上 下
519 / 674
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(113)

しおりを挟む
 ルフナー子爵家ではグレイ猊下の祖父母両親の他、ルフナー子爵でグレイ猊下の兄アール卿、その妻で聖女の姉の美しいアナベラ夫人とも面識を得ることが出来た。
 挨拶を交わした後は食事がてら雑談、商談の話に興じる。
 カレドニア王国のことやその周辺情勢の話題を交えながら、ブルック子爵は大量の羊毛や織物を買い上げることに同意してくれた。
 トントン拍子に行き過ぎて、騎士ドナルドは逆に心配になる。

 「私が言うのも何ですが、そのように大量に仕入れて大丈夫なのですか?」

 フェ―リアもそう安いものではない。買って貰えるのは嬉しいが――
 すると、ブルック子爵は意味ありげにニヤリと笑った。

 「何、採算は取れているようなもの。聞けば、独自の格子模様の衣装を息子夫婦に贈る約束をされたとか?
 グレイは兎も角、少なくとも聖女であるマリーが身に纏ったという事実があれば貴族達はこぞって欲しがるでしょうな」

 王宮に、教会関係者に――マリーが身に纏えばキャンディ伯爵家の方々も着る可能性が高い。ましてや、キャンディ伯爵家の方々は社交界の憧れでな。あの方々が身に纏えば間違いなしだ。
 それに毛織物は温かい。秋冬になれば格子模様を取り入れた衣装が必ず流行する。
 そうブルック子爵は断言した。実際、今の流行はアヤスラニ帝国風であり、それも聖女が関係しているという。
 貴殿は幸運だったな、とまで言われ。聖女という存在の影響力の大きさに改めて瞠目する騎士ドナルド。

 「格子模様の布――ドナルド卿がお召しになっている生地と同じようなものかしら?」

 アナベラ夫人に問われ、騎士ドナルドは頷く。「聖女様とグレイ猊下にお贈りするものはもう少し明るく鮮やかな色で、これよりもやや薄く、柔らかい最高品質のものですが」

 「まあ、少し触らせて頂いても?」

 承諾すると、アナベラ夫人がしずしずと立ち上がって近付いて来た。
 フェ―リアの裾を差し出すと、質感を確かめるように指で摘まんでいる。
 アール卿もやって来た。

 「温かそうですわ。これより薄く柔らかいのなら確かに秋冬のドレスにぴったりですわね」

 「確かに」

 「聖女様の誕生会に間に合えば実際の衣装をご覧頂けるかと」

 「まあ! 気に入ったら私も一枚お願いしようかしら。楽しみね」

 内心、アナベラ夫人にもドレスが気に入られればと期待を抱く騎士ドナルド。
 後で、明るく鮮やかな色で新たな格子模様案を幾つか考えておくように、と陛下に祖国へ手紙を書いて頂いた方が良いかも知れないと思った時。

 「それにしても、ドナルド卿とアールの髪の色は似通っていますわね」

 とレピーシェ夫人。グレイ猊下の祖母、パレディーテ・フォートナム男爵夫人がこちらを見る。

 「カレドニア王国では赤髪の人間が多いと聞いております」

 「その通りです、パレディーテ様。我が国では赤毛は火の神の血を引くと言われており、昔は多くいたそうです。今は混血が進んでおりますが――赤毛を持つ人間の血筋を辿れば、祖先はカレドニアやその周辺地域に居たのかも知れません」

 「はっはっは、今でこそ白髪じゃが、儂も昔は鮮やかな赤毛でな。ドナルド卿には親近感を感じておった。案外元は同じかも知れんのう。おお、そう言えば儂が父親から受け継いだ妙な箱があったな。これも何かの縁じゃろう、ドナルド卿ならば何か分かるかのう?」

 そう言ってエディアール・フォートナム男爵は使用人に箱を持ってくるように命じた。
 運ばれて来たそれは、一見何の変哲も無さそうな古ぼけた木箱。

 「拝見致します」

 蓋を開けてみると中は空っぽである。ただ、そこに刻まれた文字には見覚えがあった。

 「これは……」

 「ああ、それか。何でも、北の方で使われておる古いまじないの文字らしい。儂らにはよう分からんが、大方箱の中身を守るためのものじゃないかと思うておる」

 騎士ドナルドは震える指をそれ――古代文字ルーンに走らせる。
 読み方は知っていた。刻まれてあった文言は。

 『獅子王の魂は奥底に眠る――いつか来るその日まで』

 騎士ドナルドはふと思いついて箱の底板に触れる。
 その隅に不自然な小さな穴があったので、食事用の楊枝を借りてそこに差し込み持ち上げてみた。

 「あっ!?」

 果たして、底板は持ち上がる。
 その下にあった羊毛の塊を取り出して改めると、獅子の印章が描かれた黄金の指輪。

 「マク・ラセフ……」

 その指輪に刻まれていた文字を読んだ騎士ドナルドは、呆然と呟く。頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。

 『火の息子マク・ラセフ』――これは間違いなく失われたオブライエン王家の指輪! ――ということは、ルフナー子爵家の父方の血はオブライエン王家!?

 カレドニア王国は、かつてアルビオン王国に屈した歴史がある。王は代々赤髪であり、火の神の血筋だと誇りにしてきた。

 しかしそこへ火の神は罪深い神だと教え赤毛を嫌う教会がやってきて、アルビオン王国の後ろ盾を得て布教し始めてから状況が変わる。
 教会は、人々の貧しさや当時起こった不作や疫病に付け込み、巧みに人心を掴んで勢力を伸ばしていった。
 そして、カレドニア王国を乗っ取ろうとするアルビオン王国と共謀し、第二王子を王に据えんと動いたのである。
 当然の帰結として王位継承権争いが勃発。カレドニア王国に戦が起こった。
 戦の結果――教会とアルビオン王国側が勝利を収めることとなる。カレドニア王国はアルビオン王国に乗っ取られる形となってしまった。

 今はカレドニア王国は独立しているが――その歴史があり、今のオブライエン王家はアルビオン王家の血も流れている。
 その時の王位継承争いで負け、アルビオン王家に屈するのを良しとせず姿を消した第一王子によって、この指輪は紛失したと伝えられていた――筈だった。
 ここで騎士ドナルドが発見するまでは。

 グレイ猊下とその兄アール卿の色彩を見れば、女王リュサイ以上に濃い王家の血であろうことは何となく分かる。
 それも、アルビオン王家の血が入っていない――何より、初代カレドニア王や姿を消した王子はグレイ猊下のような燃えるような髪と鮮やかな新緑の瞳をしていた、と。

 ……何という事だ。

 騎士ドナルドは天を仰いだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。