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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

我が家で楽だ?

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 その後、私は反対を押し切って隔離部屋を見舞った。
 一人一人に「迎えに来ました。皆病気とよく戦い、頑張りましたね」とねぎらいながら透視すると全員完治。連れていけるようで一安心である。

 それからは聖地のサングマ教皇に状況報告を入れたり、ラブリアン辺境伯やヴィトン大司教達に天然痘やその対策について伝えたり――エスパーニャ王国への手紙を認めたりしながら部屋の後始末がされるの待つ。
 部屋中や病人の体、衣服をアルコール漬けにして清めさせ、ボロボロの布や毛布は焼却処分を命じた。

 湯を使って身を清め、新たな服に着替えた元病人達は晴れて隔離部屋の外へ出ることを許された元病人達。
 カナールの民達全員が集まったところで、私はグレイと共にヴィトン大司教の手助けを借りながら彼ら一人一人に祝福を与えた。

 『これまで苦難の道を歩んできたカナールの民は、今この時を以って新たな信仰に生きる民として生まれ変わりました』

 これで賤民カナールの民は絶滅、っと。
 最後の一人への祝福を終えると、わっと歓声が上がった。

 「『ああ、もう怯えて蔑まれながら暮らす必要はないんだわ。本当に夢みたい!』」

 「『そうだな、俺も今でも信じられない。俺達が聖女様に祝福を受けて信仰に生きる民となれただなんて……』」

 彼らは呪いとも言える身分から解放された喜びで抱き合いながら涙を流していた。今後は信仰の民カナールとして、ダージリン領の新天地で田んぼでも耕しながら静かで穏やかな日々を過ごして貰いたいと思う。

 その後、ラブリアン辺境伯の用意してくれていた馬車の馬にファブリス司祭達やカナールの民を乗せ。私達は、南側にある関所から辺境伯領を出てキャンディ伯爵領方面へ。
 領都アルジャヴリヨンに到着すると、城で宿泊。その間、ダージリン伯爵領へカナールの民に関する連絡を出した。彼らの住まう家なども用意しなければならないし。
 その間、カナールの民にはトラス王国語を覚えて貰わねばならない。
 どうせヨシヒコの件で人種差別しなさそうな教師を雇うのだ。一緒に教えて貰えれば一石二鳥である。

 領都アルジャヴリヨンを出た後は一路まっすぐ王都へ。
 すると、途中の宿場町メイユでラブリアン辺境伯領で会ったアルビオンの羊毛商人と出くわした。
 話を聞くと、どうせならとダージリン伯爵領で砂糖を仕入れた後に南下、船でアルビオンに帰るらしい。そこで見習いだという青年ラドを紹介された。
 どこか上品な感じがしたので良いとこのボンボンかなと思っていたら、羊毛商人にとって大恩ある商家の息子だそうだ。
 実は見習いというのは口実で、トラス王国に来てみたかったらしい。洗練された文化を肌で感じ、自国よりも進んでいるトラス中央大学で学んだりしたいのだと言う。
 そういう理由で王都に同行を願って来たラド。宿泊先も決まっているという。
 騎士ドナルドは少し警戒していたようだが、特に怪しいところもなく断る理由も無かったので同行を許可した。

 王都が見えて来たところで、エヴァン修道士が出版社に向かいがてらラドを王都に送ることを申し出る。
 二人に別れの挨拶をした後でキャンディ伯爵邸へ戻ると、家族に無事を喜ばれた。


***


 久々の我が家で旅の汚れを落として着替えたところで。

 夕食の時間まで皆で喫茶室に集まる。旅の疲れを癒してくれる良い香りの紅茶を楽しみながら、私達はソファーでまったりしながら今回の旅の話に花を咲かせていた。

 「皆、無事で良かったわ。種痘をすれば本当に疱瘡には罹らないのねぇ」

 安堵したように言う母ティヴィーナに、私は立ち上がってくるりと一回転してみせる。

 「ええ、この通りよ。刻印がある全員ピンピンしてるわママン。それと、私が連れて来た人達。疱瘡に罹ってた人も今はすっかり治ってるし、他人に感染させる心配もないから安心してね」

 「カナールの民も、その治療に当たった司祭や修道士達も――刻印を受けた者達は全員疱瘡になっていませんでした。
 ただ、疱瘡の元になるものが付着している部屋や寝具、衣類等は蒸留酒で清めるか燃やすかどうかした方が良いようです」

 「病人の隔離部屋にはマリー様は勿論、僕達も全員入りましたが。マリーが言うには、もし刻印を受けていなければ、隔離部屋に散らばった病気の元が体内に入って二週間程度で発症している筈だと。しかしこの通り何ともありません」

 「そうそう、神の刻印の効果は実証されたと思いますわ」

 カレル兄とグレイに続いて女王リュサイが頷くと、父サイモンは咎めるような一瞥を私とカレル兄に向けた。直後、女王リュサイに視線を移す。

 「リュサイ陛下……陛下はカレドニア王国の女王陛下であらせられる。我が娘は兎も角、あまり危険なことはなさいますな」

 「私はマリー様を信じておりますから。それに、カレドニアの民に刻印を命じる以上、私が身を以って実証しなければ」

 マリー様を見習って、とこちらに微笑む女王リュサイ。
 父サイモンが「馬鹿娘は見習わないで頂きたい…」と頭痛を堪えるように米神を押さえて呟くのを横目に、私がどこか面映ゆい気持ちになっていると。

 「隔離すべきは、やはり刻印が出来ない、無い者に限定される……ということだろうなぁ」

 と思案気な祖父ジャルダン。そうねと祖母ラトゥも頷く。

 「アンに会いに行くのも、身をしっかり清めておかないといけないのよね」

 「その通りよ、お爺様お婆様」

 石鹸は勿論、アルコール消毒液を広めなければな。
 ファブリス司祭達やカナールの民達も今頃別室で湯と石鹸を使い体を休めている頃だろう。

 「ところでイサーク達が来ないけれど、昼寝でもしているのかしら?」

 そう言えばメリー、イドゥリース、スレイマンもやって来ない。

 そう思った時、パタパタと軽快な足音が近付いて来たかと思うと喫茶室の扉が開かれた。

 「マリーお姉ちゃま、グレイ兄様、カレル兄様、リュサイ陛下――お帰りなさい!」

 「皆様、お帰りなさい!」

 「こら、イサーク。ヴェスカルのお手本になれるように、ちゃんとノックぐらいしなさい。」

 嬉しそうに入室してくるイサークを窘める父サイモン。
 今度は私がジト目でそちらを見た。人の部屋の扉をノック0.3秒で開きやがる癖にどの口が言うんだか。

 イサークとヴェスカルを抱きしめながら、おまゆう状態で口をへの字に曲げていると、

 「皆様、お帰りなさいまし!」

 「すみません、遅れました」

 「お帰りなさい。無事に戻られて良かったです」

 お澄ましモードで淑女の礼を取るメリーに続き、スレイマン、イドゥリースがやってきて挨拶を述べる。

 「そうそう、マリーお姉ちゃま! 凄いんだよ、変な生き物が!」

 すると、私から体を話したイサークが目をキラキラさせていた。ヴェスカルも「乗せて貰いました、楽しかったです!」と頬を紅潮させていた。

 「変な生き物?」

 鸚鵡返しに問い返すと、イドゥリースが首を傾げる。

 「『デヴェ』のことです――こちらの言葉で何というのかは分かりませんが」

 「ああ、えっと……ラクダシャムゥだね。砂漠を旅する、背中にこぶがある生き物のことだよ」

 グレイの言葉に、私は目を見開いた。

 ――ラ、ラクダだってぇ!?
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