――ひいては聖女たる私のものだ。
 火達磨(物理)になりたくなければ下手な手出しは止めておくが良い。
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