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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

M・I・Bみたいなお仕事。

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 「お前……俺のあだ名を聞く度に何か下らない事を考えている顔をしていると思っていたが。やっぱりまだそんな風に思っていたんだな、ん?」

 ゴゴゴゴゴ……と炎の幻影を背後に浮かべ、迫力のある笑顔を向けられる。
 ヤバイ、目が笑っていない。
 人前なのに素が出かかっているということは、相当怒ってるな!

 「ご、ごめんってばカレル兄! あのハンカチはちょっとした冗談のつもりだったの!」

 「……どのハンカチだ」

 「ほら、カレル兄のクローゼットにこっそり入れといた、あっ……」

 私は自分自身の失言を悟って青褪めた。カレル兄は何かに気付いたらしい。

 「ほほう、どうやら我が妹は俺に以前送り損ねたハンカチをこっそり用意してくれていたのか。帰った後、『あのハンカチ』とやらをじっくり探させて貰うな? 宝探しなんて実に久しぶりで楽しみだ……ワクワクするよ」

 その様子は正に怒り狂って魔王化した父サイモンを彷彿とさせている。
 終わった……ちーんと魂を飛ばしかける私。グレイが呆れた視線を向ける。
 一方、皇女エリーザベトは手を胸の前に組んで思いつめたような眼差しをカレル兄に向けていた。

 「あの、カレル様……私はたとえ、カレル様の頭髪がお寂しく光輝くようになったとしてもこの想いは変わりませんわ!」

 ――言い方ァ!

 明らかに火に油を注いでいるような発言に、カレル兄はヤケクソな感じで叫んだ。

 「皇女殿下もマリーの言う戯言を本気になさらないで下さい!!」

 ――10分後。
 混乱が漸く収まった場でカレル兄は咳払いをした。

 「コホン、そう言う事は抜きにしてですね。皇女殿下のこの苦境には、私も大いに同情致しております。私に出来ることであれば、お助けしたいと思っているのです」

 「カレル様……ありがとう存じます」

 「僕も出来る事があればご協力しますよ」

 うーん。となれば、手段はある程度限られるな。
 いずれにせよ――

 「帰って父にも相談した方が良さそうね。その前に……取り敢えず件の使者を合法的な手段で確保しないと」

 そう言って馬の脚共を見ると、シュテファンが「少々お待ちを」と頭を下げて出て行った。直ぐにアルトガルを伴って戻って来る。

 「話はシュテファンより聞きましたぞ。侍女殿。その使者の名前、身分、特徴などはお分かりか?」

 「は、はい」

 ヘルミーネが答えると、アルトガルは頷いた。

 「ほう、その男ならば知っておりますな。滞在先は?」

 滞在先を告げられたアルトガルは「奴に接触するのは我らの方が向いているであろうな」とヨハンを見た。

 「ならば任せる。この店に理由を付けて連れ込んで落とすのが良いだろう。必要なものがあれば、ジルベリクに言えば色々と準備を整えてくれる」

 ヨハンが小さな紙に何かをサラサラと書き付ける。それを受け取ったアルトガルは腰に下げたポーチに仕舞い込んだ。

 「では我輩は急ぎ戻るとしよう」

 立ち去ろうとするアルトガル。侍女ヘルミーネが何かを思い出したようにあっと声を上げた。

 「あ、あの。使者が持ってきた手紙をお持ちしているのですが、処分した方が宜しいですわよね?」

 ヘルミーネが差し出した開封されている手紙。
 アルトガルは「ふむ……」と少し考える素振りをした後、「こちらへ預かっても?」と手を差し出した。

 「は、はい……」

 「皇女殿下、侍女殿。後日ご協力願う事があるやも知れませぬ。その時はご連絡致しますので宜しくお願い申し上げます」

 「わ、分かりましたわ」

 「では御前を失礼」

 ヘルミーネから受け取った手紙を仕舞い込むと、アルトガルは一礼して今度こそ出て行った。

 精神感応でどうするつもりなのかと探ってみたが、成程。
 何のかんのと使者に接触。奢ります等ともてなす振りをして隠密騎士の傘下にある酒場に連れ込み、幻覚作用のある薬を使って手紙がまだ皇女エリーザベトに渡していなかった、というオチにするつもりだな。
 アルトガルの中で大体の心算はあるようだ。

 封が開けられている事に関しては、「ごめーん、金目のものが入ってると思って開けちゃったテヘペロ」と酌婦役にでも言わせれば良い。
 更に男が目覚めるのは王都の牢。そこで「貴方覚えていないんですか? 暴れましたよね」と暫く留置する、と。
 その留置期間が限界に達したところで面会に行った態の侍女ヘルミーネが、皇女殿下は既に良い人がいらっしゃるからこんな手紙貰っても困る等と伝え、皇女の手紙を渡してアレマニアに帰す。

 と、そんな宇宙人目撃者の記憶操作をする某グラさん黒服特殊工作員みたいな事をするつもりのようだが――まあ、その頃に疱瘡の流行がどうなっているかは分からんがな。
 まあ、何とかなるだろう。

 その後、そのまま皇女エリーザベトを我が家へ招待する事になった。
 アルトガル達の為に時間を稼ぐのと――父サイモンに報告相談する為である。


***


 「……という訳なんだけど。手段は限られてくるけど父はどう思う?」

 帰るなりかくかくしかじか委細を話して相談すると、父は「今度はカレルか……」と溜息を吐いた後、カレル兄をじろりと見た。

 「そうだな……本当に婚約や結婚するのに障りがあるならば、偽装とするのはどうだ?」

 「偽装?」

 「ああ。噂を流してそれっぽい状況に見せかける程度だが。決定的な事を口にさえしなければ後で幾らでも誤魔化しようはあるだろう」

 その場合理由を付けてエリーザベト殿下には我が家に滞在して頂く事になる、と父は言った。
 カレル兄もそれならと承諾する。

 「殿下もそれで宜しいでしょうか?」

 「ありがとうございます、サイモン卿。ご迷惑をお掛け致します。暫くの間こちらにお世話になりますわ」

 「殿下は妻のティヴィーナにトラス王国の文化や作法について学ばれている、という事に致しましょう」

 花嫁修業にでも見えるように、と言う。
 エリーザベトの我が家滞在、そしてカレル兄と恋人同士である演技、その上に噂を流せば周囲が勝手に勘違いしてくれるだろう。
 偽装であることが外にバレると危険なので、この事はこの場に居る面々――父サイモン、カレル兄、私とグレイ、エリーザベト本人だけの秘密とする事が決まった。

 その晩、ベッドに横になった時――そう言えば、カレル兄に女王リュサイについてどう思っているかまだ訊いていなかったな、とはたと気付く。

 ……あ、もしかしたら。その事を聞けばあのハンカチの事を忘れてくれるかも知れないという期待が。

 明日はカレル兄と接触するタイミングを慎重に図ることとしよう。
 そんな希望を見出した私は、ゆっくり瞼を閉じて睡魔に身を任せたのだった。
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