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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

【最終話】賢者イドゥリースとメリーの婚約式①

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 ――ポン、ポン、ポン!

 待ちに待ったイドゥリースとメリーの婚約式。
 その日は前世の運動会さながらに、早朝から小さな知らせの花火が上がった。
 婚約式はメリーの年齢を考慮して昼間から夕方にかけて行われる。準備に追われて疲労困憊の身に鞭打って、皆早起きしなければならない。目覚ましとしてこれを提案したのは私である。

 一昨日の真夜中、一番重要なものは既に予行演習済。
 その時になってそれを知らされて、父に苦情を言った私だが。いざ動いているのを見ると些細なことはどうでも良くなっていた。
 隠密騎士や技術者達は短期間なのに実に良くやってくれたと思う。

 キャンディ伯爵邸が目覚め、皆が動き始めた。
 私も朝の日課がてらマイティ―とリーダー、そして愚民共と最後の打ち合わせをするとしよう。


***


 『この度は誠におめでとう存じます』

 『ありがとう存じます』

 『本日はお日柄も良く……』

 『ええ、太陽神のお恵みに与りました幸運に感謝しております。遠路遥々よくぞおいで下さいました。本日は色々趣向を凝らしてございますのでどうぞごゆるりとお過ごし下さいまし』

 昼近くになると、来賓達が続々とキャンディ伯爵家へ訪れた。
 今日の私は二人を祝福する為聖女モード。聖女の衣装を着て身支度をしながら、母ティヴィーナや祖母ラトゥが来賓を出迎えているのを透視する。
 出席しているのは旅から戻って来たトーマス兄と義姉キャロライン含む親族、姻族――そして、招待された王や王族、皇族、貴族達である。特に表向き特使を名乗るアヤスラニ帝国皇帝イブラヒームご一行には特等席を用意した。

 着替え終わった私は同じく枢機卿の正装をしたグレイと合流、来賓達からは見えない幕屋の中に移動して待機である。

 「本日は賢者イドゥリース殿、そして我が娘メルローズの婚約式にお集まり頂き、感謝申し上げます……」

 来賓達が全員席に案内されたのだろう、父サイモンが挨拶を述べる声が聞こえる。透視能力を使うと、オディロン王や第一王子アルバート、久しぶりに見る第二王子ジェレミーが王族としての祝辞を述べて行った。

 「ご来賓の皆様方。本日主役のお二人がいらっしゃるまで、先ずは観劇がてら食事をお楽しみ下さい」

 外見の良さで選ばれた隠密騎士の一人――確か母付きの人山羊サテュロスのクリスタンというらしい――が、司会として声を張り上げている。
 その声を受けて、野外に煉瓦や焼き網、鉄板で組まれたバーベキューコンロの前に立っていた料理人が作業を始めた。
 その間に侍女達が紅茶を給仕して回る。
 昼食として用意させたトラス・アヤスラニ折衷料理やバーベキューで焼くケバブ、両国産の食材を使っている友好の証のオコノミには、紅茶の方がスッキリするだろう。

 食事が運ばれて来たタイミングで、アヤスラニ帝国風の音楽が奏でられる。
 簡易舞台に懸かっていた垂れ幕が左右に引かれ、劇が始まった。
 演目は、イドゥリースがトラス王国へ逃れて来て賢者にまでなった経緯とメルローズとの馴れ初めが中心。
 ちなみに王宮で聖女劇、私の結婚式でも活躍してくれた彼らであり、あれから何度か王宮に呼ばれていたそうで。オディロン王から正式にブルボン劇団という名を貰ったとか。

 ――ああ、世界Le Mondeよ!

 前世お世話になったサクサククレープ生地のチョコ菓子が恋しい限りである。

 ……こんなことを考えてしまうのも。

 「小腹が減った……」

 「僕も。あとちょっとの我慢だよ、マリー」

 肉の焼ける香ばしく良い匂いが漂って来た。サンドウィッチ程度の軽いものは着替える前に食べたけれど、祝福が終わるまで肉は食べられないし水分も我慢。ゴテゴテの聖女の衣装でトイレするのはちょっと障りがあるので。

 グレイと慰め合いながらじりじりしながら待っていると、やっとその時が訪れた。
 楽譜を渡して協力を依頼していた天才少年音楽家ヴォルフガング・テオフィルス・モッツハルドが、一礼してピアノを弾き始める。

 「それではお待ちかね、賢者イドゥリース様とメルローズ嬢の入場にございます!」

 前世のそれにちなんだ童謡(流石天才少年、壮麗なクラッシック風にアレンジしやがった)に伴って、響き渡る甲高い汽笛の音。
 シュシュシュシュシュシュ……と音と煙を出しながら、それがダージリン邸の方から走って来た。
 来賓達が度肝を抜かれたのかどよめいている。 
 イサークを先頭に、後ろに花が飾られた小さな蒸気機関車――ミニSLに、煌びやかなアヤスラニ帝国の衣装を着た二人が乗って手を振りながら登場したのだ。
 グレイと視界を共有すると、成功して良かったと安堵していた。確かに、一度しかテスト出来なかったからなぁ。

 「サイモンよ、これは何というからくりだ!? 馬も無しに煙を吐いて走るとは!」

 オディロン王が感情も露わに大きな声を上げている。

 「『蒸気機関車』、と申すものにございます。いずれ、これを大きくしたものを作る予定です」

 「『蒸気機関車』……」

 その問いに、父サイモンは来賓全員に聞こえるように声を張り上げて説明している。その中に謙遜しつつもどこか誇らしげなものが混じっているのを感じた。
 度肝を抜かれる王族貴族。皇帝達も呆けた顔をしている。

 イサークが印のある場所で操作をすると、ミニSLはプシューと蒸気を吐き出して、狙い通り来賓達の前にゆるゆると止まった。

 小さな車掌のコスプレをしているイサークはふんすと鼻を膨らまし、得意満面の笑みでSLから降りてイドゥリースとメリーに敬礼して下車を促す。
 ミニSLから降りた二人は、手を繋いだまま来賓へ向き直ると微笑んで仲良く一礼した。

 前世でも産業革命の代名詞ともなった蒸気機関。きっと、ここにいる全員が世界の大転換点を体感しているに違いない。
 皇帝に納得させ、またイドゥリースとメリーの門出と共にお披露目するのにうってつけのものであった。
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