600 / 671
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】
グレイ・ダージリン(150)
しおりを挟む
「『聖女……馬達が怯えているのだが』」
「おほほほ、気のせいですわ。これは自他ともに認める私の愛馬なんですの。門へ続く道の途中までお見送り致しますわね!」
昼食後、アヤスラニ帝国特使一行の出立の時。
サイモン様達は玄関まで、僕達とイドゥリース達は門近くまで見送る事になっていた、筈なんだけど。
昼食時に皇帝イブラヒームに先刻の光景について散々からかわれたマリーは、意趣返しのつもりなのか僕とリディクトに同乗する事はせず、件の作り物の馬にイサーク様と共に乗っていた。
見送りも先程彼女が言った通り門へ続く道の途中まで。ちなみにヨハン、シュテファン兄弟の他にカールも中脚として加わっている。
そう言えば、マリーの『馬』が普段仕舞われているのは厩舎の一角だったっけ。
僕の乗っているリディクトも見慣れているのか平気だったけれど。ラクダの代わりに特使一行に手配した馬名人ウバの手掛けた駿馬達は、大いに動揺しているのが分かる。
皇帝は何かを堪えるような表情で「夢に見そうな程に個性的な目付き」だとマリーの馬を評しているが、きっとその夢は十中八九悪夢だろう。それも、奇天烈な。
サイモン様が流石に詫びを入れてマリーに離れてついて行くようにと命じている。
僕は仕方なくリディクトの馬体でマリーの馬を隠す事にした。
馬達が落ち着いたところでサイモン様達と別れの口上が交わされ、その後僕達は馬を進める。
道の途中で、マリーが帰路の無事を祈り刻印の事を頼めば、イサーク様がいつか蒸気機関車で帝国に行くから、と無邪気な夢を語って別れを告げる。
「『国に帰れば気軽におじさんと呼んで貰えなくなるな』」
寂しそうな呟きが僕の耳に届いた。
皇帝という立場はそれほど窮屈なのだろうな、と少々同情を覚える。
もし、僕がカレドニア王だったらきっと同じような気持ちになるんだろうな。想像しただけでぞっとする。
そんな事を考えていると、何時の間にか門近くまでやってきていた。
「『ここで……お別れですね』」
「『うむ。気が重いが帰らねばならぬ。やるべき事が山積みになっているであろうからな』」
「『父皇様……!』」
皇帝イブラヒームとイドゥリースは馬を寄せると、お互い身を乗り出し肩を抱き合って別れを惜しんだ。
イドゥリースの肩が一瞬ピクリと動いたように見えた後、二人は離れる。
皇帝イブラヒームは屈託のない笑みを浮かべてイドゥリースの肩を叩いた。
「『シャーヒン達だけでは足りぬであろうから、帰国後にまた何名か見繕ってこちらに寄越そう。そなたのカフェ事業の事もある。人手は多い方が良い』」
「『そうですね……お心遣い、ありがとうございます』」
イドゥリースが微笑むと、皇帝は今度はイドゥリースの前に座るメリー様へと視線を移した。
「黄昏の宵闇姫。息子をくれぐれも頼んだぞ」
ぎこちないトラス語で話しかけた皇帝に、メリー様は「『勿論です、任せて下さい!』」と綺麗なアヤスラニ語で応じる。皇帝の目が丸くなった。
「『これは驚いた!』」
「『アヤスラニ語、一生懸命勉強しています。お義父様、お気をつけてお帰り下さい』」
アヤスラニ帝国の淑女の所作で別れの言葉を述べるメリー様。皇帝の目が僅かに潤んだように見えた。
「『これ以上にない餞よ……本当に良き伴侶を得たな、イドゥリース』」
「『はい。私には勿体ない程に』」
イドゥリースが頷くと、皇帝は微笑み返してこちらを向く。僕は居住まいを正した。
「『グレイ卿も――この駿馬もそうだが、色々と世話になった。感謝する』」
「『勿体ないお言葉。妻共々、道中のご無事をお祈りしております』」
――では、出立!
アヤスラニ帝国特使一行は門を潜り、遠ざかって行く。僕達は何となく外へ出て、その影が小さくなるまで見送っていた。
メリー様がイドゥリースを見上げる。
「……イドゥリース様、お寂しくないですか?」
「寂しくないと言えば嘘になりますが、メリーが傍に居てくれますから」
「も、勿論ですわ!」
そんな微笑ましいやりとりを見ていると、不意にスレイマンが声を上げた。
「『グレイ! 何だかこっちに向かってくる一団が見えるんだけど』」
「えっ?」
振り向くと、特使一行とは反対側の道の先から馬車が何台か連なってこちらへ向かって来ていた。その先頭の馬に跨っている何者かは、銀色に光る髪をしている。
近付いて来るにつれ、僕はそれが見覚えのある人物である事に気付いた。
「ジェ……ジェレミー殿下!?」
ジェレミー殿下は僕達の近くまでやってくると、右手を挙げて後続の馬車に停止を命じる。
下馬して礼を取る僕に、慌てた様子でジェレミー殿下も下馬し、「どうか顔をお上げ下さい」と僕の肩に手を置いた。
驚いて顔を上げた僕。殿下は申し訳なさそうに紳士の礼を取った。
「先触れも無しに申し訳ありません、グレイ猊下。私は、神聖アレマニア帝国第一皇女エリーザベト殿下のお荷物をお届けしに来たのです」
お取次ぎを、と頭を垂れるジェレミー殿下。僕は慌ててリディクトに跨り、玄関への道を走らせたのだった。
「おほほほ、気のせいですわ。これは自他ともに認める私の愛馬なんですの。門へ続く道の途中までお見送り致しますわね!」
昼食後、アヤスラニ帝国特使一行の出立の時。
サイモン様達は玄関まで、僕達とイドゥリース達は門近くまで見送る事になっていた、筈なんだけど。
昼食時に皇帝イブラヒームに先刻の光景について散々からかわれたマリーは、意趣返しのつもりなのか僕とリディクトに同乗する事はせず、件の作り物の馬にイサーク様と共に乗っていた。
見送りも先程彼女が言った通り門へ続く道の途中まで。ちなみにヨハン、シュテファン兄弟の他にカールも中脚として加わっている。
そう言えば、マリーの『馬』が普段仕舞われているのは厩舎の一角だったっけ。
僕の乗っているリディクトも見慣れているのか平気だったけれど。ラクダの代わりに特使一行に手配した馬名人ウバの手掛けた駿馬達は、大いに動揺しているのが分かる。
皇帝は何かを堪えるような表情で「夢に見そうな程に個性的な目付き」だとマリーの馬を評しているが、きっとその夢は十中八九悪夢だろう。それも、奇天烈な。
サイモン様が流石に詫びを入れてマリーに離れてついて行くようにと命じている。
僕は仕方なくリディクトの馬体でマリーの馬を隠す事にした。
馬達が落ち着いたところでサイモン様達と別れの口上が交わされ、その後僕達は馬を進める。
道の途中で、マリーが帰路の無事を祈り刻印の事を頼めば、イサーク様がいつか蒸気機関車で帝国に行くから、と無邪気な夢を語って別れを告げる。
「『国に帰れば気軽におじさんと呼んで貰えなくなるな』」
寂しそうな呟きが僕の耳に届いた。
皇帝という立場はそれほど窮屈なのだろうな、と少々同情を覚える。
もし、僕がカレドニア王だったらきっと同じような気持ちになるんだろうな。想像しただけでぞっとする。
そんな事を考えていると、何時の間にか門近くまでやってきていた。
「『ここで……お別れですね』」
「『うむ。気が重いが帰らねばならぬ。やるべき事が山積みになっているであろうからな』」
「『父皇様……!』」
皇帝イブラヒームとイドゥリースは馬を寄せると、お互い身を乗り出し肩を抱き合って別れを惜しんだ。
イドゥリースの肩が一瞬ピクリと動いたように見えた後、二人は離れる。
皇帝イブラヒームは屈託のない笑みを浮かべてイドゥリースの肩を叩いた。
「『シャーヒン達だけでは足りぬであろうから、帰国後にまた何名か見繕ってこちらに寄越そう。そなたのカフェ事業の事もある。人手は多い方が良い』」
「『そうですね……お心遣い、ありがとうございます』」
イドゥリースが微笑むと、皇帝は今度はイドゥリースの前に座るメリー様へと視線を移した。
「黄昏の宵闇姫。息子をくれぐれも頼んだぞ」
ぎこちないトラス語で話しかけた皇帝に、メリー様は「『勿論です、任せて下さい!』」と綺麗なアヤスラニ語で応じる。皇帝の目が丸くなった。
「『これは驚いた!』」
「『アヤスラニ語、一生懸命勉強しています。お義父様、お気をつけてお帰り下さい』」
アヤスラニ帝国の淑女の所作で別れの言葉を述べるメリー様。皇帝の目が僅かに潤んだように見えた。
「『これ以上にない餞よ……本当に良き伴侶を得たな、イドゥリース』」
「『はい。私には勿体ない程に』」
イドゥリースが頷くと、皇帝は微笑み返してこちらを向く。僕は居住まいを正した。
「『グレイ卿も――この駿馬もそうだが、色々と世話になった。感謝する』」
「『勿体ないお言葉。妻共々、道中のご無事をお祈りしております』」
――では、出立!
アヤスラニ帝国特使一行は門を潜り、遠ざかって行く。僕達は何となく外へ出て、その影が小さくなるまで見送っていた。
メリー様がイドゥリースを見上げる。
「……イドゥリース様、お寂しくないですか?」
「寂しくないと言えば嘘になりますが、メリーが傍に居てくれますから」
「も、勿論ですわ!」
そんな微笑ましいやりとりを見ていると、不意にスレイマンが声を上げた。
「『グレイ! 何だかこっちに向かってくる一団が見えるんだけど』」
「えっ?」
振り向くと、特使一行とは反対側の道の先から馬車が何台か連なってこちらへ向かって来ていた。その先頭の馬に跨っている何者かは、銀色に光る髪をしている。
近付いて来るにつれ、僕はそれが見覚えのある人物である事に気付いた。
「ジェ……ジェレミー殿下!?」
ジェレミー殿下は僕達の近くまでやってくると、右手を挙げて後続の馬車に停止を命じる。
下馬して礼を取る僕に、慌てた様子でジェレミー殿下も下馬し、「どうか顔をお上げ下さい」と僕の肩に手を置いた。
驚いて顔を上げた僕。殿下は申し訳なさそうに紳士の礼を取った。
「先触れも無しに申し訳ありません、グレイ猊下。私は、神聖アレマニア帝国第一皇女エリーザベト殿下のお荷物をお届けしに来たのです」
お取次ぎを、と頭を垂れるジェレミー殿下。僕は慌ててリディクトに跨り、玄関への道を走らせたのだった。
36
お気に入りに追加
4,794
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。