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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
グレイ・ダージリン(110)
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「まあ、『ルイ13世』みたいで素敵よグレイ!」
「えらくご大層な名前だけど誰なのさ、それ!」
変装術が得意だというキャンディ伯爵家の侍女達によって、衣装やかつらをとっかえひっかえ、着せ替え人形として弄ばれた末の僕を見た、マリーの第一声。
今の僕は黒い巻き毛の長いかつらを被せられている。数ヶ月前の夏真っ盛りだったらきっと耐えられなかっただろう。
鏡を見ると、化粧で丁寧にそばかすを消され、鼻と顎の下に付け髭を付けられた黒髪の僕がこちらを見返してくる。
変装術というのは伊達じゃない。いつもの自分とはまるっきり別人に見える。
因みに『ルイ13世』というのはマリーの世界での歴史上の人物、フランスという国の王なのだそうだ。知らないよ。
「それは置いておいて。髪の色と長さを変えるだけで大分印象が変わるもんだね」
「女性でも髪型一つでそうなりますわ。顔の輪郭も変わって見えますし」
仕上がりに満足気なナーテの言葉に「確かにそうだね」と頷く。マリーがクスクスと笑った。
「うふふ、暫くはこれで行きましょう。母にお願いしてペルティエのお爺様達に手紙を書いて貰うわ」
「先のペルティエ侯爵様に?」
ペルティエ侯爵家と言えば義母ティヴィーナ様のご実家だ。結婚式の時にお会いしたのを覚えている。
「そうよ。その姿の時のグレイはペルティエ侯爵家の縁戚のシャルル・カラバ男爵。ええと、小さい頃から私とも面識があって――寝込んでいるグレイの代理として無名だけれど有能な彼をナポレオンお爺様が寄越してくれた、という設定にするつもり」
うきうきとした様子のマリーに、ちなみにカラバ男爵家の紋章はこれ、とハンカチを渡される。
「何これ? 猫が長靴を履いてるんだけど」
ハンカチには、長靴を履き羽付き帽とレイピアを引っ提げた猫が縫い取ってあった。
可愛らしいが、変った意匠だ。
まあ、カラバ男爵自体でっち上げだから、これを使うかどうかは分からないけど。
そう言うと、
「うふふ、あちらの世界にある物語に、『長靴を履いた猫』というのがあって――」
笑いながらマリーが語り出す。
貧しい粉ひきの末息子が、遺産で引き継いだ猫の助けで怪物の土地と城を乗っ取ってカラバ侯爵となり、姫様と結婚するという物語。
物語の中で猫が長靴を履いた為、『長靴を履いた猫』という題名なのだそうだ。
ハンカチはその物語を元に刺繍していたらしい。
「成程、それで」
「本当はカラバ侯爵って名乗りたかったけれど、流石に……ねぇ?」
うん、流石にバレると思う。
僕が苦笑いを返した時、部屋の扉がノックされた。
「グレイ、マリー。入っても構いませんか?」
げっ、アールの声――こんな姿を見られたら!
「ちょっ……」
待って、という言葉を言う前に、無情にも扉が開かれてしまう。
入って来たアールは、僕の姿にポカンとした。
「まあ、どなた?」
後から続いて来たアナベラ様も小首を傾げる。
マリーは「誰だと思う?」と悪戯っぽく微笑む。
「もしかして、グレイ……か?」
僕が諦めて無言で頷くと、アールは頭の上から足の先までまじまじと見――そしてお腹を抱え小刻みに震えながらソファーに丸まってしまった。
――これだから見られたくなかったのに!
「行儀悪いよ、アール!」
「まあ、まあまあまあ……! グレイなの!? 見違えたわ!」
兄に引き換え、アナベラ様は笑ったりはしなかった。本当に驚いたようで口元を覆って目を瞠っている。
マリーが「ペルティエ侯爵家の縁戚のシャルル・カラバ男爵よ、アナベラ姉」と説明している。
僕はアナベラ様に会釈した後、ひきつけを起こしたように笑い続けるアールに近付き、「何時まで笑ってんのさ!」とバシバシ叩いた。
「悪い、グレイ。止まらない、ごめん、謝るから叩くのを止め、痛い痛い……クッ、ヒーッ! そのヒゲ! 父親そっくりだよ」
謝りながらも僕を見ては笑い出すアール。
どうやら僕は黒髪だと父ブルックに似ているようだ。まあ親子だから不思議はないんだけど。
アールも一瞬誰だから分からなかったみたいだから変装はまあ、成功なんだろうな。
***
「それで、何時頃行こうか?」
かつらと付け髭を取って変装を解いた僕が訊ねると、マリーは明日にでも行きたいと言う。
先刻アールが来たのは、ジャン・バティストからの伝言だった。
ヘドヴァンの伴侶候補の鳥の手配が出来たそうで、ルフナー子爵家に見に来て欲しいとのこと。
「ヘドヴァン本人に選んで貰いましょう。連れて行かなくちゃ。それと、カラバ男爵初お目見えね!」
「……どうしてもそれで行かなくちゃ駄目?」
僕が寝込んでいるという噂がレアンドロ王子の耳に入りさえすればいいのなら、まだ変装は要らないのでは。
無駄な抵抗を試みる僕。しかし「勿論よ!」と残酷な決定が下された。
「えらくご大層な名前だけど誰なのさ、それ!」
変装術が得意だというキャンディ伯爵家の侍女達によって、衣装やかつらをとっかえひっかえ、着せ替え人形として弄ばれた末の僕を見た、マリーの第一声。
今の僕は黒い巻き毛の長いかつらを被せられている。数ヶ月前の夏真っ盛りだったらきっと耐えられなかっただろう。
鏡を見ると、化粧で丁寧にそばかすを消され、鼻と顎の下に付け髭を付けられた黒髪の僕がこちらを見返してくる。
変装術というのは伊達じゃない。いつもの自分とはまるっきり別人に見える。
因みに『ルイ13世』というのはマリーの世界での歴史上の人物、フランスという国の王なのだそうだ。知らないよ。
「それは置いておいて。髪の色と長さを変えるだけで大分印象が変わるもんだね」
「女性でも髪型一つでそうなりますわ。顔の輪郭も変わって見えますし」
仕上がりに満足気なナーテの言葉に「確かにそうだね」と頷く。マリーがクスクスと笑った。
「うふふ、暫くはこれで行きましょう。母にお願いしてペルティエのお爺様達に手紙を書いて貰うわ」
「先のペルティエ侯爵様に?」
ペルティエ侯爵家と言えば義母ティヴィーナ様のご実家だ。結婚式の時にお会いしたのを覚えている。
「そうよ。その姿の時のグレイはペルティエ侯爵家の縁戚のシャルル・カラバ男爵。ええと、小さい頃から私とも面識があって――寝込んでいるグレイの代理として無名だけれど有能な彼をナポレオンお爺様が寄越してくれた、という設定にするつもり」
うきうきとした様子のマリーに、ちなみにカラバ男爵家の紋章はこれ、とハンカチを渡される。
「何これ? 猫が長靴を履いてるんだけど」
ハンカチには、長靴を履き羽付き帽とレイピアを引っ提げた猫が縫い取ってあった。
可愛らしいが、変った意匠だ。
まあ、カラバ男爵自体でっち上げだから、これを使うかどうかは分からないけど。
そう言うと、
「うふふ、あちらの世界にある物語に、『長靴を履いた猫』というのがあって――」
笑いながらマリーが語り出す。
貧しい粉ひきの末息子が、遺産で引き継いだ猫の助けで怪物の土地と城を乗っ取ってカラバ侯爵となり、姫様と結婚するという物語。
物語の中で猫が長靴を履いた為、『長靴を履いた猫』という題名なのだそうだ。
ハンカチはその物語を元に刺繍していたらしい。
「成程、それで」
「本当はカラバ侯爵って名乗りたかったけれど、流石に……ねぇ?」
うん、流石にバレると思う。
僕が苦笑いを返した時、部屋の扉がノックされた。
「グレイ、マリー。入っても構いませんか?」
げっ、アールの声――こんな姿を見られたら!
「ちょっ……」
待って、という言葉を言う前に、無情にも扉が開かれてしまう。
入って来たアールは、僕の姿にポカンとした。
「まあ、どなた?」
後から続いて来たアナベラ様も小首を傾げる。
マリーは「誰だと思う?」と悪戯っぽく微笑む。
「もしかして、グレイ……か?」
僕が諦めて無言で頷くと、アールは頭の上から足の先までまじまじと見――そしてお腹を抱え小刻みに震えながらソファーに丸まってしまった。
――これだから見られたくなかったのに!
「行儀悪いよ、アール!」
「まあ、まあまあまあ……! グレイなの!? 見違えたわ!」
兄に引き換え、アナベラ様は笑ったりはしなかった。本当に驚いたようで口元を覆って目を瞠っている。
マリーが「ペルティエ侯爵家の縁戚のシャルル・カラバ男爵よ、アナベラ姉」と説明している。
僕はアナベラ様に会釈した後、ひきつけを起こしたように笑い続けるアールに近付き、「何時まで笑ってんのさ!」とバシバシ叩いた。
「悪い、グレイ。止まらない、ごめん、謝るから叩くのを止め、痛い痛い……クッ、ヒーッ! そのヒゲ! 父親そっくりだよ」
謝りながらも僕を見ては笑い出すアール。
どうやら僕は黒髪だと父ブルックに似ているようだ。まあ親子だから不思議はないんだけど。
アールも一瞬誰だから分からなかったみたいだから変装はまあ、成功なんだろうな。
***
「それで、何時頃行こうか?」
かつらと付け髭を取って変装を解いた僕が訊ねると、マリーは明日にでも行きたいと言う。
先刻アールが来たのは、ジャン・バティストからの伝言だった。
ヘドヴァンの伴侶候補の鳥の手配が出来たそうで、ルフナー子爵家に見に来て欲しいとのこと。
「ヘドヴァン本人に選んで貰いましょう。連れて行かなくちゃ。それと、カラバ男爵初お目見えね!」
「……どうしてもそれで行かなくちゃ駄目?」
僕が寝込んでいるという噂がレアンドロ王子の耳に入りさえすればいいのなら、まだ変装は要らないのでは。
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