貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

久しぶりのサタナエル様。

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 『許されぬ事と 思い込まなくていい
 国の数程 法があるから

 外国に行けば 治外法権ルールが変わる
 禁忌でさえ 許されるのさ』

 「きゃああああ!」

 私は歓喜と興奮の雄叫びを上げながらコルナサインを出して盛り上がっていた。
 久々のデスメタルバンド、Diableディアブルのライブの夢。
 懐かしい、ライブで歌われる事は少なかったDiableディアブル結成初期の曲だ。タイトルは確か、『新自由パンデミック~悪魔のウタ~』だったっけ。彼らがブレイクしたのは『擬似ぎじ民主主義~肉屋を支持する豚共~』だけど、私はこの曲も意味深で好き。

 『それこそうっかり 計画した通り
 世界中を 混沌に堕とすことだって

 流出で大惨事 第三次のバトル
 闇を生きるゾンビに 朝は来ない』

 目の前のステージのメンバーは中華っぽい衣装に身を包んでいる。一番の推しであるサタナエル様は所謂『漢服』、しかも武官っぽい衣装だ。
 ディアブルは中国にもファンが居たし、もしかすると私の死後、上海あたりでライブツアーがあったのかも知れない。

 それにしても鼻血が出そうな程お似合いです!

 『今この瞬間トキ 俺達だけの為
  新たな自由 築いていこう』

 あっ、目が合った!
 是非とも築いていきたいです!

 と。

 歌が終わった瞬間、ステージの光が収束し、サタナエル様一人に集中した。

 気が付くと周囲に居たファンの気配と熱気が無くなっており、静寂が落ちる。
 他のメンバーも何時の間にか姿を消しており、その場には私とサタナエル様だけになっていた。
 サタナエル様――の姿をした、私を聖女として選んだ神は、ステージを降りて真っ直ぐこちらへ歩いて来る。

 『選別は為された。各々が自らの意志において行く先を選んだのだ』

 その言葉の意味を不思議と理解出来た。
 神が選ぶのではなく、皆自分の意志で未来を選んだのだ。
 夜が明けるように周囲がいきなり明るくなった。
 何処かは分からないが、頭の上には太陽が輝き、雲の壁が遠く周囲をぐるりと囲んでいる。

 『時代はいよいよ暴風域に突入していく。だが、如何なる激しい嵐であろうとも、その中心軸は太陽が輝き凪いでいるものだ』

 その言葉で、自分が台風の目のような場所にいるのだと理解する。
 サタナエル様は私の両頬を手でそっと挟み込み、目を覗き込んで来た。
 こちらもまじまじとサタナエル様の瞳を見つめる。不思議な事に、黒い瞳孔の中に銀河が渦巻いていた。

 綺麗……。

 『雌豚よ、そこに居るのは常にお前自身であることを忘れるな。
 台風が浄化をもたらすように、聖女もそのような存在なのだ』

 見惚れている私の耳に、何か聞き捨てならないような言葉が飛び込んで来る。
 はっと我に返る私。サタナエル様は私の頬を一撫でして離れた。

 『思う通りに進むが良い。未来はお前自身が選び掴むもの――』

 そう言って踵を返すサタナエル様。光に包まれて消えていくその背中に、私は慌てて手を伸ばす。



 「それはどういう、ちょっと待っ……」

 「ぐふっ!」

 気が付くと、私は天井に伸ばした自分の腕を見つめていた。視界の端では何故かグレイが顎を押さえている。

 「酷いよ、マリー」

 グレイが涙目で抗議してくる。
 伸ばした腕が、タイミング悪く私を起こそうとした彼の顎に掌底を食らわせた形になってしまったらしい。

 ピピピピ……と鳥の鳴く声。窓から差し込む朝日が目を射して。
 私は「ごめんね」と謝りながら、眩しさに腕を降ろしたのだった。


***


 「ふふふ、こうして日課の時間をずらして用事を仕向けてしまえば如何なカレル兄であろうとも私を捕まえられまい」

 朝食を終えた後。

 私は呆れるグレイに断り、すぐさま庭に出ていた。
 サリーナや馬の脚共には、昨日の新年の儀リハーサルの疲れから乗馬の時間を遅くすると伝えてあったのである。

 「今日はのんびり時間をかけて乗馬をする、良いな?」

 「ぶひひーん!」

 前脚ヨハンが承諾の嘶きを上げる。
 私は満足して頷くと、軽く拍車をかけた。常歩なみあしで進み始める愛馬。

 全く、朝食の間中カレル兄から飛んでくる怒りの視線といったら無かった。
 夕べ早速クローゼットからハンカチを見つけたんだろうけど、以前完成前に取り上げられてしまった第一作と違い、カレル兄の頭髪がカラスになって飛んでいく漫画風味に仕上げたウケ狙いのネタ刺繍である。消化不良だったそのリベンジ&ちょっとしたお茶目なサプライズだった、という訳なのだが……。
 あんなにマジにならなくてもいいのにな。

 不幸中の幸いとしては、新たにキャンディ伯爵家の住人となった皇女エリーザベトがカレル兄の隣に座ってくれていた事。
 「リシィ様はこの屋敷に不慣れでいらっしゃるのだから」と朝食中の会話を巧みに誘導し、カレル兄が皇女エリーザベトを案内するように上手く仕向ける事が出来た。
 後は捕まる前に庭へ出てしまえば良い。そうして私はこんな風にまんまと逃亡を図っている、という訳である。

 「今の所、カレル兄が追って来る気配も無いわね。よしよし」

 ただし、今日の昼頃にはアヤスラニ帝国特使皇帝一行が帰国するので、その出立の見送りはせねばならないだろう。
 それまでに逃げ切って、何とかカレル兄が忘れるか怒りを収めるかしてほとぼりが冷めれば……良いな。
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