上 下
526 / 660
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

除菌、消臭――時に除霊も出来るらしいアレ。①

しおりを挟む
 いきなりの精神感応での連絡に飛び上がったものの。
 こちらの名を名乗って説明と対応を願い、王と先代ラブリアン辺境伯にはこちらから連絡しておくと伝えると、ラブリアン辺境伯は我に返って直ぐに動くと約束してくれた。

 続けてカナールの民が居る場所から一番近い教会の長に精神感応を使う。

 『お、お待ちください! 聖女様、神の刻印は本当に病を遠ざけてくれるのですか!?』

 すると、こちらも飛び上がり――更には寝耳に水だったらしく内容にも悲鳴を上げられた。

 『ここは小さな教会で、居るのは私と数人の修道士ばかり。領都の大きな修道院に頼まれる方が宜しいのではと思うのですが……どうしても私共が行かなければならないのでしょうか』

 透視能力を併用してあちらの様子を窺ってみる。
 怪訝そうな数人の修道士達の視線の中、表向き落ち着いた様子で目を閉じているが、精神感応ではガクブルで泣きそうな情けない声だ。
 何で自分が、しかも賤民……という絶望が物凄く伝わって来る。
 しかしこちらとしては君に動いて貰わねば困るのだよ。領都の修道院は病人にとって遠すぎる。
 まあ、この人数なら何とかなるだろう。

 『ファブリス司祭、神が貴方がたを選ばれました。今こそ信仰心が試されているのです』

 私は威厳たっぷりに言い放つ。音的に除菌消臭してくれそうな名前だし、きっとそう言う意味でも運命に「君に決めた!」とされてるに違いない。
 瞬間、「ああ!」と声を上げ、跪いて顔を覆うファブリス司祭。流石にぎょっとしたのか、修道士達が「司祭様!?」と声を掛けている。しかし司祭にはそれに返事をする余裕は無いようだ。

 『む、無』

 『私が行くまで、私に代わってを保護し、病に苦しむ者の看病をお願いしますね』

 無理、の二文字を司祭が言う前に被せ気味にそう伝えると、相手の心が戸惑いと少しの希望に変化する。

 『せ、聖女様がいらっしゃるのですか……!? 本当に?』

 まさか私直々に動くとは思ってもみなかったようだ。しかしそれで聖女である私がカナールの民達を完全に押し付けようとはしていないということが分かったようで。

 『ええ。急いでそちらに向かいますわ。宜しく頼みますね』

 『そういうことであれば……かしこまりました、聖女様のご命令とあらば私も覚悟を決めましょう』

 ほんのちょっぴり、司祭に過ぎない自分が功を立てて聖女様にお目通り出来る、出世できるかもしれない……そんな期待の混じったお返事である。

 うん、実に人間らしい。その意気や良し――行けっ、ファブリス司祭!

 天然痘患者の隔離にあたって、貝殻を焼いて作る消石灰を撒く措置や煮沸消毒、対症療法等の指示を事細かに伝える。
 その後、オディロン王と前ラブリアン辺境伯に連絡を取り、家族にも話した。

 「待って、何もマリーちゃんが行かなくとも……」

 ママンティヴィーナが動揺して私が行くのに反対している。しかし私は頭を横に振った。
 
 「グレイや前脚ヨハン達にも反対されたけど、私が身を以って神の刻印が有効だと示さなくてはいけないの。それに、種痘を受けているなら疱瘡には罹らないのは事実だし、大丈夫よママン

 何時も通り過ごしていて構わないんだし、と微笑むと、皆心配そうにしながらも安堵の吐息を吐く。しかしトーマス兄だけが「旅行も大丈夫なのか?」と訊いてきた。
 義姉キャロラインは「こんな時だから、やっぱり諦めるべきかしら……」としょんぼりとした様子。
 ふむ……そう言えば二人は数日後にナヴィガポールへの旅行を控えていたっけ。

 「トラス王国は割と種痘が行き渡っているから旅行も問題無いと思うわ。大きな混乱も生じないでしょう。ただ、アン姉は状況を見て種痘を受けて欲しいけれど」

 その場合、ジゼルちゃんには不便をかけてしまうが一ヵ月は乳母に授乳を頼むことになる。
 後でウィッタード公爵家に手紙を書かなければな。


***


 数刻後、私はグレイや父と共にトラントゥール宮殿の石畳を踏んでいた。

 侍従の出迎えで案内された先は、王宮の一室。事が事だけにほぼ密会である。
 ちなみにアルバート王子は外出中で不在。やったぜ。

 疱瘡発生とカナールの民の顛末を報告すると、オディロン王とサリューン枢機卿、前ラブリアン辺境伯は愕然としていた。

 「何と、それで……」

 「僭越ながら、緊急事態でしたのでラブリアン辺境伯に然るべき対応を願い出ましたわ。神の刻印を急ぎ、妊婦等の刻印が出来ぬ者達は隔離保護を、と。
 ああ、勿論神の刻印のある人々は何時も通り生活していても大丈夫」

 それと、マンデーズ教会のファブリス司祭にカナールの民の保護と病人の看病を頼んだのですが、こちらがその内容なんですの。

 そう言うと、グレイがこちらです、と書付を渡す。
 中身は美文字に定評のあるグレイが書いてくれた、『疱瘡の病人が出てしまった場合の共通の対応策』である。
勿論サングマ教皇にも全て通知済。
 それを受け取ったオディロン王が、「すぐにこれを纏めて勅命の早馬を飛ばすように致します」と侍従に書付を渡した。

 「こうしてはいられません、私も種痘を急がせましょう」

 サリューン枢機卿が慌ただしく出て行く。
 残されたトラス王は、私に祈りの所作をした。

 「聖女様がこの国にお生まれになったこと、このオディロン、今日程感謝したことはございません」

 「感謝するのはまだ早いと思いますわ」

 疱瘡流行が拡大するにつれ、種痘接種率が低い国の生産能力がガタ落ちになるだろう。きっと、混乱と損失は後々まで尾を引くに違いない。
 流行病と経済の混乱で貧した国が、ある場所から奪えと戦争を仕掛けて来る可能性も否定出来ない。
 具体的には、エスパーニャ王国、アルビオン王国、神聖アレマニア帝国――

 肩を竦めた私にオディロン王は慌てだし、礼を述べ断るなり席を立った。

 出て行った扉の向こうから、「大臣達を緊急招集せよ!」等と侍従に言いつけている声が響く。父もこちらをじろりと睨んでからオディロン王について行った。きっとこれから対応策を練るのだろう。
 残された前ラブリアン辺境伯が、こちらを見た。

 「聖女様は先程当家領地へ向かわれると仰いましたが――」

 「ええ、帰って直ぐに向かおうと思っておりますの。私の民を迎えに」

 「それではしばし猶予を。これより手紙を認めますので。それがあれば我が領で聖女様の行動を妨げる者はおりますまい」

 「まあ、お心遣いありがとうございます」

 こうして私はさきのラブリアン辺境伯の印籠――自由通行手形フリーパスを手に入れた!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※長くなりそうなので、長編に変えました。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船
恋愛
子爵令嬢であるアイーシャは、義母と義父、そして義妹によって子爵家で肩身の狭い毎日を送っていた。 辛い日々も、学園に入学するまで、婚約者のベルトルトと結婚するまで、と自分に言い聞かせていたある日。 義妹であるエリシャの部屋から楽しげに笑う自分の婚約者、ベルトルトの声が聞こえてきた。 【誤字報告を頂きありがとうございます!💦この場を借りてお礼申し上げます】

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。