583 / 671
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】
久しぶりのサタナエル様。
しおりを挟む
『許されぬ事と 思い込まなくていい
国の数程 法があるから
外国に行けば 治外法権
禁忌でさえ 許されるのさ』
「きゃああああ!」
私は歓喜と興奮の雄叫びを上げながらコルナサインを出して盛り上がっていた。
久々のデスメタルバンド、Diableのライブの夢。
懐かしい、ライブで歌われる事は少なかったDiable結成初期の曲だ。タイトルは確か、『新自由パンデミック~悪魔のウタ~』だったっけ。彼らがブレイクしたのは『擬似民主主義~肉屋を支持する豚共~』だけど、私はこの曲も意味深で好き。
『それこそうっかり 計画した通り
世界中を 混沌に堕とすことだって
流出で大惨事 第三次のバトル
闇を生きるゾンビに 朝は来ない』
目の前のステージのメンバーは中華っぽい衣装に身を包んでいる。一番の推しであるサタナエル様は所謂『漢服』、しかも武官っぽい衣装だ。
ディアブルは中国にもファンが居たし、もしかすると私の死後、上海あたりでライブツアーがあったのかも知れない。
それにしても鼻血が出そうな程お似合いです!
『今この瞬間 俺達だけの為
新たな自由 築いていこう』
あっ、目が合った!
是非とも築いていきたいです!
と。
歌が終わった瞬間、ステージの光が収束し、サタナエル様一人に集中した。
気が付くと周囲に居たファンの気配と熱気が無くなっており、静寂が落ちる。
他のメンバーも何時の間にか姿を消しており、その場には私とサタナエル様だけになっていた。
サタナエル様――の姿をした、私を聖女として選んだ神は、ステージを降りて真っ直ぐこちらへ歩いて来る。
『選別は為された。各々が自らの意志において行く先を選んだのだ』
その言葉の意味を不思議と理解出来た。
神が選ぶのではなく、皆自分の意志で未来を選んだのだ。
夜が明けるように周囲がいきなり明るくなった。
何処かは分からないが、頭の上には太陽が輝き、雲の壁が遠く周囲をぐるりと囲んでいる。
『時代はいよいよ暴風域に突入していく。だが、如何なる激しい嵐であろうとも、その中心軸は太陽が輝き凪いでいるものだ』
その言葉で、自分が台風の目のような場所にいるのだと理解する。
サタナエル様は私の両頬を手でそっと挟み込み、目を覗き込んで来た。
こちらもまじまじとサタナエル様の瞳を見つめる。不思議な事に、黒い瞳孔の中に銀河が渦巻いていた。
綺麗……。
『雌豚よ、そこに居るのは常にお前自身であることを忘れるな。
台風が浄化をもたらすように、聖女もそのような存在なのだ』
見惚れている私の耳に、何か聞き捨てならないような言葉が飛び込んで来る。
はっと我に返る私。サタナエル様は私の頬を一撫でして離れた。
『思う通りに進むが良い。未来はお前自身が選び掴むもの――』
そう言って踵を返すサタナエル様。光に包まれて消えていくその背中に、私は慌てて手を伸ばす。
「それはどういう、ちょっと待っ……」
「ぐふっ!」
気が付くと、私は天井に伸ばした自分の腕を見つめていた。視界の端では何故かグレイが顎を押さえている。
「酷いよ、マリー」
グレイが涙目で抗議してくる。
伸ばした腕が、タイミング悪く私を起こそうとした彼の顎に掌底を食らわせた形になってしまったらしい。
ピピピピ……と鳥の鳴く声。窓から差し込む朝日が目を射して。
私は「ごめんね」と謝りながら、眩しさに腕を降ろしたのだった。
***
「ふふふ、こうして日課の時間をずらして用事を仕向けてしまえば如何なカレル兄であろうとも私を捕まえられまい」
朝食を終えた後。
私は呆れるグレイに断り、すぐさま庭に出ていた。
サリーナや馬の脚共には、昨日の新年の儀リハーサルの疲れから乗馬の時間を遅くすると伝えてあったのである。
「今日はのんびり時間をかけて乗馬をする、良いな?」
「ぶひひーん!」
前脚が承諾の嘶きを上げる。
私は満足して頷くと、軽く拍車をかけた。常歩で進み始める愛馬。
全く、朝食の間中カレル兄から飛んでくる怒りの視線といったら無かった。
夕べ早速クローゼットからハンカチを見つけたんだろうけど、以前完成前に取り上げられてしまった第一作と違い、カレル兄の頭髪がカラスになって飛んでいく漫画風味に仕上げたウケ狙いのネタ刺繍である。消化不良だったそのリベンジ&ちょっとしたお茶目なサプライズだった、という訳なのだが……。
あんなにマジにならなくてもいいのにな。
不幸中の幸いとしては、新たにキャンディ伯爵家の住人となった皇女エリーザベトがカレル兄の隣に座ってくれていた事。
「リシィ様はこの屋敷に不慣れでいらっしゃるのだから」と朝食中の会話を巧みに誘導し、カレル兄が皇女エリーザベトを案内するように上手く仕向ける事が出来た。
後は捕まる前に庭へ出てしまえば良い。そうして私はこんな風にまんまと逃亡を図っている、という訳である。
「今の所、カレル兄が追って来る気配も無いわね。よしよし」
ただし、今日の昼頃にはアヤスラニ帝国特使一行が帰国するので、その出立の見送りはせねばならないだろう。
それまでに逃げ切って、何とかカレル兄が忘れるか怒りを収めるかしてほとぼりが冷めれば……良いな。
国の数程 法があるから
外国に行けば 治外法権
禁忌でさえ 許されるのさ』
「きゃああああ!」
私は歓喜と興奮の雄叫びを上げながらコルナサインを出して盛り上がっていた。
久々のデスメタルバンド、Diableのライブの夢。
懐かしい、ライブで歌われる事は少なかったDiable結成初期の曲だ。タイトルは確か、『新自由パンデミック~悪魔のウタ~』だったっけ。彼らがブレイクしたのは『擬似民主主義~肉屋を支持する豚共~』だけど、私はこの曲も意味深で好き。
『それこそうっかり 計画した通り
世界中を 混沌に堕とすことだって
流出で大惨事 第三次のバトル
闇を生きるゾンビに 朝は来ない』
目の前のステージのメンバーは中華っぽい衣装に身を包んでいる。一番の推しであるサタナエル様は所謂『漢服』、しかも武官っぽい衣装だ。
ディアブルは中国にもファンが居たし、もしかすると私の死後、上海あたりでライブツアーがあったのかも知れない。
それにしても鼻血が出そうな程お似合いです!
『今この瞬間 俺達だけの為
新たな自由 築いていこう』
あっ、目が合った!
是非とも築いていきたいです!
と。
歌が終わった瞬間、ステージの光が収束し、サタナエル様一人に集中した。
気が付くと周囲に居たファンの気配と熱気が無くなっており、静寂が落ちる。
他のメンバーも何時の間にか姿を消しており、その場には私とサタナエル様だけになっていた。
サタナエル様――の姿をした、私を聖女として選んだ神は、ステージを降りて真っ直ぐこちらへ歩いて来る。
『選別は為された。各々が自らの意志において行く先を選んだのだ』
その言葉の意味を不思議と理解出来た。
神が選ぶのではなく、皆自分の意志で未来を選んだのだ。
夜が明けるように周囲がいきなり明るくなった。
何処かは分からないが、頭の上には太陽が輝き、雲の壁が遠く周囲をぐるりと囲んでいる。
『時代はいよいよ暴風域に突入していく。だが、如何なる激しい嵐であろうとも、その中心軸は太陽が輝き凪いでいるものだ』
その言葉で、自分が台風の目のような場所にいるのだと理解する。
サタナエル様は私の両頬を手でそっと挟み込み、目を覗き込んで来た。
こちらもまじまじとサタナエル様の瞳を見つめる。不思議な事に、黒い瞳孔の中に銀河が渦巻いていた。
綺麗……。
『雌豚よ、そこに居るのは常にお前自身であることを忘れるな。
台風が浄化をもたらすように、聖女もそのような存在なのだ』
見惚れている私の耳に、何か聞き捨てならないような言葉が飛び込んで来る。
はっと我に返る私。サタナエル様は私の頬を一撫でして離れた。
『思う通りに進むが良い。未来はお前自身が選び掴むもの――』
そう言って踵を返すサタナエル様。光に包まれて消えていくその背中に、私は慌てて手を伸ばす。
「それはどういう、ちょっと待っ……」
「ぐふっ!」
気が付くと、私は天井に伸ばした自分の腕を見つめていた。視界の端では何故かグレイが顎を押さえている。
「酷いよ、マリー」
グレイが涙目で抗議してくる。
伸ばした腕が、タイミング悪く私を起こそうとした彼の顎に掌底を食らわせた形になってしまったらしい。
ピピピピ……と鳥の鳴く声。窓から差し込む朝日が目を射して。
私は「ごめんね」と謝りながら、眩しさに腕を降ろしたのだった。
***
「ふふふ、こうして日課の時間をずらして用事を仕向けてしまえば如何なカレル兄であろうとも私を捕まえられまい」
朝食を終えた後。
私は呆れるグレイに断り、すぐさま庭に出ていた。
サリーナや馬の脚共には、昨日の新年の儀リハーサルの疲れから乗馬の時間を遅くすると伝えてあったのである。
「今日はのんびり時間をかけて乗馬をする、良いな?」
「ぶひひーん!」
前脚が承諾の嘶きを上げる。
私は満足して頷くと、軽く拍車をかけた。常歩で進み始める愛馬。
全く、朝食の間中カレル兄から飛んでくる怒りの視線といったら無かった。
夕べ早速クローゼットからハンカチを見つけたんだろうけど、以前完成前に取り上げられてしまった第一作と違い、カレル兄の頭髪がカラスになって飛んでいく漫画風味に仕上げたウケ狙いのネタ刺繍である。消化不良だったそのリベンジ&ちょっとしたお茶目なサプライズだった、という訳なのだが……。
あんなにマジにならなくてもいいのにな。
不幸中の幸いとしては、新たにキャンディ伯爵家の住人となった皇女エリーザベトがカレル兄の隣に座ってくれていた事。
「リシィ様はこの屋敷に不慣れでいらっしゃるのだから」と朝食中の会話を巧みに誘導し、カレル兄が皇女エリーザベトを案内するように上手く仕向ける事が出来た。
後は捕まる前に庭へ出てしまえば良い。そうして私はこんな風にまんまと逃亡を図っている、という訳である。
「今の所、カレル兄が追って来る気配も無いわね。よしよし」
ただし、今日の昼頃にはアヤスラニ帝国特使一行が帰国するので、その出立の見送りはせねばならないだろう。
それまでに逃げ切って、何とかカレル兄が忘れるか怒りを収めるかしてほとぼりが冷めれば……良いな。
47
お気に入りに追加
4,794
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。