貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

除菌、消臭――時に除霊も出来るらしいアレ。①

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 いきなりの精神感応での連絡に飛び上がったものの。
 こちらの名を名乗って説明と対応を願い、王と先代ラブリアン辺境伯にはこちらから連絡しておくと伝えると、ラブリアン辺境伯は我に返って直ぐに動くと約束してくれた。

 続けてカナールの民が居る場所から一番近い教会の長に精神感応を使う。

 『お、お待ちください! 聖女様、神の刻印は本当に病を遠ざけてくれるのですか!?』

 すると、こちらも飛び上がり――更には寝耳に水だったらしく内容にも悲鳴を上げられた。

 『ここは小さな教会で、居るのは私と数人の修道士ばかり。領都の大きな修道院に頼まれる方が宜しいのではと思うのですが……どうしても私共が行かなければならないのでしょうか』

 透視能力を併用してあちらの様子を窺ってみる。
 怪訝そうな数人の修道士達の視線の中、表向き落ち着いた様子で目を閉じているが、精神感応ではガクブルで泣きそうな情けない声だ。
 何で自分が、しかも賤民……という絶望が物凄く伝わって来る。
 しかしこちらとしては君に動いて貰わねば困るのだよ。領都の修道院は病人にとって遠すぎる。
 まあ、この人数なら何とかなるだろう。

 『ファブリス司祭、神が貴方がたを選ばれました。今こそ信仰心が試されているのです』

 私は威厳たっぷりに言い放つ。音的に除菌消臭してくれそうな名前だし、きっとそう言う意味でも運命に「君に決めた!」とされてるに違いない。
 瞬間、「ああ!」と声を上げ、跪いて顔を覆うファブリス司祭。流石にぎょっとしたのか、修道士達が「司祭様!?」と声を掛けている。しかし司祭にはそれに返事をする余裕は無いようだ。

 『む、無』

 『私が行くまで、私に代わってを保護し、病に苦しむ者の看病をお願いしますね』

 無理、の二文字を司祭が言う前に被せ気味にそう伝えると、相手の心が戸惑いと少しの希望に変化する。

 『せ、聖女様がいらっしゃるのですか……!? 本当に?』

 まさか私直々に動くとは思ってもみなかったようだ。しかしそれで聖女である私がカナールの民達を完全に押し付けようとはしていないということが分かったようで。

 『ええ。急いでそちらに向かいますわ。宜しく頼みますね』

 『そういうことであれば……かしこまりました、聖女様のご命令とあらば私も覚悟を決めましょう』

 ほんのちょっぴり、司祭に過ぎない自分が功を立てて聖女様にお目通り出来る、出世できるかもしれない……そんな期待の混じったお返事である。

 うん、実に人間らしい。その意気や良し――行けっ、ファブリス司祭!

 天然痘患者の隔離にあたって、貝殻を焼いて作る消石灰を撒く措置や煮沸消毒、対症療法等の指示を事細かに伝える。
 その後、オディロン王と前ラブリアン辺境伯に連絡を取り、家族にも話した。

 「待って、何もマリーちゃんが行かなくとも……」

 ママンティヴィーナが動揺して私が行くのに反対している。しかし私は頭を横に振った。
 
 「グレイや前脚ヨハン達にも反対されたけど、私が身を以って神の刻印が有効だと示さなくてはいけないの。それに、種痘を受けているなら疱瘡には罹らないのは事実だし、大丈夫よママン

 何時も通り過ごしていて構わないんだし、と微笑むと、皆心配そうにしながらも安堵の吐息を吐く。しかしトーマス兄だけが「旅行も大丈夫なのか?」と訊いてきた。
 義姉キャロラインは「こんな時だから、やっぱり諦めるべきかしら……」としょんぼりとした様子。
 ふむ……そう言えば二人は数日後にナヴィガポールへの旅行を控えていたっけ。

 「トラス王国は割と種痘が行き渡っているから旅行も問題無いと思うわ。大きな混乱も生じないでしょう。ただ、アン姉は状況を見て種痘を受けて欲しいけれど」

 その場合、ジゼルちゃんには不便をかけてしまうが一ヵ月は乳母に授乳を頼むことになる。
 後でウィッタード公爵家に手紙を書かなければな。


***


 数刻後、私はグレイや父と共にトラントゥール宮殿の石畳を踏んでいた。

 侍従の出迎えで案内された先は、王宮の一室。事が事だけにほぼ密会である。
 ちなみにアルバート王子は外出中で不在。やったぜ。

 疱瘡発生とカナールの民の顛末を報告すると、オディロン王とサリューン枢機卿、前ラブリアン辺境伯は愕然としていた。

 「何と、それで……」

 「僭越ながら、緊急事態でしたのでラブリアン辺境伯に然るべき対応を願い出ましたわ。神の刻印を急ぎ、妊婦等の刻印が出来ぬ者達は隔離保護を、と。
 ああ、勿論神の刻印のある人々は何時も通り生活していても大丈夫」

 それと、マンデーズ教会のファブリス司祭にカナールの民の保護と病人の看病を頼んだのですが、こちらがその内容なんですの。

 そう言うと、グレイがこちらです、と書付を渡す。
 中身は美文字に定評のあるグレイが書いてくれた、『疱瘡の病人が出てしまった場合の共通の対応策』である。
勿論サングマ教皇にも全て通知済。
 それを受け取ったオディロン王が、「すぐにこれを纏めて勅命の早馬を飛ばすように致します」と侍従に書付を渡した。

 「こうしてはいられません、私も種痘を急がせましょう」

 サリューン枢機卿が慌ただしく出て行く。
 残されたトラス王は、私に祈りの所作をした。

 「聖女様がこの国にお生まれになったこと、このオディロン、今日程感謝したことはございません」

 「感謝するのはまだ早いと思いますわ」

 疱瘡流行が拡大するにつれ、種痘接種率が低い国の生産能力がガタ落ちになるだろう。きっと、混乱と損失は後々まで尾を引くに違いない。
 流行病と経済の混乱で貧した国が、ある場所から奪えと戦争を仕掛けて来る可能性も否定出来ない。
 具体的には、エスパーニャ王国、アルビオン王国、神聖アレマニア帝国――

 肩を竦めた私にオディロン王は慌てだし、礼を述べ断るなり席を立った。

 出て行った扉の向こうから、「大臣達を緊急招集せよ!」等と侍従に言いつけている声が響く。父もこちらをじろりと睨んでからオディロン王について行った。きっとこれから対応策を練るのだろう。
 残された前ラブリアン辺境伯が、こちらを見た。

 「聖女様は先程当家領地へ向かわれると仰いましたが――」

 「ええ、帰って直ぐに向かおうと思っておりますの。私の民を迎えに」

 「それではしばし猶予を。これより手紙を認めますので。それがあれば我が領で聖女様の行動を妨げる者はおりますまい」

 「まあ、お心遣いありがとうございます」

 こうして私はさきのラブリアン辺境伯の印籠――自由通行手形フリーパスを手に入れた!
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