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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

一路、西へ。

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 街道を一路、西へと進む。

 馬車の中は私、グレイ、カレル兄に女王リュサイ。ちなみに出立間際に滑り込んで来たエヴァン修道士は外で馬に乗っている。
 私は行き先を見つめ、ほうと深く息を吐く。
 家を出るまでに一悶着あったのだ。

 当初、行くのは私とグレイ、カレル兄というメンバー(因みにカレル兄は気分転換での同行希望。旅の準備を整えてくれていた)。

 まず、ヨシヒコ。
 言葉が通じる私が離れることに大層不安がり、私の出立に難色を示した。私が聖女であり、天然痘のことについて説明しカナールの民を迎えに行くことを告げると尚更。

 「『疱瘡もがさは死の病にごぜぇます! いくら摩利支菩薩様といえども生身のでは――』」

 『大丈夫よ、神の刻印があれば疱瘡には罹らないのだから』

 そう請け負うも、捨てられた犬のような目をされた。精神的に依存されているが、無理もない。早く彼の妻子が送り届けられることを願うばかりである。
 一応彼には生活の為にコミュニケーションカードを作らせてあった。食事や風呂、排泄等の生活に必要な事柄をヨシヒコにも分かるようにイラスト付きで記したもので、トラス語併記。それを提示することで世話役に対する意思表示が可能となるのだ。
 ヨシヒコにも刻印を受けるように伝え、何とか宥めすかした後。今度はどこから聞きつけたのか、女王リュサイが同行を申し出て来た。

 「ラブリアン辺境伯であれば私の身内です。何かとお役に立てるかと」

 結構な強行軍になると伝えたが、「足手まといにはなりませんから連れて行って下さいまし」と言われ。騎士ドナルド達にも「馬術には自信がありますし、過酷な旅にも慣れておりますから」等と懇願されて困っていると、何故かグレイが「護衛は多い方が良いと思う」と言う。
 更に、万が一体調を崩したりしたら置いて行っても構わないということだったので、それで女王リュサイ達の同行が決定してしまったのである。
 その他、金太やアヤスラニ帝国皇帝イブラヒームにも連れて行けコールをされたが断った。金太はアレマニア帝国とのやり取りや賠償受取立ち合いという大事な役目があるのだし、皇帝イブラヒームも側近が青い顔で大反対している。そもそも、種痘を受けなければお話にならないのだ。
 ダージリン領へ使いを出し、旅支度が整って馬車泊まりへ向かうと、旅装のエヴァン修道士が馬上で笑顔で待ち構えており。そうやってようやっとの出発と相成った。

 そんなことを思い出していると、馬車が停止する。
 外から聞こえる前脚ヨハンの声――休憩時間だ。


***


 「ああ~、体がバッキバキだわ」

 うん、と伸びをするとポキポキと骨が鳴った。
 周囲を見渡すと、真新しい建物。近くに町や村は無いようだが、私達の他にも旅人や馬車がちらほらと。
 大き目の厩舎があり、その前には馬車の整備をしている場所があった。商人が土産物や食べ物の露店を出している他は、建物の中にも店や宿があるようだ。警備兵らしき男達の姿もある。
 隠密騎士達の内、数人が厩舎の方へ向かって行った。
 人々が買い食いしたりしているところを見ると、雰囲気的には何だか前世のサービスエリアみたいな……?

 「もしかして、ここ……」

 「ああ、出来たばかりの休憩駅だと聞いている」

 おお、長距離馬車の運行が始まっているのか。馬車事業は順調な模様。
 カレル兄によればまだ始まったばかりとのことだが、辺境まで整備されるのも時間の問題だろうとのことだった。
 建物の中の店は、勿論キーマン商会も入っているとグレイ。
 馬車の点検をしている間、私達は建物の横にある公園エリアのベンチに座って休憩する。果物を嚥下したグレイがふと首を傾げた。

 「そう言えばラブリアン辺境伯領って、王都に来るには遠まわりになるんじゃないのかな」

 確かにそうですわね、と女王リュサイも首を傾げている。グレイの言う通り、エスパーニャとの国境の山から王都を目指すならばトラス王国へ入って東へ――キャンディ伯爵領の方へ向かうのが一般的だろう。
 しかし、私には何故カナールの民が北上する回り道を選んだのかを知っている。

 「余所者は目立つわ。ましてや疱瘡の病人を連れている。だから小舟を盗んで海と陸と二手に分かれ、海沿いを行く道を選んだのよ」

 そう、彼らは賢く用心深かった。足手まといになる病人は小舟に乗せて、神の刻印があり健康な者達は海岸沿いの道を進んだのである。
 小舟に乗せていれば人目に付きにくく、誰かを感染させる危険性が少なくなるというのもあるだろう。
 この案を出したのは――

 「あのサイアという男だろうな」

 カレル兄が正解を言った。私は頷いて、暫し意識を飛ばす。木の枝に止まるカラスの視界から休息中のサイア達を見下ろした。
 同行している二人――金角羊ズラトロクのアルトゥル・バラスンと影熊のディートフリート・マカイバリに「もう無理をするな」「馬も疲れている。休むべきだ」等と諭されているのが聞こえる。

 「今の所順調みたいだけど……あんまり無理しないで欲しいわ」

 あの日、王宮から屋敷に帰ってきたのは夜遅くだった。出立は明日になるだろう。これから入浴して着替えようと思っていたところにサイアがやってきて跪いたのだ。

 「聖女様のお慈悲に感謝致します。直々にカナールの民を迎えに行って下さるのであれば……私が一足先に参りましょう」

 彼も私達が王宮に行っている間に風呂に入り、衣服着替えてこざっぱりしたようだが、幾分も休んでいない筈だ。
 疲労困憊だろうに、すぐにでも出発せんとしている。

 「サイア、貴方大丈夫なの? カナールの民を救うように手配はしたのだから、もう少しゆっくり休んでも」

 気持ちは分かるけれど、無理をし過ぎて倒れたら本末転倒である。しかしサイアはお心遣いは嬉しいのですが、と涙ぐみながらも頑として首を縦に振らなかった。

 「いいえ! 休息ならば充分取りました。この程度のこと」

 「ならばせめて誰か二人程貴方と共に行って貰いましょう。道中体力尽きたりしてはいけないわ。それと、出立の前に十分な食事を。馬を変える必要もあるでしょうから路銀を多めに持って行きなさい。乗り捨てた当家の馬は私達が回収します」

 「何と心強い……何から何まで感謝致します」

 そうしてサイアはその日の内にラブリアン辺境伯領へ先行。そして、今は辺境伯領の境あたりに迫っていた。
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