貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(134)

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 正に寝耳に水とはこのことだろう。
 あまりの事に衝撃を受けているのかマリーが小刻みに震えている。
 通訳と思われるアヤスラニ帝国の一人が耳打ちをすると、皇帝イブラヒームは小さく頷いた。
 まるで劇を鑑賞するような眼差しになり菓子に手を伸ばしているところから、黙って成り行きを見守る事に決めたのだろう。
 マリーはそんな彼らを一瞥した後、僕達の席から離れた座椅子に座って目を閉じた。

 随分と長い事、彼女はそうしていたように思う。
 固唾を呑んで見守る僕達。
 やがてマリーは、伝えるべき所には伝えて然るべき指示を出したと瞼を開けた。

 「具体的に説明しなさい」

 サイモン様が厳かに命じると、マリーは頷いてこちら側へ戻って来る。
 心配そうな顔をしたティヴィーナ様がマリーを手招いて隣に座らせた。マリーは安心させるように笑顔で一つ頷いてから話し出す。

 「そうね、先ず教皇僭称は本当だったわ。刻印を受けたエトムント枢機卿や寛容派貴族達に言いがかりをつけて皇宮から退場させた隙に宣言した形ね」

 言いがかりとは、刻印こそが疱瘡の原因ではないかというものだったそうだ。
 もしかすると、サイア達の件――エスパーニャから何らかの情報が言ったのかも知れない。

 「で、アブラーモやデブランツに取り入っている司祭フォウツ。この男はとんでもない食わせ者だわ。不寛容派の資金集め、そして私への不信を煽る為、野心や功名心――そんな動機から毒性の違う薬を作り、疱瘡に効く薬として東方小国群に売り込む計画なんですって。神の刻印は迷信による呪術だと信じているみたい」

 ……まあ、気持ちは分からない訳じゃない。
 僕だって最初はそれに近い印象を抱いたんだし。
 ただ、毒薬を薬と偽るのはどうなんだろうか?

 「待てよ、マリー。名医で知られているフォウツ司祭が何でわざわざ毒薬を作るんだ?」

 カレル様が声を上げ、僕が抱いたのと同じ疑問を呈する。
 ああそれはね、と肩を竦めるマリー。

 「疱瘡に効く薬を作れない事は本人が一番よく知っていて、それを誤魔化す為よ。薬を使うのは疱瘡に罹った時。
毒性や薬効が一定ではない場合、疱瘡に効くか効かないか検証が困難になる。死人に口無しっていうやつね。生き残った者達には、薬が効いたのだ、と言えば信じるでしょうし」

 万一毒薬だとバレて訴えられても、寛容派が毒を混入させたという事にしたりやりようはあるわ、と人形めいた冷たい笑みを湛えている。

 これは、怒っているな。
 侍女サリーナに目配せして温かいお茶を彼女に給仕して貰う。
 ティーカップを手にしたマリーはお茶の香りを嗅ぐ仕草をした後、眼差しを少し緩めた。

 「まあでも、『名医』という肩書を引っ提げたフォウツ司祭のお作りになった有難いお薬、という事で疑われすらしないかも知れないけれど。『権威効果』って怖いわぁ~」

 一口お茶を飲んで肩を竦めるマリー。

 『権威効果』か……。

 「成程、何となくだけど分かるよ。人は肩書に弱いからね」

 「ふむ……要は、無名の医師よりも名医の言葉が正しいと思われるってことだろう? たとえ、無名の医師の方が正しかったとしてもな」

 「そういうことよ、グレイ、お爺様」

 サイモン様は思うところがあったらしく、「気を付けねばな」と呟いている。トーマス様、カレル様はそれに頷いていた。
 僕はぶるりと震える。

 「東方小国群はいずれ大変な事になるよね……」

 「そうね。でも、その前に不寛容派が自滅すると思うわ」

 だから出来るだけ多くの民を助ける為に然るべき指示を出したのよ、とマリーは微笑んだ。
 既にサングマ教皇猊下に司祭フォウツの企みを話し、東方小国群の枢機卿達を秘密裏に遣わせるのだ、と。

 それなら……大丈夫かな?

 東方小国群と取引をしている品々の事を思い浮かべながら、僕も念の為伝手で伝えられる限り手紙を出そうと決意していると。
 マリーが何かを思いついたかのように、不意に皇帝イブラヒームの方へ向き直った。

 「イブラヒーム陛下、神聖アレマニア帝国とアヤスラニ帝国との間に東方小国群がありますわよね」

 アヤスラニ帝国の、東方小国群へ対する影響力を訊ねている。
 ざっと東半分かな、と該当する国々の名前を思い起こした。
 マリーが何を考えているのかは分かるけど、それって対価を要求されると思うんだけど――お誂え向きに蒸気機関車を見せてしまった訳だし。

 案の定、神の刻印を広める協力を願ったマリーに、皇帝は言外に見返りを要求していた。
 どうするんだろうって思っていたら、マリーはトラス王国の後にはなるけれど融通しても構わないと口にした。
 慌てて腰を上げたサイモン様が「そう勝手なことを……!」と口を挟む。

 しかし僕達に聞こえない言葉で何かを伝えたようで。マリーとしばし見つめ合った後、サイモン様は苦虫を噛み潰したような顔で渋々とソファーに座った。

 マリーは皇帝イブラヒームに向き直ると、東方小国群の人心を掌握して欲しいと要請する。
 将来的に、トラス王国とアヤスラニ帝国を蒸気間で繋ぐならば、神聖アレマニア帝国と東方小国群を通るからだと。

 僕は思わずあっと声を上げそうになった。確かに蒸気機関車がそんな風に通れば、その恩恵と利益は如何ばかりだろう!

 「そのついでと言っては何ですけれど……刻印も広めて頂けると嬉しいですわ」

 「『分かった、聖女よ。それぐらい安いものだ。そなたの願いを叶えよう』」

 そんなやり取り。僕はある事に気付いて背筋が凍り付く。

 アヤスラニ帝国皇帝イブラヒーム、トラス王国及び神聖アレマニア帝国の寛容派貴族達を束ねるマリー。
 その両者が、まるでテーブルの上にあるパイを切り分けるように。
 既に決まった事であるかの如く、神聖アレマニア帝国及び東方小国群を通る蒸気機関車についての取引をしている。
 つまり、疱瘡の病禍が終わった後の事を話しているんだ。
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