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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

告白。

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 一度吐いた言葉を引っ込める等、皇帝の器量どころか信頼を無くす行為である。皇帝という地位は決して軽くはない。

 「お言葉ですが、アーダム殿下。寛容派貴族共は領地へ引き籠り、兵を集めているという噂も流れているのですぞ。となれば、我らも守りを固めねばなりません。こちらの軍備を揃える為の金が必要になります。彼らが何時皇室へ弓を引くか分かったものではありませぬ故」

 皇帝ルードルフはじっとその貴族を見つめる。
 寛容派貴族と領地を接している伯爵――噂を理由に自らの軍事力を高めようとしているのだろうが、こ奴が皇室へ弓引く可能性も0ではない。
 軍備を増やすとしても、皇帝直属軍でなければ。

 「その件に関しては武勇に優れたアーダムに任せるのが相応しいであろう。後、聖女からの賠償は覆さぬ。確かに商船の建造費は莫大なものであったが、支払ったからとてこの神聖帝国は揺らぐものではない。一商会への関税撤廃も然り。それに、銀行は商業活性化を見込めるという利のある事でもある」

 その上、取り仕切るのはかの豪商ヴァッガー家だと言うと、貴族達の勢いが目に見えて落ちた。
 大なり小なりヴァッガー家に金を借りたり商売上の取引がある。好き好んでヴァッガー家を敵に回したくはないのだ。

 「それよりもルーシ――そなた達の領地に面しているかの帝国が気になっている。国内で戦が起こればそれに乗じて攻め込んで来るであろう」

 国内の不和は出来る限り減らしたい。ならば、気を逸らせる対象が必要だ。
 実際これまでの歴史を考えれば――東北に国境を接するルーシ帝国は、アレマニアの内乱を好機をとみて火事場泥棒とばかりに軍を動かし攻めて来るに違いなかった。
 アレマニアの東部に領地を持つ不寛容派貴族達は、その事を誰よりも理解している筈である。

 「なればルーシ帝国の脅威を理由として西部諸侯に兵糧を融通するように命じられては」

 兵糧が無ければ兵を集めても意味がない、としたり顔で一人が言えば、もう一人が「皇女殿下とルーシ帝国皇太子との縁談は如何でしょう?」と口にした。

 「勿論本当に嫁いで頂くのではなく。同盟交渉と共に婚姻をちらつかせるのです。かの国は凍らぬ港を欲しがっておりますれば、それも餌に出来ますな。
 ルーシの皇太子を理由を付けて我が国にお招きし、エリーザベト殿下に接待をお願いする。交渉を引き延ばしている間はルーシが攻め込んで来る事は回避できますぞ。
 仮にお互い馬が合い本当に結ばれる事になっても、皇帝選挙の後ならば大きな問題はありますまい。
 既にエスパーニャの王子殿下との縁談は解消されておりますし、聖女も偽物というのがハッキリしたのです。これ以上エリーザベト殿下をトラス王国に置かれる意味はあるのでしょうや?」

 「ふむ……」

 皇帝は考えを巡らせた。皇女エリーザベトには、聖女と仲を深めるように命じていたが――良好な関係になれたと報告を受けている。
 聖女に対し、一定の影響力を得ているのであれば一度呼び戻しても良いかも知れない。寛容派貴族達に対する懐柔役としても適任だろう。

 「一理あるな。皇女エリーザベトを呼び戻すこととしよう」

 そうして、万が一の事があっても大局に影響しない下位貴族が使者に選ばれたのだった。


***


 私は目を開けると、「神の啓示がありましたの。リシィ様のご相談なさりたい事、私は把握致しました」と伝えた。
 帰還命令の手紙、そしてルーシ帝国皇太子との縁談の話を語る。
 皇女エリーザベトは、「な、何故お分かりに……?」と口に手を当てて驚いていた。その傍で目を見開いている皇女の侍女。

 「太陽神の御心のままに……リシィ様、手紙の内容がどうあれ、ルーシ帝国の皇太子とのお話はまだ本決まりではないようですわ。先にエリーザベト様を帰国させてから話を持って行こうとしているものと」

 「ほ、本当ですか?」

 期待するような表情で身を乗り出す皇女エリーザベト。私はええと頷いた。
 神聖アレマニア皇帝ルードルフの考えを述べて行く。

 「……という訳なのですわ。教皇僭称で崩れた均衡を元に戻そうと苦心されているみたいですわね」

 少なくとも、履行されていない賠償を一方的に反故にしようとしているのではない事が分かって安堵した。

 「しかし、ルーシ帝国へアレマニア皇帝や不寛容派貴族達がしようとしている工作はあまり良い手とは言えませんわね」

 内乱が起こらずとも、種痘をしていない不寛容派達は遠からず戦闘不能に陥り地獄絵図が出来上がるからだ。
 エリーザベトが戻ればその混乱に巻き込まれるだろう。ルーシ皇太子も疱瘡で死ねば、アレマニアはその責任の所在を問われ、格好の開戦理由を与えてしまう。
 結論として。

 「お考えの通り、手紙を受け取らなかった事にしてしまうのが無難かと思いますわ」

 「本当に……全てを見通していらっしゃるのですね」

 感動した様子のエリーザベト。そこへ、「聖女様! 恐れながら、発言を宜しいでしょうか!」と畏怖の混じった眼差しで侍女ヘルミーネが手を挙げた。

 「どうぞ、何でしょう?」

 「リシィ様の願いをどうか、叶えては頂けませんか?」

 お願いします、と深々を頭を下げて来る。
 我に返ったエリーザベトが「ヘルミーネ、止めて!」と小さく悲鳴を上げた。

 うーん……敢えて触れないようにしていたのに。
 しかしこればっかりは私にはどうしようもない。個人的に正直に言えば、皇女という重すぎる身分でしがらみも大き過ぎるから幸せを考えるならあまりお勧めは出来ないかな、エリーザベトには悪いけど。

 「……その事に関して、私には決定権はありません。本人の同意、そして両親の理解と許しを得なければならないとだけ申し上げて置きましょう」

 言って、皇女エリーザベトに視線を移す。

 「それで、どうなさいます? 私から申し上げましょうか、それとも――」

 じっと見つめると、彼女は膝の上に組まれた手に視線を落とした。
 暫く黙った後、きっぱりと顔を上げる。

 「……いいえ、マリー様の仰る通りです。私自身がきちんとお伝えするべきですわね」

 そうしてエリーザベトはカレル兄の方に体を向けた。「カレル様、」と震える声で呼びかける。

 「カレル様、私は貴方様を心よりお慕い申し上げております。貴方様が共に居て下さるなら、全てを捨てても構わない程に。どうか、どうか……私を、妻にして頂けませんか?」
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