貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

ルーシ帝国の脅威。

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 カレル兄の目が落っこちそうな程見開かれた。
 突然の告白に、相当面食らっているらしい。

 ――ツンツン。

 不意に私の腕が突かれた。

 「……ちょっと、マリー! エリーザベト皇女殿下が帰還命令を無視する事がどうしてカレル様と結婚って話になったのさ!?」

 「そうだ、一体どうしてそう言う事に?」

 グレイと我に返ったカレル兄に説明しろと詰め寄られ、私は気まずさを感じて目を泳がせる。私の口から言って良いのかな?

 「ええと……」

 皇女エリーザベトと視線が合う。彼女は小さく頷いた後口を開いた。

 「――カレル様。私は元より、兄からアルバート第一王子殿下に取り入るようにと言われこの国へ参りました。兄のアーダムが聖女様の誘拐に失敗した後は、その釈放を働きかけよ、と。祖国の為に聖女――マリー様と仲を深めるよう命令を受けていたのです。
 しかし先刻馬車の中でお話した通り、教皇僭称事件で政情が変わり。先程マリー様からお聞きしたように、父皇帝はルーシ帝国の脅威を減らすべく私をアレマニアに戻らせ、ルーシの皇太子殿下に娶せようと」

 「ルーシ帝国の皇太子……スレイマンから聞いたことがあるけど、恐ろしい人物だって噂だね」

 「そうなんですわ、猊下。既に正妃もおられると……」

 グレイと侍女ヘルミーネの会話が耳を打つ。皇女エリーザベトは目を閉じて自身を掻き抱く仕草をした。
 無理もない、そんな男を篭絡しろと言われているのだ。私が彼女の立場なら悩むことなく即刻他国に亡命するだろう。

 「でも、どの道アレマニアに疱瘡が広がればそれどころじゃなくなるのよね――」

 先程考えた自分なりの見解を話す。
 最悪の場合、ルーシ帝国は疱瘡禍で弱体化した神聖アレマニア帝国に攻め入る。それこそ同盟関係があったとしても、皇太子が神聖アレマニアに滞在していたとしても、だ。不寛容派貴族の領地全て――アレマニア帝国のほぼ半分がルーシ帝国に取られたとして。疱瘡の被害が今度はルーシ帝国にも拡大していくことになる。そうなればルーシ帝国はどうするか?
 目の前には疱瘡罹患者のほとんどいない、ほぼノーダメージの寛容派諸侯の領地があれば?

 答えは、種痘――神の刻印を求めて寛容派貴族の領地へ攻め入り、トラス王国方面へ軍を差し向けて来る。
 疱瘡患者から成るゾンビのような軍隊や行き場を失った人々で、「刻印を、聖女を寄越せ!」と、こう来る可能性大だ。追い詰められた連中は、如何なる手段も辞さない。勿論スパイや工作員なんかも大量に送り込んで来るに決まってる。聖女の友達となった皇女エリーザベトを人質にすらするだろう。
 それは私としても避けたい。

 「以上のことから、リシィ様は身の安全の為にもアレマニアに戻らない方が良いと思うわ。ただ、手紙を受け取っていない事にして戻らないとやっても、いずれ身分ある使者がくれば無視出来なくなる。その時ルーシ帝国皇太子との縁談が無理になるような、アレマニア皇帝が納得する理由が必要なのよ。
 第一王子のアルバート殿下と婚約をした、とか。でも、アルバート殿下は既にメティとの婚約の話が進んでる。
 他に納得出来る相手は――カレル兄、イサーク、第二王子ジェレミー殿下位かしら。聖女の身内、それかトラス王族ね」

 皇帝も流石に自分が近付けと命令した以上、既成事実があったとしても文句は言えまい。
 グレイが「それでか、」と納得したように頷いた。

 「だからマリーはさっき自分に決定権は無いって言ったんだね」

 「そうよ、決めるのはカレル兄であるべきでしょう? ましてリシィ様は神聖アレマニア帝国の皇女殿下だもの。アールお義兄様の時のように、婚約者としてどうかしら? なんて薦めるのも、ねぇ……」

 大国の皇女ともなれば身分差は勿論、様々なしがらみがある。
 もし彼女が皇女ではなく一貴族だったら話はまた違ったんだけど。
 皇女エリーザベトは耳まで赤く染めて俯いている。

 「私が想っているのはカレル様お一人だけなのです……」

 喉の奥から絞り出されたような小さな声には、切実さが籠っていた。
 カレル兄はどう答えたものか考えているのだろう。困ったように眉を下げたまましばらく黙っていたが、やがて皇女エリーザベトに向き直る。

 「殿下。貴女様のお気持ちは嬉しいのですが……こんな風に状況に強制されて婚姻するべきではない、と私は思っています」

 まあ、カレル兄ならそう答えるよなぁ。
 貴族的に考えるならば、皇女と婚姻して神聖アレマニア帝国乗っ取ってやんぜ! となっても不思議じゃないのに。
 カレル兄の言葉を聞いたエリーザベトの顔が歪んだ。泣き出しそうになるのを堪えるように唇を噛んでいる。

 「……そう、ですわね」

 「そんな、カレル卿!」

 色をなして非難を込めた声を上げる侍女ヘルミーネ。
 カレル兄は今度はそちらを見た。

 「侍女殿。それで皇女殿下が幸せになれると本気で思われているのでしょうか?」

 「それは……」

 言いよどむヘルミーネに、エリーザベトが堪え切れなくなったのか、両手で顔を覆った。

 「やめて、ヘルミーネ。私の所為よ。私の浅ましい醜い想いがカレル様を困らせてしまったの」

 一生懸命堪えているのか、声を震わせている。
 カレル兄は溜息を吐いた。

 「……皇女殿下は、私の外面しかご存知ありません。人は私を『麗しの月光の君』などと褒め讃えてくれていますが、仮に私が醜くなったり体が不自由になったとしても貴女は変わらず私と婚姻したいと言うのでしょうか?」

 「……どういうことなんですの?」

 「将来その可能性がある、ということです」

 あっ……もしかして。

 ある重大な事に私は気付いて愕然とする。
 どうしよう、サプライズのつもりでカレル兄のクローゼットにこっそり忍び込ませたあの刺繍ハンカチを見付けたに違いないわ! 冗談のつもりがまさかそこまでカレル兄を追い詰めていたなんて!

 「カレル兄! それって将来の頭皮が薄くなってそこが光り輝く月光の君になってもって事!? そこまで気にしてたのカレルに――痛たたっ!」

 全てを言い終わらない内に額に青筋立てたカレル兄が無言で私の頬を思い切り抓り上げた。
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