貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(146)

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 カレル様も同じ状態だったようで、ぽかんと呆けた顔をしている。

 ……って!

 今、神聖アレマニア皇帝の帰還命令とルーシ帝国との縁談を如何にして上手く回避するかって話をしてたよね?
 それが何で、どうして、こうなったんだ!?

 「……ちょっと、マリー! エリーザベト皇女殿下が帰還命令を無視する事がどうしてカレル様と結婚って話になったのさ!?」

 混乱した僕は慌ててマリーを突く。カレル様も 「そうだ、一体どうしてそう言う事に?」とマリーに詰め寄った。
 彼女はええと……と言い淀んだ後、エリーザベト殿下の方に視線をやる。
 小さく頷いたエリーザベト皇女殿下は、僕達に視線を移して口を開いた。

 「私は元より、兄からアルバート第一王子殿下に取り入るようにと言われこの国へ参りました。兄のアーダムが聖女様の誘拐に失敗した後は、その釈放を働きかけよ、と。祖国の為に聖女――マリー様と仲を深めるよう命令を受けていたのです……」

 結論から言うと、ルーシ帝国皇太子との縁談が白紙化される程の理由、皇女エリーザベトに既に相手が居るという事実が必要になると言う。
 彼女の気持ちも分からない訳じゃない。スレイマンからは、ルーシ皇太子は氷の様に冷酷で恐ろしい男だと聞いているし。

 僕の言葉を拾った皇女付きの侍女ヘルミーネが「そうなんですわ、猊下」と頷いた。何と、ルーシ皇太子には既に正妃が居るのだそう。それを意味しているのは、側室としての――皇女としては屈辱的な縁談だという事。

 「でも、どの道アレマニアに疱瘡が広がればそれどころじゃなくなるのよね。偽教皇は刻印の効果を舐め腐ってるわ。
 さっき二人が言った通りになれば、ルーシ帝国は疫病で弱体化した神聖アレマニア帝国に攻めて来るでしょう」

 疱瘡の病人だらけの東側諸侯の領土を奪うのは簡単でしょうね。

 「でもその時にはルーシ帝国兵士達にも疱瘡が蔓延している可能性が高い」

 その目の鼻の先に、神の刻印でほぼ無傷の寛容派西側諸侯の領地。そして、『神の刻印を受けた者は病に罹らない』という話をルーシ帝国兵達が聞いたら。

 「救い求めて死にもの狂いでアレマニア西側諸侯は愚か、神の刻印をもたらした聖女がいるトラス王国にまで攻め入って来ようとするに違いありませんわね――聖女を引きずりだそうと家族や姻族、ダージリン領の官僚、キーマン商会、貴族、聖職者への離間工作・脅しは勿論、リシィ様を人質にする事すら辞さないでしょう」

 最悪の未来予想図。僕は知らず、拳を握りしめた。
 ルーシ程の大帝国ならば、それぐらいやってのけるだろう。生命がかかっているなら尚更だ。

 普段あまり表情を動かさない前脚ヨハン後ろ脚シュテファン、カール、サリーナ、ナーテも険しい表情をしている。

 「ま、最悪の場合よ」とマリーはそんな皆を宥めるように肩を竦めた。

 「以上のことから、リシィ様は身の安全の為にもアレマニアに戻らない方が良いと思うわ。ただ、手紙を受け取っていない事にして戻らないとやっても、いずれ身分ある使者がくれば無視出来なくなる。
 その時ルーシ帝国皇太子との縁談が無理になるような、アレマニア皇帝が納得する理由が必要なのよ」

 他に居る皇帝が納得する相手候補は、王子殿下達を始めとする王族、そして聖女の身内ぐらいだと言うマリー。
 アルバート殿下はメテオーラ嬢との婚約が決まっているし、ジェレミー殿下は性格と立場上その役割をこなせそうにない。
 それでカレル様だったのか、と僕は納得した。「決定権が無い」「本人の同意」「両親の理解と許し」という言葉の意味も。

 「決めるのはカレル兄であるべきでしょう?」

 とはマリーの言。
 彼女の言う通り、一貴族に過ぎないアールの場合と違い、大国の皇女殿下だ。身分の重みがどだい違う。気軽に婚約者としてどうか、と薦めて良い相手じゃないのは確かだ。
 一瞬だけ、皇女エリーザベトの表情が失望したように僕には見えた。
 もしかすると、マリーがカレル様に口添えしてくれることをどこかで期待していたのかも知れない。だけど、それはやんわりと断られてしまった。
 恥じているのか俯く皇女。「私が想っているのはカレル様お一人だけなのです……」と喉から絞り出すような声。

 「殿下。貴女様のお気持ちは嬉しいのですが……こんな風に状況に強制されて婚姻するべきではない、と私は思っています」

 「……そう、ですわね」

 しばし考える素振りをした後、カレル様はきっぱりとそう言った。皇女エリーザベトははっとカレル様を見上げて泣きそうに顔を歪めた。
 そんな、と非難の声を上げる侍女ヘルミーネに鋭い視線を向けるカレル様。

 「侍女殿。それで皇女殿下が幸せになれると本気で思われているのでしょうか?」

 「それは……」

 「やめて、ヘルミーネ」

 とうとう堪え切れなくなったのか、皇女は顔を覆って体を震わせ始めた。
 自分の浅ましい醜い想いがカレル様を困らせてしまった、と嘆いている。
 それを見たカレル様はやるせなさそうに深く溜息を吐いた。

 「……皇女殿下は、私の外面しかご存知ありません。人は私を『麗しの月光の君』などと褒め讃えてくれていますが、仮に私が醜くなったり体が不自由になったとしても貴女は変わらず私と婚姻したいと言うのでしょうか?」

 「……どういうことなんですの?」

 「将来その可能性がある、ということです」

 カレル様の言葉を正確に理解出来た僕の眉間に僅かに力が入った。
 以前、拳銃の練習を一緒にしている折――カレル様ご自身から聞かされていた。キャンディ伯爵家における彼の『役割』についてだ。
 表向きは次男として気ままに生きているように見えるけど、カレル様は実は危険な仕事を担っている。
 隠密騎士が足を踏み入れられない場所もある。そんな時はカレル様単身で乗り込むこともあるのだと。
 今は五体満足だが、将来もそうだとは限らない。何より、サイモン様は若い頃にそれで兄弟を亡くされている。

 それを考えればカレル様はおいそれと国を出る訳にはいかないのだ。
 国を出て仕事を辞めるとなれば、少なくともそれを引き継げる人物を用意してからになるだろう。
 今の所その候補は三男のイサーク様や親戚の貴族令息になるだろうが、引き継げるまでに学びや訓練が何年か必要になる。

 「カレル兄! それって将来の頭皮が薄くなってそこが光り輝く月光の君になってもって事!?」

 カレル様の立場の特殊性について思いを馳せる僕の耳に、マリーがとんでもない事を言うのが聞こえてきた。
 カレル様の言葉のどこをどう解釈したらそうなるんだよ、マリー!
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