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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(140)

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 すっかり裏を掻かれた形となってしまったが、どう考えてもおかしな事ばかりだった、と宰相は思う。

 「偶然にしては出来過ぎていますねぇ、閣下」

 「それはどういう意味かね、ベッファ・コロンボ卿?」

 宰相ファブリチオの視線の先には無精髭を生やした垂れ目の中年男。
 肩程までの黒髪をしたその貴族は、人差し指を天井に向けてくるくると回した。

 「べリザリオ枢機卿がかの地を担保にした後で、偶然金鉱山が見つかった事が、ですよ」

 「……続けるがいい」

 王太子ルイージに言われるまでもなく、宰相ファブリチオは常日頃よりシルヴィオ王子の動向を事細かに探らせていた。
 ベッファ・コロンボ卿――コロンボ子爵は時折鋭い意見を言う事があり、宰相は一目置いていた。

 「金鉱山があるという情報は誰かが持っており、それをシルヴィオ殿下に知らせた。もしシルヴィオ殿下が金鉱山を探し当てて隠匿していたとすれば、その地へ人をやって警戒させるのが自然というもの。閣下の子飼いの密偵は何れも精鋭揃い、なのに何の報告も無かった」

 状況を整理するように列挙していくコロンボ子爵にファブリチオは頷く。
 子爵の言う通り、奇妙な事に彼らは全員が全員金鉱山近辺には何の動きも無かったと悔しそうな顔で口を揃えていたのだ。

 「つまり、シルヴィオ殿下は金鉱山の情報をご存知では無かった。では、いつ知ったのか。少なくともべリザリオ枢機卿が王宮でかの地を担保に、と奏上された時には知っていたと思われます」

 べリザリオ枢機卿がかの地を担保にした後で件の金鉱山一帯で捜索の動きがあったのは報告が上がった。
 これが偶然の筈がない。

 「しかし、それでは順序が逆ではないか」

 ファブリチオがそう言うと、王太子派貴族の一人が考え込んだ。

 「も、もしかすると……シルヴィオ殿下に金鉱山の事を知らせたのは、神の啓示を受けた聖女様ではないでしょうか」

 やや口籠りながら出て来た意見。次の瞬間、室内のあちこちで失笑が漏れた。

 「はっ、馬鹿な」

 「聖女様とてその身は人に過ぎぬ。鳥獣ならば如何様にでも手懐けられようが、全てを見通すような神の如き力がこの世に本当にあるとでも言われるのか?」

 「いやはや、ビアッジョ卿は随分信仰心篤き事にございますな。我らと違い、神の刻印も進んで受けられたそうで。幼子の如き純粋で清いお心は尊いものですぞ!」

 嘲笑を受けたビアッジョ卿と呼ばれた貴族は、怒りと羞恥で顔を真っ赤にしている。

 「そなた達。王太子殿下の御前で醜態を晒すべきではない、静まれ」

 「宰相閣下の仰る通りかと。可能性があるならば、それがたとえ常識では計り知れない事でも考慮すべきである――そうでございますね、殿下?」

 「二人の言う通りだ。皆、ビアッジョ卿に謝るのだ。私は配下達の仲違いを喜ばぬ」

 「「「も、申し訳ありません」」」

 宰相と王太子の言葉に貴族達は嘲笑を止めて謝罪する。ビアッジョ卿は感激した様子で王太子に改めて忠誠を誓った。

 「先程の話の続きを。宰相閣下、金鉱山一帯が担保にされた後、他に情報が入ってきましたか?」

 ファブリチオは持ち帰られた報告内容の数々を思い出す。

 「イルカの大群を率いる海妖セイレーンを見ただの、そこに北の海に居る筈の恐ろしい白鯨も居ただのと、酔っぱらった船乗りの下らない与太話としか思えない内容もあったが――注目すべきはシルヴィオ王子が訓練と称して慌ただしく軍艦を動かした後、キーマン商会の商船団がコスタポリにやってきたという情報であろうな。鮮やかな赤毛の若い貴族の男が居たとの報告を受けておる」

 「鮮やかな赤毛――恐らく聖女の夫であるグレイ・ダージリン伯爵でしょう。であれば、聖女様もその場にいらっしゃった可能性は高い。きっとそこでシルヴィオ殿下が資金難を訴えられ、金鉱山に関わる取引がなされた、と」

 金鉱山の情報を持っていたのは聖女様側で、それをシルヴィオ殿下に知らせたのならば時間的状況的に辻褄は合う、とコロンボ子爵。

 かの地を急ぎ担保にした後でゆっくり場所の特定をしているあたり、恐らく知らされたのは金脈があるという事実とその大まかな場所、とファブリチオは推測する。
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