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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
堕天使の囁き。
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『是非教えて下さると嬉しいですわ!』
私が満面の笑みを皇帝イブラヒームに向けた時。
「ラクダの乳? マリー、特使殿と何を話しているの?」
グレイが怪訝そうに口を挟んで来た。彼の言葉に、父サイモンやカレル兄も同じような視線を向けてくる。
「うふふ、とってもいい話よ。とりあえず落ち着いて話せるように場所を変えましょうか」
そこへ従僕がやってきて、義兄アールとアナベラ姉の来訪を告げる。
丁度夕食の時間になったことだし、食堂に移動して話をすることとなった。
***
食堂に既に居た義兄アールとアナベラ姉にただいまと挨拶をする。「二人共、無事で良かった」「心配していたのよ」等と会話を交わした後、全員で席に着いた。
ここに来る前、皇帝は同席をしようとする部下達に『これは内輪の話故』と説得。彼らには隣のサロンで待機して貰うこととなったが、食事は後でと断られたので軽食を運ばせる予定である。
「父、これからするのは秘密の話よ。一応外部に漏れないようにしてね」
念のため父サイモンにそう言って食堂に残る使用人の厳選と警備強化頼む。ちなみに女王リュサイは慌てて席を外そうと気を利かせてくれたが、要はトラス王国王侯貴族に漏れたくないので秘密を守ることを条件に居て貰っている。
父は怪訝そうにしながらも私の意を汲んで人払いをしてくれたので、「先ずは、先程の話なのだけれど……」とラクダの乳の効能とそれで作ったお酒を薬として売ることを話した。
「へぇ、ラクダの乳にそんな効能があったなんて知らなかった」
「飲んだ事があるのか?」
とカレル兄が興味を示すと、グレイは頷く。「どんな味がするんですか」とヴェスカル。
「塩気があって、僕達が飲んでいるミルクとは全く違うものです。僕はあまり……」
思い出したのか、口をへの字に曲げている。義兄アールも飲んだことがあるようで顔を顰めていた。
彼らはあまり美味しいとは思わなかったらしい。
そんなやり取りを横に、父サイモンがワインで口を湿らせる。
「ふむ、話は分かった。だが、ラクダの乳に有用な効能があるからと言って、ここまでしなければならん程のことか?」
じろりとこちらを見る。
私はそれには答えず、ちらりと皇帝イブラヒームに視線を投げた。皇帝は一つ頷くとイドゥリースを見、「『通訳を』」と言って立ち上がる。
「特使殿?」
「『実は特使というのは偽りの身分でな。朕はアヤスラニ帝国皇帝イブラヒーム。イドゥリースの父親だ』」
瞬間、グレイが「えっ」と驚愕の声を上げる。
「アヤスラニ帝国皇帝……」
「何だと!?」
「はぁ!?」
「嘘だろ」
「只者ではないと思っていたが……」
「凄いや、特使のおじさんは皇帝陛下だったんだね!」
呆然と呟いた声に、男達が次々と声を上げ皇帝イブラヒームを注視する。皇帝イブラヒームは純粋に感心するイサークに歯を見せて笑った。私とメリー以外の女性陣は声も出ないようで目を見開いている。
イドゥリースが決まり悪そうに、「すみません、私の父でアヤスラニ帝国皇帝のイブラヒームです」と通訳。
ただ一人、メリーだけが「皆、驚いたみたいね!」とニコニコ顔。
「メルローズ、お前知っていたのか?」
「はい、お父様。ちゃんと後で明かすから秘密にしておいて欲しいって言われたのですわ。皆を驚かせたいんですって」
大成功! と手を叩いて喜ぶメリーに、父サイモンは天を仰いだ。
「あああ、メリーだけはと思っていたが、やはりマリーの悪影響を受けていたか……」
「何ですって!? 失礼じゃない、父!」
まるで人を汚染源の様に。
聞き捨てならん!
アナベラ姉が苦笑いを浮かべるのを他所に、父サイモンは私の抗議をまるっと無視。皇帝にのろのろと向き直った。
ワイングラスをテーブルに置いて立ち上がると姿勢を正し、紳士の礼を一つ。
「……それで、皇帝陛下は何故わざわざ身分を隠して我が国にいらっしゃったのか。そして何故今身分を明かされたのでしょう?」
「『ああ、その事で貴殿に頼みがあるのだ、サイモン卿』」
「頼み?」
何を要求されるのかと警戒を見せる父。
一方皇帝イブラヒームは「『何、双方にとって利益が出ることだ。ラクダのように』」と肩を竦めると、もじもじしているメリーに手招きをする。
席を立って皇帝の隣にメリーが立つと、皇帝の手がその肩に乗せられた。
「『他でもない。朕の息子イドゥリースと卿の令嬢である黄昏の宵闇姫、メルローズの婚約だ』」
イドゥリースが顔を赤らめながら通訳すると、父サイモンはぽかんとし、母ティヴィーナはあらあら、と目をパチクリさせながら頬を両手で挟んだ。
「黄昏の宵闇姫?」
「おじさんがメリーに付けあだ名だよ。黒い闇のような髪と、時折お婆様似の少し紫がかった黄昏の空のような瞳になるからだって」
「まあ」
イサークの説明に祖母ラトゥが少し頬を赤らめ、口元を手で覆う。アナベラ姉が「素敵なあだ名ね」と言うと、祖父ジャルダンが「昔を思い出すなぁ。ラトゥの瞳もメリーと同じだったが、感情が高まった時に紫がかっていた。成長するにつれて湖水色から美しい紫へと変化したから、メリーもそうなるだろうなぁ」としみじみと祖母ラトゥとメリーを見比べていた。
「驚かせてしまい、本当にごめんなさい。父の非礼をお詫びします。サイモン様、ティヴィーナ様。どうか、私とメルローズとの婚約をお許し下さい――こればかりは私がお願い申し上げることですので」
立ち上がり、父サイモンに深々と頭を下げるイドゥリース。メリーがその隣に移動し、胸の前で両手を組んで父を見つめる。
「父様、一生のお願いですわ。メリーはどうしてもイドゥリース様と結婚したいの! 他の方は考えられませんわ、婚約を許可して下さい!」
目を潤ませるメリーに、渋面を作る父。
「そうは言っても……これはままごとではないのだぞ、メリー」
「勿論分かっておりますわ! だいたいお父様はメリーを幾つだと思っておりますの? もうそれぐらい分かる年齢ですわ!」
父サイモンは小さく息を吐いてから皇帝イブラヒームに向き直った。
少しの表情の変化も見逃すまいとしているのか、しっかり相手と目を合わせて口を開く。
「アヤスラニ帝国の皇族であれば、トラス王国の王族と誼を結ぼうとお考えになるのが自然。貴族は勿論、皇族王族は政略結婚が常です。何故他国の一貴族に過ぎない我が家の四女を望まれる? 先程仰った、利益とは?」
「『……確かに、トラス王国の王族と誼を結ぶ事も考えてはいた。聖女には全てお見通しのようだから正直に言おう。これまでこの国を色々と見て回ったが、正直我が国と大差ないようだ。ただ、聖女と関わったものを除いては』」
そこまで言って、皇帝はニヤリと笑った。
「『イドゥリース達からは聖女の起こしてきた奇跡の話は沢山聞いている。加えてこの屋敷で出る珍しい料理、辻馬車や国民への教育、銀行、新式の銃、養蜂、気球……全て朕が関心を持ったものはほぼ間違いなく聖女が関わっていたことに気付いてな。愚行に走った皇太子だが、女を見る目はあるようだ』」
それで王家ではなくメリーとの縁談の方が良いと判断したらしい。
「『――と、そう言えばサイモン卿は納得するのであろう? 勿論黄昏の姫のイドゥリースを想う気持ちは本物のようであるし、イドゥリースもまんざらではないという理由もある。長々と述べたが、結局のところ親として幸せにしてやりたいのだ』」
「『父上……』」
皇帝イブラヒームは優しい眼差しで二人を見つめる。イドゥリースは少し涙ぐんでいた。
グレイが気を利かせて通訳すると、父サイモンは顰め面になりううむと唸る。
「シム、私は素敵なお話だと思いますわ。婚約も反対はしませんけれど……」
母ティヴィーナが小首を傾げてメリーを見つめる。その表情が少し陰ったように見えた。
「けれど……イドゥリース君は皇子様で、いつかアヤスラニ帝国に戻ることもあるのではないかしら。そうなったら、メリーちゃんもアヤスラニ帝国に行ってしまうのよね……」
グレイが通訳をすると、皇帝イブラヒームは「『それは無い』」と否定する。
「『夫人。賢者の称号を得、今やアヤスラニ帝国にとって無視できない存在であるとはいえ――帝国へ戻れば国内が二分してしまう。故に帝国に戻ることは難しい。
そもそも、全てを失ったところを聖女に助けられたイドゥリースはトラス王国に骨を埋めるつもりだと申しておるし、朕もそのつもりでいる。
卿の懸念は理解出来る。賢者であってもこのトラス王国ではイドゥリースは無位無官、食客同然の身分。
朕はこの国の身分こそは用意してやれぬが、父親としてイドゥリースの体面が困らぬよう、帝国を挙げての十分な援助を約束するつもりだ』」
父サイモンの耳がピクリと動いたような気がした。
あ、心が揺れているな。さっきの尋常ではないプレゼントを見たからか。押せば行けそう。
「オスマン皇太子には無体なことをされたけど、イブラヒーム陛下は誠意を示して下さったし信じていいと思うわ」
『親戚になった方が東方交易拠点と銀行、鉱物資源に未来で莫大な富を生むエネルギー資源……諸々管理しやすくなるわね。皇帝陛下には先程仲間になって貰ったの。一枚噛んで貰えれば上手くいくと思うわ』
精神感応で堕天使の如く囁きかけると、父サイモンはこちらを仁王像の如くぎっと睨みつけた。
「しばし……失礼を」
そして食堂の扉を開けて外へ出て行く。
暫くの後――
あああああああ――――馬鹿娘ぇぇぇぇ――――!!
遠くから聞こえる雄叫び。
「義父様に何を伝えたのかな、マリー? ん?」
グレイがポン、と良い笑顔で私の方に手を置いた。
私が満面の笑みを皇帝イブラヒームに向けた時。
「ラクダの乳? マリー、特使殿と何を話しているの?」
グレイが怪訝そうに口を挟んで来た。彼の言葉に、父サイモンやカレル兄も同じような視線を向けてくる。
「うふふ、とってもいい話よ。とりあえず落ち着いて話せるように場所を変えましょうか」
そこへ従僕がやってきて、義兄アールとアナベラ姉の来訪を告げる。
丁度夕食の時間になったことだし、食堂に移動して話をすることとなった。
***
食堂に既に居た義兄アールとアナベラ姉にただいまと挨拶をする。「二人共、無事で良かった」「心配していたのよ」等と会話を交わした後、全員で席に着いた。
ここに来る前、皇帝は同席をしようとする部下達に『これは内輪の話故』と説得。彼らには隣のサロンで待機して貰うこととなったが、食事は後でと断られたので軽食を運ばせる予定である。
「父、これからするのは秘密の話よ。一応外部に漏れないようにしてね」
念のため父サイモンにそう言って食堂に残る使用人の厳選と警備強化頼む。ちなみに女王リュサイは慌てて席を外そうと気を利かせてくれたが、要はトラス王国王侯貴族に漏れたくないので秘密を守ることを条件に居て貰っている。
父は怪訝そうにしながらも私の意を汲んで人払いをしてくれたので、「先ずは、先程の話なのだけれど……」とラクダの乳の効能とそれで作ったお酒を薬として売ることを話した。
「へぇ、ラクダの乳にそんな効能があったなんて知らなかった」
「飲んだ事があるのか?」
とカレル兄が興味を示すと、グレイは頷く。「どんな味がするんですか」とヴェスカル。
「塩気があって、僕達が飲んでいるミルクとは全く違うものです。僕はあまり……」
思い出したのか、口をへの字に曲げている。義兄アールも飲んだことがあるようで顔を顰めていた。
彼らはあまり美味しいとは思わなかったらしい。
そんなやり取りを横に、父サイモンがワインで口を湿らせる。
「ふむ、話は分かった。だが、ラクダの乳に有用な効能があるからと言って、ここまでしなければならん程のことか?」
じろりとこちらを見る。
私はそれには答えず、ちらりと皇帝イブラヒームに視線を投げた。皇帝は一つ頷くとイドゥリースを見、「『通訳を』」と言って立ち上がる。
「特使殿?」
「『実は特使というのは偽りの身分でな。朕はアヤスラニ帝国皇帝イブラヒーム。イドゥリースの父親だ』」
瞬間、グレイが「えっ」と驚愕の声を上げる。
「アヤスラニ帝国皇帝……」
「何だと!?」
「はぁ!?」
「嘘だろ」
「只者ではないと思っていたが……」
「凄いや、特使のおじさんは皇帝陛下だったんだね!」
呆然と呟いた声に、男達が次々と声を上げ皇帝イブラヒームを注視する。皇帝イブラヒームは純粋に感心するイサークに歯を見せて笑った。私とメリー以外の女性陣は声も出ないようで目を見開いている。
イドゥリースが決まり悪そうに、「すみません、私の父でアヤスラニ帝国皇帝のイブラヒームです」と通訳。
ただ一人、メリーだけが「皆、驚いたみたいね!」とニコニコ顔。
「メルローズ、お前知っていたのか?」
「はい、お父様。ちゃんと後で明かすから秘密にしておいて欲しいって言われたのですわ。皆を驚かせたいんですって」
大成功! と手を叩いて喜ぶメリーに、父サイモンは天を仰いだ。
「あああ、メリーだけはと思っていたが、やはりマリーの悪影響を受けていたか……」
「何ですって!? 失礼じゃない、父!」
まるで人を汚染源の様に。
聞き捨てならん!
アナベラ姉が苦笑いを浮かべるのを他所に、父サイモンは私の抗議をまるっと無視。皇帝にのろのろと向き直った。
ワイングラスをテーブルに置いて立ち上がると姿勢を正し、紳士の礼を一つ。
「……それで、皇帝陛下は何故わざわざ身分を隠して我が国にいらっしゃったのか。そして何故今身分を明かされたのでしょう?」
「『ああ、その事で貴殿に頼みがあるのだ、サイモン卿』」
「頼み?」
何を要求されるのかと警戒を見せる父。
一方皇帝イブラヒームは「『何、双方にとって利益が出ることだ。ラクダのように』」と肩を竦めると、もじもじしているメリーに手招きをする。
席を立って皇帝の隣にメリーが立つと、皇帝の手がその肩に乗せられた。
「『他でもない。朕の息子イドゥリースと卿の令嬢である黄昏の宵闇姫、メルローズの婚約だ』」
イドゥリースが顔を赤らめながら通訳すると、父サイモンはぽかんとし、母ティヴィーナはあらあら、と目をパチクリさせながら頬を両手で挟んだ。
「黄昏の宵闇姫?」
「おじさんがメリーに付けあだ名だよ。黒い闇のような髪と、時折お婆様似の少し紫がかった黄昏の空のような瞳になるからだって」
「まあ」
イサークの説明に祖母ラトゥが少し頬を赤らめ、口元を手で覆う。アナベラ姉が「素敵なあだ名ね」と言うと、祖父ジャルダンが「昔を思い出すなぁ。ラトゥの瞳もメリーと同じだったが、感情が高まった時に紫がかっていた。成長するにつれて湖水色から美しい紫へと変化したから、メリーもそうなるだろうなぁ」としみじみと祖母ラトゥとメリーを見比べていた。
「驚かせてしまい、本当にごめんなさい。父の非礼をお詫びします。サイモン様、ティヴィーナ様。どうか、私とメルローズとの婚約をお許し下さい――こればかりは私がお願い申し上げることですので」
立ち上がり、父サイモンに深々と頭を下げるイドゥリース。メリーがその隣に移動し、胸の前で両手を組んで父を見つめる。
「父様、一生のお願いですわ。メリーはどうしてもイドゥリース様と結婚したいの! 他の方は考えられませんわ、婚約を許可して下さい!」
目を潤ませるメリーに、渋面を作る父。
「そうは言っても……これはままごとではないのだぞ、メリー」
「勿論分かっておりますわ! だいたいお父様はメリーを幾つだと思っておりますの? もうそれぐらい分かる年齢ですわ!」
父サイモンは小さく息を吐いてから皇帝イブラヒームに向き直った。
少しの表情の変化も見逃すまいとしているのか、しっかり相手と目を合わせて口を開く。
「アヤスラニ帝国の皇族であれば、トラス王国の王族と誼を結ぼうとお考えになるのが自然。貴族は勿論、皇族王族は政略結婚が常です。何故他国の一貴族に過ぎない我が家の四女を望まれる? 先程仰った、利益とは?」
「『……確かに、トラス王国の王族と誼を結ぶ事も考えてはいた。聖女には全てお見通しのようだから正直に言おう。これまでこの国を色々と見て回ったが、正直我が国と大差ないようだ。ただ、聖女と関わったものを除いては』」
そこまで言って、皇帝はニヤリと笑った。
「『イドゥリース達からは聖女の起こしてきた奇跡の話は沢山聞いている。加えてこの屋敷で出る珍しい料理、辻馬車や国民への教育、銀行、新式の銃、養蜂、気球……全て朕が関心を持ったものはほぼ間違いなく聖女が関わっていたことに気付いてな。愚行に走った皇太子だが、女を見る目はあるようだ』」
それで王家ではなくメリーとの縁談の方が良いと判断したらしい。
「『――と、そう言えばサイモン卿は納得するのであろう? 勿論黄昏の姫のイドゥリースを想う気持ちは本物のようであるし、イドゥリースもまんざらではないという理由もある。長々と述べたが、結局のところ親として幸せにしてやりたいのだ』」
「『父上……』」
皇帝イブラヒームは優しい眼差しで二人を見つめる。イドゥリースは少し涙ぐんでいた。
グレイが気を利かせて通訳すると、父サイモンは顰め面になりううむと唸る。
「シム、私は素敵なお話だと思いますわ。婚約も反対はしませんけれど……」
母ティヴィーナが小首を傾げてメリーを見つめる。その表情が少し陰ったように見えた。
「けれど……イドゥリース君は皇子様で、いつかアヤスラニ帝国に戻ることもあるのではないかしら。そうなったら、メリーちゃんもアヤスラニ帝国に行ってしまうのよね……」
グレイが通訳をすると、皇帝イブラヒームは「『それは無い』」と否定する。
「『夫人。賢者の称号を得、今やアヤスラニ帝国にとって無視できない存在であるとはいえ――帝国へ戻れば国内が二分してしまう。故に帝国に戻ることは難しい。
そもそも、全てを失ったところを聖女に助けられたイドゥリースはトラス王国に骨を埋めるつもりだと申しておるし、朕もそのつもりでいる。
卿の懸念は理解出来る。賢者であってもこのトラス王国ではイドゥリースは無位無官、食客同然の身分。
朕はこの国の身分こそは用意してやれぬが、父親としてイドゥリースの体面が困らぬよう、帝国を挙げての十分な援助を約束するつもりだ』」
父サイモンの耳がピクリと動いたような気がした。
あ、心が揺れているな。さっきの尋常ではないプレゼントを見たからか。押せば行けそう。
「オスマン皇太子には無体なことをされたけど、イブラヒーム陛下は誠意を示して下さったし信じていいと思うわ」
『親戚になった方が東方交易拠点と銀行、鉱物資源に未来で莫大な富を生むエネルギー資源……諸々管理しやすくなるわね。皇帝陛下には先程仲間になって貰ったの。一枚噛んで貰えれば上手くいくと思うわ』
精神感応で堕天使の如く囁きかけると、父サイモンはこちらを仁王像の如くぎっと睨みつけた。
「しばし……失礼を」
そして食堂の扉を開けて外へ出て行く。
暫くの後――
あああああああ――――馬鹿娘ぇぇぇぇ――――!!
遠くから聞こえる雄叫び。
「義父様に何を伝えたのかな、マリー? ん?」
グレイがポン、と良い笑顔で私の方に手を置いた。
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「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
アルファポリスに先行投稿しています。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
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