上 下
580 / 671
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(145)

しおりを挟む
 だが、偽教皇アブラーモが本当にそう考えてこの縁談を推し進めているとすれば、きっと上手くいかないだろう。

 そもそも東方教会は聖女を認めるかどうかにおいて立場を表明してはいない。また、皇女エリーザベトが自国の皇太子に嫁いだからという理由で偽教皇を東方教会が認めるとは僕には到底思えなかった。
 僕が総主教なら、偽教皇アブラーモを西方教会の力を削る為に利用するだけ利用する。

 偽教皇アブラーモの事はさておき、神聖アレマニア皇帝が皇女エリーザベトをルーシ帝国に嫁がせる事で得られる利点は何だろうか。

 その時、考え込む僕の耳に「ルーシ帝国の皇太子とのお話はまだ本決まりではないようですわ」とマリーの声が飛び込んで来た。

 「ほ、本当ですか?」

 少し嬉しそうに上ずった声で皇女エリーザベト。

 「ええ。リシィ様のお父様はルーシ帝国が国内の混乱に乗じて攻め込んで来る事を危惧していらっしゃるようなんですの。
 皇帝選挙が終わるまで婚姻の話をちらつかせ、ルーシ帝国の皇太子をリシィ様を口実に皇宮へお招きする等の時間稼ぎをする。
 西側、つまり寛容派諸侯に対しては兵糧や武器を東側諸侯に供給することを命じ、守りを固める。同時に私のお友達となったリシィ様に寛容派貴族達を懐柔させる事も期待……という訳なのですわ。
 教皇僭称で崩れた均衡を元に戻そうと苦心されているみたいですわね」

 皇帝の心を覗いたのだろう、滔々と語るマリー。
 成程、寛容派・不寛容派貴族で二分された権力を纏め直して安定化させ、またルーシ帝国の脅威を減らす為の時間稼ぎが狙いだったのか。
 もしかしなくても、神聖アレマニア皇帝は偽教皇アブラーモを持て余しているのかも知れない。
 他にも皇帝選挙を控えているというのも理由の一つだろうと思う。

 エリーザベト皇女の後ろでは難しい顔で腕を組むカレル様。きっと僕も似たような表情をしているに違いない。

 しかし、こうしたルーシ帝国への工作はあまり良い手とは言えない、と小首を傾げるマリー。だろうね、と僕は頷いた。

 「疱瘡の病がアレマニア帝国に広まれば、刻印をしていない地域は悲惨な事になるでしょう。そこにもし、ルーシの皇太子が居たとして、病に倒れたら……」

 言葉を濁す僕。カレル様も同じような想像をしたようで、続けるように口を開く。

 「神聖アレマニア帝国に殿下がお戻りになれば、要らぬ争いに巻き込まれる事になるだろうな」

 「そうね、私も同意見よ。お考えの通り、手紙を受け取らなかった事にしてしまうのが無難かと思いますわ」

 マリーの言葉に口を手で覆い、「全てを見通していらっしゃるのですね」と打ち震える皇女エリーザベト。
 聖女の能力を知った時は僕も驚いたからなぁ、と懐かしく思っていると。

 「聖女様! 恐れながら、発言を宜しいでしょうか!」

 皇女の侍女が強張った表情で挙手。どうぞとマリーが促すと、「リシィ様の願いをどうか、叶えては頂けませんか?」と言って深く頭を下げた。

 「ヘルミーネ、止めて!」

 狼狽を見せて侍女の名を呼んで制止しようとする皇女。マリーは困ったように曖昧な笑みを浮かべた。

 「……その事に関して、私には決定権はありません」

 本人の同意と両親の理解と許しが必要だと続けるマリー。
 決定権? 本人? 両親はサイモン様とティヴィーナ様を指しているんだろうけど、一体何の事だろう?
 マリーは「それで、どうなさいます?」と皇女に促す。

 「私から申し上げましょうか、それとも――」

 意味が分からず成り行きを見守っていると、暫し何かを考えるように顔を俯けていた皇女は決意を思わせる眼差しで顔を上げた。

 「……いいえ、マリー様の仰る通りです」

 自分自身で伝えるべきだった、とエリーザベト皇女はカレル様の方を向いた。

 「カレル様、私は貴方様を心よりお慕い申し上げております。貴方様が共に居て下さるなら、全てを捨てても構わない程に。どうか、どうか……私を、妻にして頂けませんか?」

 ……は?

 唐突な婚姻の申し込み。僕の頭は真っ白になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。