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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
グレイ・ダージリン(113)
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ルフナー子爵家ではグレイ猊下の祖父母両親の他、ルフナー子爵でグレイ猊下の兄アール卿、その妻で聖女の姉の美しいアナベラ夫人とも面識を得ることが出来た。
挨拶を交わした後は食事がてら雑談、商談の話に興じる。
カレドニア王国のことやその周辺情勢の話題を交えながら、ブルック子爵は大量の羊毛や織物を買い上げることに同意してくれた。
トントン拍子に行き過ぎて、騎士ドナルドは逆に心配になる。
「私が言うのも何ですが、そのように大量に仕入れて大丈夫なのですか?」
フェ―リアもそう安いものではない。買って貰えるのは嬉しいが――
すると、ブルック子爵は意味ありげにニヤリと笑った。
「何、採算は取れているようなもの。聞けば、独自の格子模様の衣装を息子夫婦に贈る約束をされたとか?
グレイは兎も角、少なくとも聖女であるマリーが身に纏ったという事実があれば貴族達はこぞって欲しがるでしょうな」
王宮に、教会関係者に――マリーが身に纏えばキャンディ伯爵家の方々も着る可能性が高い。ましてや、キャンディ伯爵家の方々は社交界の憧れでな。あの方々が身に纏えば間違いなしだ。
それに毛織物は温かい。秋冬になれば格子模様を取り入れた衣装が必ず流行する。
そうブルック子爵は断言した。実際、今の流行はアヤスラニ帝国風であり、それも聖女が関係しているという。
貴殿は幸運だったな、とまで言われ。聖女という存在の影響力の大きさに改めて瞠目する騎士ドナルド。
「格子模様の布――ドナルド卿がお召しになっている生地と同じようなものかしら?」
アナベラ夫人に問われ、騎士ドナルドは頷く。「聖女様とグレイ猊下にお贈りするものはもう少し明るく鮮やかな色で、これよりもやや薄く、柔らかい最高品質のものですが」
「まあ、少し触らせて頂いても?」
承諾すると、アナベラ夫人がしずしずと立ち上がって近付いて来た。
フェ―リアの裾を差し出すと、質感を確かめるように指で摘まんでいる。
アール卿もやって来た。
「温かそうですわ。これより薄く柔らかいのなら確かに秋冬のドレスにぴったりですわね」
「確かに」
「聖女様の誕生会に間に合えば実際の衣装をご覧頂けるかと」
「まあ! 気に入ったら私も一枚お願いしようかしら。楽しみね」
内心、アナベラ夫人にもドレスが気に入られればと期待を抱く騎士ドナルド。
後で、明るく鮮やかな色で新たな格子模様案を幾つか考えておくように、と陛下に祖国へ手紙を書いて頂いた方が良いかも知れないと思った時。
「それにしても、ドナルド卿とアールの髪の色は似通っていますわね」
とレピーシェ夫人。グレイ猊下の祖母、パレディーテ・フォートナム男爵夫人がこちらを見る。
「カレドニア王国では赤髪の人間が多いと聞いております」
「その通りです、パレディーテ様。我が国では赤毛は火の神の血を引くと言われており、昔は多くいたそうです。今は混血が進んでおりますが――赤毛を持つ人間の血筋を辿れば、祖先はカレドニアやその周辺地域に居たのかも知れません」
「はっはっは、今でこそ白髪じゃが、儂も昔は鮮やかな赤毛でな。ドナルド卿には親近感を感じておった。案外元は同じかも知れんのう。おお、そう言えば儂が父親から受け継いだ妙な箱があったな。これも何かの縁じゃろう、ドナルド卿ならば何か分かるかのう?」
そう言ってエディアール・フォートナム男爵は使用人に箱を持ってくるように命じた。
運ばれて来たそれは、一見何の変哲も無さそうな古ぼけた木箱。
「拝見致します」
蓋を開けてみると中は空っぽである。ただ、そこに刻まれた文字には見覚えがあった。
「これは……」
「ああ、それか。何でも、北の方で使われておる古い呪いの文字らしい。儂らにはよう分からんが、大方箱の中身を守るためのものじゃないかと思うておる」
騎士ドナルドは震える指をそれ――古代文字ルーンに走らせる。
読み方は知っていた。刻まれてあった文言は。
『獅子王の魂は奥底に眠る――いつか来るその日まで』
騎士ドナルドはふと思いついて箱の底板に触れる。
その隅に不自然な小さな穴があったので、食事用の楊枝を借りてそこに差し込み持ち上げてみた。
「あっ!?」
果たして、底板は持ち上がる。
その下にあった羊毛の塊を取り出して改めると、獅子の印章が描かれた黄金の指輪。
「マク・ラセフ……」
その指輪に刻まれていた文字を読んだ騎士ドナルドは、呆然と呟く。頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。
『火の息子』――これは間違いなく失われたオブライエン王家の指輪! ――ということは、ルフナー子爵家の父方の血はオブライエン王家!?
カレドニア王国は、かつてアルビオン王国に屈した歴史がある。王は代々赤髪であり、火の神の血筋だと誇りにしてきた。
しかしそこへ火の神は罪深い神だと教え赤毛を嫌う教会がやってきて、アルビオン王国の後ろ盾を得て布教し始めてから状況が変わる。
教会は、人々の貧しさや当時起こった不作や疫病に付け込み、巧みに人心を掴んで勢力を伸ばしていった。
そして、カレドニア王国を乗っ取ろうとするアルビオン王国と共謀し、第二王子を王に据えんと動いたのである。
当然の帰結として王位継承権争いが勃発。カレドニア王国に戦が起こった。
戦の結果――教会とアルビオン王国側が勝利を収めることとなる。カレドニア王国はアルビオン王国に乗っ取られる形となってしまった。
今はカレドニア王国は独立しているが――その歴史があり、今のオブライエン王家はアルビオン王家の血も流れている。
その時の王位継承争いで負け、アルビオン王家に屈するのを良しとせず姿を消した第一王子によって、この指輪は紛失したと伝えられていた――筈だった。
ここで騎士ドナルドが発見するまでは。
グレイ猊下とその兄アール卿の色彩を見れば、女王リュサイ以上に濃い王家の血であろうことは何となく分かる。
それも、アルビオン王家の血が入っていない――何より、初代カレドニア王や姿を消した王子はグレイ猊下のような燃えるような髪と鮮やかな新緑の瞳をしていた、と。
……何という事だ。
騎士ドナルドは天を仰いだ。
挨拶を交わした後は食事がてら雑談、商談の話に興じる。
カレドニア王国のことやその周辺情勢の話題を交えながら、ブルック子爵は大量の羊毛や織物を買い上げることに同意してくれた。
トントン拍子に行き過ぎて、騎士ドナルドは逆に心配になる。
「私が言うのも何ですが、そのように大量に仕入れて大丈夫なのですか?」
フェ―リアもそう安いものではない。買って貰えるのは嬉しいが――
すると、ブルック子爵は意味ありげにニヤリと笑った。
「何、採算は取れているようなもの。聞けば、独自の格子模様の衣装を息子夫婦に贈る約束をされたとか?
グレイは兎も角、少なくとも聖女であるマリーが身に纏ったという事実があれば貴族達はこぞって欲しがるでしょうな」
王宮に、教会関係者に――マリーが身に纏えばキャンディ伯爵家の方々も着る可能性が高い。ましてや、キャンディ伯爵家の方々は社交界の憧れでな。あの方々が身に纏えば間違いなしだ。
それに毛織物は温かい。秋冬になれば格子模様を取り入れた衣装が必ず流行する。
そうブルック子爵は断言した。実際、今の流行はアヤスラニ帝国風であり、それも聖女が関係しているという。
貴殿は幸運だったな、とまで言われ。聖女という存在の影響力の大きさに改めて瞠目する騎士ドナルド。
「格子模様の布――ドナルド卿がお召しになっている生地と同じようなものかしら?」
アナベラ夫人に問われ、騎士ドナルドは頷く。「聖女様とグレイ猊下にお贈りするものはもう少し明るく鮮やかな色で、これよりもやや薄く、柔らかい最高品質のものですが」
「まあ、少し触らせて頂いても?」
承諾すると、アナベラ夫人がしずしずと立ち上がって近付いて来た。
フェ―リアの裾を差し出すと、質感を確かめるように指で摘まんでいる。
アール卿もやって来た。
「温かそうですわ。これより薄く柔らかいのなら確かに秋冬のドレスにぴったりですわね」
「確かに」
「聖女様の誕生会に間に合えば実際の衣装をご覧頂けるかと」
「まあ! 気に入ったら私も一枚お願いしようかしら。楽しみね」
内心、アナベラ夫人にもドレスが気に入られればと期待を抱く騎士ドナルド。
後で、明るく鮮やかな色で新たな格子模様案を幾つか考えておくように、と陛下に祖国へ手紙を書いて頂いた方が良いかも知れないと思った時。
「それにしても、ドナルド卿とアールの髪の色は似通っていますわね」
とレピーシェ夫人。グレイ猊下の祖母、パレディーテ・フォートナム男爵夫人がこちらを見る。
「カレドニア王国では赤髪の人間が多いと聞いております」
「その通りです、パレディーテ様。我が国では赤毛は火の神の血を引くと言われており、昔は多くいたそうです。今は混血が進んでおりますが――赤毛を持つ人間の血筋を辿れば、祖先はカレドニアやその周辺地域に居たのかも知れません」
「はっはっは、今でこそ白髪じゃが、儂も昔は鮮やかな赤毛でな。ドナルド卿には親近感を感じておった。案外元は同じかも知れんのう。おお、そう言えば儂が父親から受け継いだ妙な箱があったな。これも何かの縁じゃろう、ドナルド卿ならば何か分かるかのう?」
そう言ってエディアール・フォートナム男爵は使用人に箱を持ってくるように命じた。
運ばれて来たそれは、一見何の変哲も無さそうな古ぼけた木箱。
「拝見致します」
蓋を開けてみると中は空っぽである。ただ、そこに刻まれた文字には見覚えがあった。
「これは……」
「ああ、それか。何でも、北の方で使われておる古い呪いの文字らしい。儂らにはよう分からんが、大方箱の中身を守るためのものじゃないかと思うておる」
騎士ドナルドは震える指をそれ――古代文字ルーンに走らせる。
読み方は知っていた。刻まれてあった文言は。
『獅子王の魂は奥底に眠る――いつか来るその日まで』
騎士ドナルドはふと思いついて箱の底板に触れる。
その隅に不自然な小さな穴があったので、食事用の楊枝を借りてそこに差し込み持ち上げてみた。
「あっ!?」
果たして、底板は持ち上がる。
その下にあった羊毛の塊を取り出して改めると、獅子の印章が描かれた黄金の指輪。
「マク・ラセフ……」
その指輪に刻まれていた文字を読んだ騎士ドナルドは、呆然と呟く。頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。
『火の息子』――これは間違いなく失われたオブライエン王家の指輪! ――ということは、ルフナー子爵家の父方の血はオブライエン王家!?
カレドニア王国は、かつてアルビオン王国に屈した歴史がある。王は代々赤髪であり、火の神の血筋だと誇りにしてきた。
しかしそこへ火の神は罪深い神だと教え赤毛を嫌う教会がやってきて、アルビオン王国の後ろ盾を得て布教し始めてから状況が変わる。
教会は、人々の貧しさや当時起こった不作や疫病に付け込み、巧みに人心を掴んで勢力を伸ばしていった。
そして、カレドニア王国を乗っ取ろうとするアルビオン王国と共謀し、第二王子を王に据えんと動いたのである。
当然の帰結として王位継承権争いが勃発。カレドニア王国に戦が起こった。
戦の結果――教会とアルビオン王国側が勝利を収めることとなる。カレドニア王国はアルビオン王国に乗っ取られる形となってしまった。
今はカレドニア王国は独立しているが――その歴史があり、今のオブライエン王家はアルビオン王家の血も流れている。
その時の王位継承争いで負け、アルビオン王家に屈するのを良しとせず姿を消した第一王子によって、この指輪は紛失したと伝えられていた――筈だった。
ここで騎士ドナルドが発見するまでは。
グレイ猊下とその兄アール卿の色彩を見れば、女王リュサイ以上に濃い王家の血であろうことは何となく分かる。
それも、アルビオン王家の血が入っていない――何より、初代カレドニア王や姿を消した王子はグレイ猊下のような燃えるような髪と鮮やかな新緑の瞳をしていた、と。
……何という事だ。
騎士ドナルドは天を仰いだ。
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