516 / 674
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
グレイ・ダージリン(110)
しおりを挟む
「まあ、『ルイ13世』みたいで素敵よグレイ!」
「えらくご大層な名前だけど誰なのさ、それ!」
変装術が得意だというキャンディ伯爵家の侍女達によって、衣装やかつらをとっかえひっかえ、着せ替え人形として弄ばれた末の僕を見た、マリーの第一声。
今の僕は黒い巻き毛の長いかつらを被せられている。数ヶ月前の夏真っ盛りだったらきっと耐えられなかっただろう。
鏡を見ると、化粧で丁寧にそばかすを消され、鼻と顎の下に付け髭を付けられた黒髪の僕がこちらを見返してくる。
変装術というのは伊達じゃない。いつもの自分とはまるっきり別人に見える。
因みに『ルイ13世』というのはマリーの世界での歴史上の人物、フランスという国の王なのだそうだ。知らないよ。
「それは置いておいて。髪の色と長さを変えるだけで大分印象が変わるもんだね」
「女性でも髪型一つでそうなりますわ。顔の輪郭も変わって見えますし」
仕上がりに満足気なナーテの言葉に「確かにそうだね」と頷く。マリーがクスクスと笑った。
「うふふ、暫くはこれで行きましょう。母にお願いしてペルティエのお爺様達に手紙を書いて貰うわ」
「先のペルティエ侯爵様に?」
ペルティエ侯爵家と言えば義母ティヴィーナ様のご実家だ。結婚式の時にお会いしたのを覚えている。
「そうよ。その姿の時のグレイはペルティエ侯爵家の縁戚のシャルル・カラバ男爵。ええと、小さい頃から私とも面識があって――寝込んでいるグレイの代理として無名だけれど有能な彼をナポレオンお爺様が寄越してくれた、という設定にするつもり」
うきうきとした様子のマリーに、ちなみにカラバ男爵家の紋章はこれ、とハンカチを渡される。
「何これ? 猫が長靴を履いてるんだけど」
ハンカチには、長靴を履き羽付き帽とレイピアを引っ提げた猫が縫い取ってあった。
可愛らしいが、変った意匠だ。
まあ、カラバ男爵自体でっち上げだから、これを使うかどうかは分からないけど。
そう言うと、
「うふふ、あちらの世界にある物語に、『長靴を履いた猫』というのがあって――」
笑いながらマリーが語り出す。
貧しい粉ひきの末息子が、遺産で引き継いだ猫の助けで怪物の土地と城を乗っ取ってカラバ侯爵となり、姫様と結婚するという物語。
物語の中で猫が長靴を履いた為、『長靴を履いた猫』という題名なのだそうだ。
ハンカチはその物語を元に刺繍していたらしい。
「成程、それで」
「本当はカラバ侯爵って名乗りたかったけれど、流石に……ねぇ?」
うん、流石にバレると思う。
僕が苦笑いを返した時、部屋の扉がノックされた。
「グレイ、マリー。入っても構いませんか?」
げっ、アールの声――こんな姿を見られたら!
「ちょっ……」
待って、という言葉を言う前に、無情にも扉が開かれてしまう。
入って来たアールは、僕の姿にポカンとした。
「まあ、どなた?」
後から続いて来たアナベラ様も小首を傾げる。
マリーは「誰だと思う?」と悪戯っぽく微笑む。
「もしかして、グレイ……か?」
僕が諦めて無言で頷くと、アールは頭の上から足の先までまじまじと見――そしてお腹を抱え小刻みに震えながらソファーに丸まってしまった。
――これだから見られたくなかったのに!
「行儀悪いよ、アール!」
「まあ、まあまあまあ……! グレイなの!? 見違えたわ!」
兄に引き換え、アナベラ様は笑ったりはしなかった。本当に驚いたようで口元を覆って目を瞠っている。
マリーが「ペルティエ侯爵家の縁戚のシャルル・カラバ男爵よ、アナベラ姉」と説明している。
僕はアナベラ様に会釈した後、ひきつけを起こしたように笑い続けるアールに近付き、「何時まで笑ってんのさ!」とバシバシ叩いた。
「悪い、グレイ。止まらない、ごめん、謝るから叩くのを止め、痛い痛い……クッ、ヒーッ! そのヒゲ! 父親そっくりだよ」
謝りながらも僕を見ては笑い出すアール。
どうやら僕は黒髪だと父ブルックに似ているようだ。まあ親子だから不思議はないんだけど。
アールも一瞬誰だから分からなかったみたいだから変装はまあ、成功なんだろうな。
***
「それで、何時頃行こうか?」
かつらと付け髭を取って変装を解いた僕が訊ねると、マリーは明日にでも行きたいと言う。
先刻アールが来たのは、ジャン・バティストからの伝言だった。
ヘドヴァンの伴侶候補の鳥の手配が出来たそうで、ルフナー子爵家に見に来て欲しいとのこと。
「ヘドヴァン本人に選んで貰いましょう。連れて行かなくちゃ。それと、カラバ男爵初お目見えね!」
「……どうしてもそれで行かなくちゃ駄目?」
僕が寝込んでいるという噂がレアンドロ王子の耳に入りさえすればいいのなら、まだ変装は要らないのでは。
無駄な抵抗を試みる僕。しかし「勿論よ!」と残酷な決定が下された。
「えらくご大層な名前だけど誰なのさ、それ!」
変装術が得意だというキャンディ伯爵家の侍女達によって、衣装やかつらをとっかえひっかえ、着せ替え人形として弄ばれた末の僕を見た、マリーの第一声。
今の僕は黒い巻き毛の長いかつらを被せられている。数ヶ月前の夏真っ盛りだったらきっと耐えられなかっただろう。
鏡を見ると、化粧で丁寧にそばかすを消され、鼻と顎の下に付け髭を付けられた黒髪の僕がこちらを見返してくる。
変装術というのは伊達じゃない。いつもの自分とはまるっきり別人に見える。
因みに『ルイ13世』というのはマリーの世界での歴史上の人物、フランスという国の王なのだそうだ。知らないよ。
「それは置いておいて。髪の色と長さを変えるだけで大分印象が変わるもんだね」
「女性でも髪型一つでそうなりますわ。顔の輪郭も変わって見えますし」
仕上がりに満足気なナーテの言葉に「確かにそうだね」と頷く。マリーがクスクスと笑った。
「うふふ、暫くはこれで行きましょう。母にお願いしてペルティエのお爺様達に手紙を書いて貰うわ」
「先のペルティエ侯爵様に?」
ペルティエ侯爵家と言えば義母ティヴィーナ様のご実家だ。結婚式の時にお会いしたのを覚えている。
「そうよ。その姿の時のグレイはペルティエ侯爵家の縁戚のシャルル・カラバ男爵。ええと、小さい頃から私とも面識があって――寝込んでいるグレイの代理として無名だけれど有能な彼をナポレオンお爺様が寄越してくれた、という設定にするつもり」
うきうきとした様子のマリーに、ちなみにカラバ男爵家の紋章はこれ、とハンカチを渡される。
「何これ? 猫が長靴を履いてるんだけど」
ハンカチには、長靴を履き羽付き帽とレイピアを引っ提げた猫が縫い取ってあった。
可愛らしいが、変った意匠だ。
まあ、カラバ男爵自体でっち上げだから、これを使うかどうかは分からないけど。
そう言うと、
「うふふ、あちらの世界にある物語に、『長靴を履いた猫』というのがあって――」
笑いながらマリーが語り出す。
貧しい粉ひきの末息子が、遺産で引き継いだ猫の助けで怪物の土地と城を乗っ取ってカラバ侯爵となり、姫様と結婚するという物語。
物語の中で猫が長靴を履いた為、『長靴を履いた猫』という題名なのだそうだ。
ハンカチはその物語を元に刺繍していたらしい。
「成程、それで」
「本当はカラバ侯爵って名乗りたかったけれど、流石に……ねぇ?」
うん、流石にバレると思う。
僕が苦笑いを返した時、部屋の扉がノックされた。
「グレイ、マリー。入っても構いませんか?」
げっ、アールの声――こんな姿を見られたら!
「ちょっ……」
待って、という言葉を言う前に、無情にも扉が開かれてしまう。
入って来たアールは、僕の姿にポカンとした。
「まあ、どなた?」
後から続いて来たアナベラ様も小首を傾げる。
マリーは「誰だと思う?」と悪戯っぽく微笑む。
「もしかして、グレイ……か?」
僕が諦めて無言で頷くと、アールは頭の上から足の先までまじまじと見――そしてお腹を抱え小刻みに震えながらソファーに丸まってしまった。
――これだから見られたくなかったのに!
「行儀悪いよ、アール!」
「まあ、まあまあまあ……! グレイなの!? 見違えたわ!」
兄に引き換え、アナベラ様は笑ったりはしなかった。本当に驚いたようで口元を覆って目を瞠っている。
マリーが「ペルティエ侯爵家の縁戚のシャルル・カラバ男爵よ、アナベラ姉」と説明している。
僕はアナベラ様に会釈した後、ひきつけを起こしたように笑い続けるアールに近付き、「何時まで笑ってんのさ!」とバシバシ叩いた。
「悪い、グレイ。止まらない、ごめん、謝るから叩くのを止め、痛い痛い……クッ、ヒーッ! そのヒゲ! 父親そっくりだよ」
謝りながらも僕を見ては笑い出すアール。
どうやら僕は黒髪だと父ブルックに似ているようだ。まあ親子だから不思議はないんだけど。
アールも一瞬誰だから分からなかったみたいだから変装はまあ、成功なんだろうな。
***
「それで、何時頃行こうか?」
かつらと付け髭を取って変装を解いた僕が訊ねると、マリーは明日にでも行きたいと言う。
先刻アールが来たのは、ジャン・バティストからの伝言だった。
ヘドヴァンの伴侶候補の鳥の手配が出来たそうで、ルフナー子爵家に見に来て欲しいとのこと。
「ヘドヴァン本人に選んで貰いましょう。連れて行かなくちゃ。それと、カラバ男爵初お目見えね!」
「……どうしてもそれで行かなくちゃ駄目?」
僕が寝込んでいるという噂がレアンドロ王子の耳に入りさえすればいいのなら、まだ変装は要らないのでは。
無駄な抵抗を試みる僕。しかし「勿論よ!」と残酷な決定が下された。
37
お気に入りに追加
4,790
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。