貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

賢者イドゥリースとメリーの婚約式②

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 そろそろ頃合いか。

 「さて、行きましょうかグレイ」

 「そうだね。お手をどうぞ、マリー」

 透視能力を切って立ち上がると、グレイが頷いてエスコートしてくれた。
 天幕を出て行く先は、二人に婚約の祝福を授ける為に設えられた祭壇である。
 私達の姿を認めた司会のクリスタン。アイコンタクトを取った一瞬の後、来賓達に向かって声を張り上げる。

 「聖女マリアージュ様、そして名誉枢機卿グレイ伯爵閣下のご入場です! これより、聖女様ご夫婦より婚約の祝福がお二人に授けられます!」

 静まり返った観衆の中――私とグレイは祭壇へと進み出た。別に私語雑談してくれてていいのに。一挙手一投足注目されて、くしゃみ一つ出来やしないこの緊張感よ……。

 祭壇に上がると、目の前にはハリウッドの授賞式ばりの赤絨毯レッドカーペットが敷かれており、その入り口に事前に打ち合わせた通りにイドゥリースとメリーが立っているのが見える。
 合図を受けたヴォルフガングがピアノが再び音楽を奏で始めた。
 今度はゆっくりとしたベートーヴェンのトルコ行進曲。それに歩調を合わせた二人が祭壇の前へとやって来る。

 「賢者イドゥリース様、そしてメルローズ。貴方がた二人がこの良き日に婚約を結ばれたこと、大変喜ばしく思っております。
 太陽神ソルヘリオスと月女神ルーナセレネの如く、共に手を取り合い、何時までも仲睦まじくありますよう……」

 「――そして、トラス王国とアヤスラニ帝国、両国の平和と共栄の架け橋とならんことを祈ります」

 私とグレイは太陽神と月女神の二神に二人の幸せを祈った。
 そこへ白頭鷲のマイティーが飛んできて、上空からリボンのついた小箱を落として行く。
 それを前脚ヨハンが上手にキャッチして持って来ると、恭しく差し出した。
 騒めく観衆。

 「たった今、天の使いが運んで来たのは、アヤスラニ帝国より贈られ、また聖女様により祝福を込められた婚約指輪でございます。
 これより、その指輪の交換の儀が行われます。この指輪は左手の薬指に嵌められますが、何故かと申しますと――」

 司会が時間稼ぎをしてくれている間、私とグレイはその小箱を空けて中身を取り出して祭壇に置いてあったリングピローに乗せ替える。
 それをイドゥリースが受取って、メリーの左手の薬指に嵌めた。
 これで祝福の儀は終わりである。

 エルガーの『威風堂々』が流れ出す。
 イドゥリースとメリーは来賓達の方を向いて繋いだ手を、指輪を見せびらかすように掲げてから深く礼をした。
 その場に居合わせた全員から万雷の拍手が鳴り響き、二人が元来た道を戻ると私達の出番は終わったのである。


 「聖女様、グレイ様、お疲れ様でした!」

 着替えて会場に戻り、メリーの姉として席につく。アルバート第一王子とメティ、女王リュサイ、皇女エリーザベトがやってきたので挨拶を交わし雑談を交える。暫くするとヴェスカルがサリーナと共に食事を持って来てくれた。
 そう言えばそろそろ聖女様に本格的にお仕え出来るでしょうとべリーチェ修道女が言ってたっけ。
 イサークの事は兄様と呼んでいるから何度か私も聖女様ではなくマリーお姉ちゃまで良いと言ったのだが、妙なところでアレマニア人特有の頑固気質らしくそこは曲げてくれない。まあそれも可愛いのだが。

 ヴェスカルに癒されながら食事を採っていると、余興が始まったのでメティ達に行って来いと送り出し、精神感応テレパシーで鳥達を操りイベントをこなす。
 既に経験済の貴族がいるからだろうか?

 「結婚式の時よりカオス度が増している……」

 運動会よろしく『天国と地獄』を奏でるヴォルフガング。
 目の前ではカラス達や愚民共水鳥達が餅撒きの如く落として行くちょっとした贈り物を、来賓達入り乱れての拾い大会が繰り広げられていた。仕事で来た劇団員達も参加の、正に無礼講――

 「あっ、特使よそれは我のぞ!」

 「『ふふふ、早い者勝ちよ』」

 ――と言っても、やはりトラス王とまともに争えるのはアヤスラニ皇帝位だが。
 言葉が通じていなくとも斟酌無しに争ってくれる相手にトラス王もどこか嬉しそうである。
 曲が変わり、最後の『クシコス・ポスト』が流れ終わった頃には二人共仲良くなっていた模様。
 周囲は気が気ではなかったようだが、結果オーライというところか。
 戦いを通じて友情らしきものが芽生えた王と皇帝の他は、三夫人が無双していた。
 人一倍拾っている彼女達は正に歴戦の猛者……正月のデパート福袋争奪の戦であっても容易く勝利を収める事だろう。


***


 「『ああ、朕は満足である。これほど楽しかったのは何時ぶりであろうか――トラス王と胸襟を開き文通の約束をした事も収穫であった。それに、あの不思議な乗り物と言ったら!』」

 婚約式が終わった後。
 特使の正体を知る者に限定された喫茶室にて、アヤスラニ帝国皇帝イブラヒームは高揚感を隠し切れない様子だった。
 そう。婚約式の余興は鳥達だけでは無い。ミニSLはイサーク担当でお客を乗せて敷地内を行ったり来たりしていたのである。ちなみに競争率は高かった。

 というか、トラス王と文通の約束をしたのか、何時の間に……。

 上機嫌な皇帝イブラヒームに、父サイモンが安堵した様子で息を吐いている。結果的に婚約式は大成功で終わった。

 「お気に召したみたいで何よりですわ」

 精神感応と共にそう伝えると、皇帝は早速切り込んで来る。

 「『それで、聖女――あれを大きくしたものが途方もない多くの物資を乗せてこの大地を走るのであろう?』」

 ――我が国にも、是非欲しい。

 言外にそう告げる皇帝イブラヒーム。凄くギラギラした思いが伝わって来た私はにこりと微笑む。

 「ええ、ええ。きっとそう仰ると思っておりましたわ」

 イブラヒームがこう言いだすのは想定内。
 さあ、取引の始まりだ。
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