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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(150)

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 「『聖女……馬達が怯えているのだが』」

 「おほほほ、気のせいですわ。これは自他ともに認める私の愛馬なんですの。門へ続く道の途中までお見送り致しますわね!」

 昼食後、アヤスラニ帝国特使一行の出立の時。
 サイモン様達は玄関まで、僕達とイドゥリース達は門近くまで見送る事になっていた、筈なんだけど。

 昼食時に皇帝イブラヒームに先刻の光景について散々からかわれたマリーは、意趣返しのつもりなのか僕とリディクトに同乗する事はせず、件の作り物の馬にイサーク様と共に乗っていた。
 見送りも先程彼女が言った通り門へ続く道の途中まで。ちなみにヨハン、シュテファン兄弟の他にカールも中脚として加わっている。

 そう言えば、マリーの『馬』が普段仕舞われているのは厩舎の一角だったっけ。
 僕の乗っているリディクトも見慣れているのか平気だったけれど。ラクダの代わりに特使一行に手配した馬名人ウバの手掛けた駿馬達は、大いに動揺しているのが分かる。
 皇帝は何かを堪えるような表情で「夢に見そうな程に個性的な目付き」だとマリーの馬を評しているが、きっとその夢は十中八九悪夢だろう。それも、奇天烈な。

 サイモン様が流石に詫びを入れてマリーに離れてついて行くようにと命じている。
僕は仕方なくリディクトの馬体でマリーの馬を隠す事にした。

 馬達が落ち着いたところでサイモン様達と別れの口上が交わされ、その後僕達は馬を進める。
 道の途中で、マリーが帰路の無事を祈り刻印の事を頼めば、イサーク様がいつか蒸気機関車で帝国に行くから、と無邪気な夢を語って別れを告げる。

 「『国に帰れば気軽におじさんと呼んで貰えなくなるな』」

 寂しそうな呟きが僕の耳に届いた。
 皇帝という立場はそれほど窮屈なのだろうな、と少々同情を覚える。
 もし、僕がカレドニア王だったらきっと同じような気持ちになるんだろうな。想像しただけでぞっとする。

 そんな事を考えていると、何時の間にか門近くまでやってきていた。

 「『ここで……お別れですね』」

 「『うむ。気が重いが帰らねばならぬ。やるべき事が山積みになっているであろうからな』」

 「『父皇様……!』」

 皇帝イブラヒームとイドゥリースは馬を寄せると、お互い身を乗り出し肩を抱き合って別れを惜しんだ。
 イドゥリースの肩が一瞬ピクリと動いたように見えた後、二人は離れる。
 皇帝イブラヒームは屈託のない笑みを浮かべてイドゥリースの肩を叩いた。

 「『シャーヒン達だけでは足りぬであろうから、帰国後にまた何名か見繕ってこちらに寄越そう。そなたのカフェカーヴェハーネ事業の事もある。人手は多い方が良い』」

 「『そうですね……お心遣い、ありがとうございます』」

 イドゥリースが微笑むと、皇帝は今度はイドゥリースの前に座るメリー様へと視線を移した。

 「黄昏の宵闇メルローズ姫。息子をくれぐれも頼んだぞ」

 ぎこちないトラス語で話しかけた皇帝に、メリー様は「『勿論です、任せて下さい!』」と綺麗なアヤスラニ語で応じる。皇帝の目が丸くなった。

 「『これは驚いた!』」

 「『アヤスラニ語、一生懸命勉強しています。お義父様、お気をつけてお帰り下さい』」

 アヤスラニ帝国の淑女の所作で別れの言葉を述べるメリー様。皇帝の目が僅かに潤んだように見えた。

 「『これ以上にない餞よ……本当に良き伴侶を得たな、イドゥリース』」

 「『はい。私には勿体ない程に』」

 イドゥリースが頷くと、皇帝は微笑み返してこちらを向く。僕は居住まいを正した。

 「『グレイ卿も――この駿馬もそうだが、色々と世話になった。感謝する』」

 「『勿体ないお言葉。妻共々、道中のご無事をお祈りしております』」

 ――では、出立!

 アヤスラニ帝国特使一行は門を潜り、遠ざかって行く。僕達は何となく外へ出て、その影が小さくなるまで見送っていた。
 メリー様がイドゥリースを見上げる。

 「……イドゥリース様、お寂しくないですか?」

 「寂しくないと言えば嘘になりますが、メリーが傍に居てくれますから」

 「も、勿論ですわ!」

 そんな微笑ましいやりとりを見ていると、不意にスレイマンが声を上げた。

 「『グレイ! 何だかこっちに向かってくる一団が見えるんだけど』」

 「えっ?」

 振り向くと、特使一行とは反対側の道の先から馬車が何台か連なってこちらへ向かって来ていた。その先頭の馬に跨っている何者かは、銀色に光る髪をしている。
 近付いて来るにつれ、僕はそれが見覚えのある人物である事に気付いた。

 「ジェ……ジェレミー殿下!?」

 ジェレミー殿下は僕達の近くまでやってくると、右手を挙げて後続の馬車に停止を命じる。
 下馬して礼を取る僕に、慌てた様子でジェレミー殿下も下馬し、「どうか顔をお上げ下さい」と僕の肩に手を置いた。
 驚いて顔を上げた僕。殿下は申し訳なさそうに紳士の礼を取った。

 「先触れも無しに申し訳ありません、グレイ猊下。私は、神聖アレマニア帝国第一皇女エリーザベト殿下のお荷物をお届けしに来たのです」

 お取次ぎを、と頭を垂れるジェレミー殿下。僕は慌ててリディクトに跨り、玄関への道を走らせたのだった。
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