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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
カンダタよ……。
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それが来る予感はしていても、もう少し先のことだと考えていた。
フソウ人奴隷(名はヨシヒコ。因みに名前からして日本語を話すのかと思いきや、彼が話していた言葉は何時ぞや前世のネットで見た古代発音に近かった。米だの水田だの、所々辛うじて理解が及ぶ単語がある他は東南アジアの言葉を聞いているようでさっぱりである)と交流を図り、米作りをしてもらう算段が整ってきて。
つい先日なんかはアン姉が可愛らしい姪っ子ジゼルちゃんを産んだばかり。
全てが順調で、喜びに満ちていた日々だったと思っていたのに。
ここにきて、まさかの天然痘発生である。
サイアの爆弾発言ともいえる救命嘆願に、その場の皆に緊張が走った。
皆、一瞬でサイアから露骨に距離を取る。
「っ、マリー様に近付くな!」
「お前も疱瘡になっているのではあるまいな!?」
馬の脚共がサイアを詰問し、サリーナが私を庇うように前へ進み出る。カールも険しい表情で顔を引き攣らせたグレイを守っていた。
おおっと、溜息を吐いている場合じゃなかった。私はパンパンと手を叩く。
はい、注目。
「お前達、サリーナも。ここにいる皆に言っておくわ。神の刻印が効いているから、たとえサイアが疱瘡に罹っていたとしても恐れることはないわ」
だから安心なさい、と断言する。
「しかし」
躊躇うサリーナの肩を軽く叩いて大丈夫だからと微笑み、私はサイアから見えるように動いた。
「それで、サイア。貴方自身は種痘――神の刻印は受けたの?」
病人が出た、ということは患者に接触している可能性がある。
見た所まだ発症はしていないようだが――
私の問いかけに、サイアは上着を脱いで腕を見せた。
そこから種痘の瘢痕――神の刻印が現れる。
「この通り、疱瘡の病人が出てすぐに。病に罹っていない者達全員を説得して受けました。それと、私が帰った時には集落の大人達は既に受けておりました。聖職者達は、刻印はカナールの民に優先的に受けさせてやるから喜べ、と」
そこで一旦気まずそうに口籠る。
「……その、牛馬のできものを人に植え付けるということで」
なんとまあ。
恐らくアレマニア帝国でも同じようなことが起こっているのだろうな。
だが、今回はそれが却って良い結果となったようだ。
「そう……実験台にされたのね。良い判断よ、サイア。ということは、疱瘡に罹っているのは子供かしら?」
「刻印を受けていなかった女子供数人です。一週間程前に山で行き倒れていた者を葬ったのだと。亡骸は獣に食われて原型を留めて居なかったそうですが、恐らくは、」
「それね……」
その行き倒れ死体が感染源に間違いないだろう。
私は透視能力を使って状況を探る。カナールの民の住まう山に近い村落の民達の記憶を読んで行くと――
「村に疱瘡が出たことを隠ぺいするために、病人を無理やり山に行かせて獣に食わせたんだわ……」
「な……それは本当ですか!?」
サイアの表情が驚愕と怒りに彩られた。無理もない。
胸糞悪くなりながらも私は頷く。
更に透視を重ねて探っていくと、天然痘は奴隷貿易船の船乗りからもたらされていた。
その船乗りは、天然痘ウイルスを持っていた野生動物と接触感染していた奴隷から感染。
エスパーニャの港町に立ち寄って、買い出しに来ていた村人を感染させ。その村人が病を持ち帰ってしまった。
発症者が出た村人は震えあがった。
このまま馬鹿正直に報告すれば小さな貧しい寒村は疱瘡を出した村として罪に問われ、村ごと消されてしまうだろう。
そこで考え出したのが、病で死んだ者の亡骸を獣に食わせて証拠隠滅を図るというもの。そしてその亡骸を憐れんだカナールの民が感染してしまったのである。
亡骸を葬っていたのを見ていた村人は、その事実を代官にリーク。代官はすぐさま中央に報告へと動いた。
そして早馬で知らせを受けたエスパーニャ王及びレアンドロ王子は、聖女の夫暗殺の実行犯諸共闇に葬るべきだと考えを変え――民族浄化に踏み切ったのだ。
丁度その直前、サイアから暗殺が半分成功してグレイが傷を負って寝込んでいると報告をしたのもその一因だろう。
私の意趣返しである鳥の糞爆撃を受けて神を恐れていたところに、疱瘡の病という証拠隠滅の口実が出来た。
全く愚かなことだと思う。まるで蜘蛛の糸のようだ。
他者を犠牲にして自分達だけ助かろうとしたって、その糸はぷつんと切れてしまう。
病人を見殺しにし、一時的にカナールの民に目を向けさせたって、今頃村では発症者が出ていることだろう。
種痘を受けていなければ、天然痘は火が燃え広がるように蔓延する。
更にカナールの民の現状を透視する。
「カナールの民が現在居るのは――ラブリアン辺境伯の領地ね」
トラス王国側に山越えをして逃げて来た彼らは疲弊しきっている。
病人も今にも死にそうだ。迅速に保護に動かねばならない。
私はまず、現ラブリアン辺境伯を探し出すと精神感応を使った。
フソウ人奴隷(名はヨシヒコ。因みに名前からして日本語を話すのかと思いきや、彼が話していた言葉は何時ぞや前世のネットで見た古代発音に近かった。米だの水田だの、所々辛うじて理解が及ぶ単語がある他は東南アジアの言葉を聞いているようでさっぱりである)と交流を図り、米作りをしてもらう算段が整ってきて。
つい先日なんかはアン姉が可愛らしい姪っ子ジゼルちゃんを産んだばかり。
全てが順調で、喜びに満ちていた日々だったと思っていたのに。
ここにきて、まさかの天然痘発生である。
サイアの爆弾発言ともいえる救命嘆願に、その場の皆に緊張が走った。
皆、一瞬でサイアから露骨に距離を取る。
「っ、マリー様に近付くな!」
「お前も疱瘡になっているのではあるまいな!?」
馬の脚共がサイアを詰問し、サリーナが私を庇うように前へ進み出る。カールも険しい表情で顔を引き攣らせたグレイを守っていた。
おおっと、溜息を吐いている場合じゃなかった。私はパンパンと手を叩く。
はい、注目。
「お前達、サリーナも。ここにいる皆に言っておくわ。神の刻印が効いているから、たとえサイアが疱瘡に罹っていたとしても恐れることはないわ」
だから安心なさい、と断言する。
「しかし」
躊躇うサリーナの肩を軽く叩いて大丈夫だからと微笑み、私はサイアから見えるように動いた。
「それで、サイア。貴方自身は種痘――神の刻印は受けたの?」
病人が出た、ということは患者に接触している可能性がある。
見た所まだ発症はしていないようだが――
私の問いかけに、サイアは上着を脱いで腕を見せた。
そこから種痘の瘢痕――神の刻印が現れる。
「この通り、疱瘡の病人が出てすぐに。病に罹っていない者達全員を説得して受けました。それと、私が帰った時には集落の大人達は既に受けておりました。聖職者達は、刻印はカナールの民に優先的に受けさせてやるから喜べ、と」
そこで一旦気まずそうに口籠る。
「……その、牛馬のできものを人に植え付けるということで」
なんとまあ。
恐らくアレマニア帝国でも同じようなことが起こっているのだろうな。
だが、今回はそれが却って良い結果となったようだ。
「そう……実験台にされたのね。良い判断よ、サイア。ということは、疱瘡に罹っているのは子供かしら?」
「刻印を受けていなかった女子供数人です。一週間程前に山で行き倒れていた者を葬ったのだと。亡骸は獣に食われて原型を留めて居なかったそうですが、恐らくは、」
「それね……」
その行き倒れ死体が感染源に間違いないだろう。
私は透視能力を使って状況を探る。カナールの民の住まう山に近い村落の民達の記憶を読んで行くと――
「村に疱瘡が出たことを隠ぺいするために、病人を無理やり山に行かせて獣に食わせたんだわ……」
「な……それは本当ですか!?」
サイアの表情が驚愕と怒りに彩られた。無理もない。
胸糞悪くなりながらも私は頷く。
更に透視を重ねて探っていくと、天然痘は奴隷貿易船の船乗りからもたらされていた。
その船乗りは、天然痘ウイルスを持っていた野生動物と接触感染していた奴隷から感染。
エスパーニャの港町に立ち寄って、買い出しに来ていた村人を感染させ。その村人が病を持ち帰ってしまった。
発症者が出た村人は震えあがった。
このまま馬鹿正直に報告すれば小さな貧しい寒村は疱瘡を出した村として罪に問われ、村ごと消されてしまうだろう。
そこで考え出したのが、病で死んだ者の亡骸を獣に食わせて証拠隠滅を図るというもの。そしてその亡骸を憐れんだカナールの民が感染してしまったのである。
亡骸を葬っていたのを見ていた村人は、その事実を代官にリーク。代官はすぐさま中央に報告へと動いた。
そして早馬で知らせを受けたエスパーニャ王及びレアンドロ王子は、聖女の夫暗殺の実行犯諸共闇に葬るべきだと考えを変え――民族浄化に踏み切ったのだ。
丁度その直前、サイアから暗殺が半分成功してグレイが傷を負って寝込んでいると報告をしたのもその一因だろう。
私の意趣返しである鳥の糞爆撃を受けて神を恐れていたところに、疱瘡の病という証拠隠滅の口実が出来た。
全く愚かなことだと思う。まるで蜘蛛の糸のようだ。
他者を犠牲にして自分達だけ助かろうとしたって、その糸はぷつんと切れてしまう。
病人を見殺しにし、一時的にカナールの民に目を向けさせたって、今頃村では発症者が出ていることだろう。
種痘を受けていなければ、天然痘は火が燃え広がるように蔓延する。
更にカナールの民の現状を透視する。
「カナールの民が現在居るのは――ラブリアン辺境伯の領地ね」
トラス王国側に山越えをして逃げて来た彼らは疲弊しきっている。
病人も今にも死にそうだ。迅速に保護に動かねばならない。
私はまず、現ラブリアン辺境伯を探し出すと精神感応を使った。
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