貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(116)

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 「わあ、可愛い!」

 マリーが歓声を上げ目を細めている。
 僕達の目の前に並べられた鳥籠。
 その中にはまだ若い鳥が一羽ずつ丁寧に入れられていた。

 ――全く、先刻は酷い目に遭った。

 今の僕は例によって『カラバ男爵』になっている。ルフナー子爵家に里帰りを果たした僕は、つい先程まで家族と部下によって散々笑い者にされていたのだ。
 意外な事に一番笑ったのは祖母と母。アールが調子に乗って父ブルックの隣に僕を立たせ、見比べられた。
 散々見世物になった後。笑いを堪えたジャン・バティストによって部屋に案内され、やっと人心地付いたという訳である。

 まあ、家族には色々と心配を掛けてしまっていた分、笑って貰えたと思っておこう。

 僕が気を取り直したところで、お茶の用意が運ばれて来た。
 マリーが心配そうにヘドヴァンを見つめる。

 「仲良くなれそうな子が居ればいいんだけど……」

 「じゃあ出すよ、マリーお姉ちゃま!」

 部屋の窓や扉を閉めた上で、イサーク様がヘドヴァンを籠から出す。お見合いでいう、いわゆる「後はお若い方達で」というやつである。
 ヘドヴァンを暫く自由にさせて様子を見ながら――その間、僕達は少し離れた場所で待つという流れだ。

 自由の身になったヘドヴァンは、籠の中にいる同族達に興奮したのか「マリーチャンカワイイ!」「マリーチャンステキ!」等と喋り始めた。
 時折、鳥本来の鳴き声も混じっている。じっと観察していると、籠の中から威嚇されながらあちこちうろつき回った挙句に一つの籠に辿り着いた。
 その籠の中の個体を気に入ったらしく、やや広がるヘドヴァンの翼。

 ――ケッコンオメデトー! ピピッ、マリーチャンカワイイ!

 籠の中の相手も興味を示したらしく、ヘドヴァンを追い払うことも無くじっと観察しているようだった。
 マリーは上機嫌で紅茶を傾けている。

 「うふふ、良い言葉だって分かるのかしら?」

 ――コラッ、チョウシニノルナ!

 「「ぷふっ!」」

 その瞬間、あまりのタイミングの良さに僕とイサーク様は同時に噴き出た。
 マリーが顔を真っ赤にさせて「酷いわ!」と手をブンブンさせてふくれっ面。

 と。

 ――ピピッ、ニンゲンニ、ニンゲンニモドシテエエエエ!

 例の言葉を吐き捨てるヘドヴァン。
 ぴたりとマリーの手が止まった。
 ギギギ、と音がしそうな動きでイサーク様を見る。

 「……今の、イサークの声よね?」

 「えへへ、面白いかったからつい。ごめんねマリーお姉ちゃま」

 まだくすくす笑いながらイサーク様は可愛らしく舌をぺろり。
 あの時のことを思い出した僕は微笑みながら太ももを強く抓った。
 何も知らないマリーは「もう、悪戯っ子なんだから!」とめっとしている。
 僕は話題を切り替えるべく口を開いた。

 「それはそうと、ヘドヴァンの相手が決まったみたいだね」

 良かった良かった、と思っていると。

 ――チョウシニノルナ! チョウシニノルナ、ニンゲンッ!

 ヘドヴァンがそんなことを口走った。マリーがぎょっとしたようにヘドヴァンを見る。

 「ちょっ……」

 「凄い、単語を組み合わせて新たな文章が!」

 僕がある種の感動を覚えていると、

 ――ハーッハッハッハッハ!

 今度は男性のものらしき高笑いが響いて来た。何だか聞き覚えがあるような。
 マリーが首を傾げる。

 「え、誰の声?」

 「父様だよマリーお姉ちゃま。僕が教えた言葉が面白かったみたいで、ヘドヴァンの前でよく大笑いしてた」

 「やだヘドヴァン、魔王みたい」

 奇妙なことにそれが決め手になったようで、お相手はその時初めてヘドヴァンに近付いた。鳥の感性は人間には推し測れないものだ。
 籠から出してみても、喧嘩することは無かったので決定となる。
 マリーはヘドヴァンが選んだ相手にコルナと名付けた。
 理由を聞いたけれど、ヘドヴァンに似合う名前だからと。そういうものらしい。


***


 「……それで、三の姫達にも秘密にするべき話とは何だ?」

 ヘドヴァンの伴侶が決まった後、僕はやるべき仕事があるから先に帰っていて欲しいとマリーに告げた。しかし彼女はアナベラ様とお茶をして待っていてくれるという。ちなみに共に来たヤンとシャルマンはジャン・バティストのところだ。
 ルフナー子爵家の応接室。人払いを頼み、祖父エディアール、父ブルック、兄のアール、そして僕だけにして貰った。事情を知っているカールには扉の傍に控えて貰っている。
 父ブルックの問いかけに、僕は「我が家だけに関わることなんだけど」と前置きして騎士ドナルドの話をする。そして、自分の考えも。
 全てを聞き終わると、嘆息する祖父。

 「……何と。我が家がのう」

 「今更だし、俺達は王族って柄じゃないな」と驚いたのも束の間、肩を竦める父。その通りだ、とアールが頷いた。

 「それに情勢から考えてカレドニア王位は火中の栗、うっかり拾えば火傷どころじゃ済まないぞ」

 うん、僕もそう思う。
 出来れば波風立たせず平和に長生きしたい。

 「きっぱり断ったけれど、ドナルド卿は諦めていないようなんだ。僕が駄目なら三人にって話を持って来るかも知れない。だから気を付けていて欲しい」

 そう言うと、アールが分かったと頷いて祖父を見た。

 「例の指輪はどうする?」

 「我が家が持っていてものう。いっそリュサイ女王陛下にお返しするべきか……」

 深刻な表情で考え込む祖父エディアール。それがカレドニア王である証ともなるのならば、あるべきところに返すのが一番だろう。
 カレドニアやアルビオンに知られて命の危険にさらされるのは嫌だし。

 「それが良いかも知れないね」

 「グレイ、お前が肌身離さず持っておくのが一番だと思う」

 アールが箱を持って来て、指輪を僕に渡しながらそう言った。
 一番女王リュサイに接触できるのは確かに自分かも知れない。
 中指に受け取った指輪を嵌めてみると、まるであつらえたかのようにぴたりと嵌り、僕は溜息を吐いた。
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