貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

ドジっ子ナーテ。

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 ピアノから小さな手が離されると、招待客達から拍手が上がる。
 席から立ち上がってこちらにお辞儀をする天才少年音楽家ヴォルフガングに、「夢のような一時をありがとう、素晴らしかったですわ!」と私も惜しみない拍手を送った。

 実際ピアノ演奏は、クラシックの歴史に刻まれそうな程凄かった。
 メタルにアレンジしてサタナエル様が歌って下さると、きっともっと素晴らしいに違いない。
 他に何か聞かせて欲しい、と観衆からリクエストが上がり始めたので、皇女エリーザベトが「そう言えば以前、皇宮で披露されたワルツ曲が素晴らしかったですわ」と口にする。
 少年の父が「心得まして。聖女様、披露させて頂いても?」とこちらを見たので頷いた。
 「お許し下さりありがとう存じます。宜しければ皆様、手と手を取り合いダンスをお楽しみ下さい」と一礼すると、少年は再びピアノに戻る。

 やがて流れ出す、ワルツの四分の三拍子の旋律。
 気が付くと、皆が私達を見ていた。サリーナが「主役が最初に踊りませんと」と囁いて来る。
 そうだったな。

 「グレイ、踊りましょう? 今日は私が主役だから行く先はリードさせてね」

 振り向いてそう言うと、グレイは微笑んでこちらに手を伸ばした。

 「分かったよ。愛する人、お手をどうぞ」

 私達が旋律に乗って踊り始めると、やがて一組、また一組と増えて行く。
 私は油断なく精神感応を使った。
 踊りながら近付いて来るヒゲワシ。手の内には毒針が仕込まれている。正体が割れぬようにといつの間にかどこぞの貴族の服装に着替えていた。

 ――やっぱり。ダンスのどさくさにグレイを殺すつもりだな。

 今頃、キャンディ伯爵家の周囲には怪しげな男達の集団が潜んでいることだろう。グレイ暗殺に成功後、庭に一目散に逃げて狼煙を上げ、それを見た男達がヒゲワシの逃走を助ける為に騒ぎを起こす計画である。
 しかし残念、その男達はアルトガルチームが始末をつけることになっている。屋敷も隠密騎士が囲っているので逃げられない。

 私達の周りを、馬の脚共を含む貴族の衣装を着た隠密騎士家のカップルが踊りながらさりげなく固めていく。
 一分の隙もない布陣。ヒゲワシは迂闊に近付けない。
 そして。

 「あらぁ、ごめんあそばせぇ!」

 グレイの方ばかりに気を取られていたのか、ヒゲワシはピュシス夫人の大きなお尻に押されて態勢を崩して床に倒れ込む。
 流石にそれは予想外だったが、丁度その時ワルツが終わったのだった。


***


 「ふわあ、聖女様これ頬っぺたが落ちそうな程美味しいです!」

 休憩がてら、演奏を終えたヴォルフガングに約束の我が家のスイーツを提供。
 初めて食べたシュークリームやショートケーキに、美味しい美味しいと相好を崩している。

 「それにしても、カレドニア王国の音楽は初めて耳にしました。興味深いです」

 ワルツが終わった場所では、余興として騎士ドナルド達が軽快なバグパイプの音色に合わせて独特な踊りを始めていた。
 サリーナから受け取った紅茶で喉を潤しつつ、精神感応でヒゲワシを探ると――

 ほっほっほっほ、イラついてるイラついてる。
 ダンスでは仕留め損ねて失敗したし、その後私はずっとグレイに付きっ切りでいるからな。

 と、ヒゲワシが広間から出て行った。
 カレドニアの騎士達のダンスが一通り終わり、バグパイプの曲が変わる。
 去年グレイとお忍びデートした時に、庶民に混じって踊ったのに似た感じで軽快な音楽。
 ダンス自体は単純であり、貴族でも知っている人が多い。あの時のようにグレイに誘われたので、一緒に激しく踊った。

 「ああ、楽しかった!」

 今度は大分汗をかいてしまった。サリーナがおしぼりとレモンアイスティーをくれたのでガブガブと水分補給。
 グレイは足りなかったようで、もう少し飲み物が欲しいと頼む。ナーテが飲み物を取りに行った。

 「グレイ様、お待たせし――きゃあ!」

 ナーテは何かに躓いたのか、お盆から飲み物を落とした。
 サリーナが「気にしないで、ここは私がやるから」と片付け始める。

 「ナーテ、大丈夫?」

 「ありがとうございます、大丈夫です! 申し訳ありません、ツイ手ガ滑ッテー。直ぐに別のをお持ちしますわ!」

 ナーテは近くに居た給仕から飲み物を受け取ると、それをグレイに渡した。

 「ありがとう、ナーテ」

 その時、妙に視線を感じたので出所を探ってみると。なんとまあ。

 「ふっ、涙ぐましいな」

 変装は結構上手だが、私の目は誤魔化せない。
 成程、ヒゲワシは今度は給仕に扮してナーテに近付き、「グレイ猊下が喉が渇かれているようです」等と言って毒薬を仕込んだ飲み物を渡し――勿論見抜いていた彼女は礼を言って受け取った後、わざと転んで台無しにし、新しい飲み物を用意してグレイに渡したという訳か。

 ドジっ子ナーテに、ギリギリと歯を食いしばる様子が手に取るように分かるわー。
 散々妨害を受けて業を煮やしているので、そろそろ功に焦る筈。

 「マリー、ごめん。ちょっと行ってくるね」

 グレイが手洗いに立った。良い頃合いだ。

 「ああ、私も汗びっしょりだから着替えて来なくっちゃ。『そうだわサリーナ、折角なんだし貴女もカールと楽しんでいらっしゃい』」

 あらかじめ決めていた合言葉を言う。
 サリーナは闘争心を秘めた涼やかな笑みを浮かべて淑女の礼を取った。

 「承知致しました」

 私は馬の脚共とナーテと共に一旦部屋へと戻る。
 このタイミングでアルトガルにGOサイン。会場に潜む隠密騎士達にも精神感応で読み取ったヒゲワシ側の者をマークするように伝える。
 賽は投げられた。なるべく死者を出さずに制圧しなければ。
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