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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

名画『民衆を導く聖なる乙女』。

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 誕生日当日――私は浮かれていた。

 実はヴィルバッハ辺境伯が帰った後。カレドニア女王リュサイ達がやってきて、約束していたオリジナルタータンのドレスを貰ったのである。
 誕生日に着てはどうかと言われ、サイズ合わせということで試着させて貰ったのだが――事前にカレドニアの伝統的ドレスデザインを、ややロリータ風味にアレンジして注文していた甲斐があったと思う。レースやフリル、リボン等が上品にあしらわれたドレスは実に可愛かった。
 グレイの衣装を見に行こうとしたところ、女王リュサイの勧めで誕生日当日までのお楽しみにすることになった。
 確かに見るのも見て貰うのも正式にドレスアップした方が素敵に決まってる。

 屋敷は去年の誕生日の時よりも遥かに慌ただしかった。
 というのも、私が聖女として有名人になった為、トラス王国のみならず外国からも客が来ることになったからだ。

 普段交流の無い相手からは、事前に「聖女様への誕生日祝いがあるのですが、どのようにお渡しすれば良いのでしょう?」等と問い合わせがある。それに対し、トーマス兄や父サイモンがそれらを選抜して招待状を送ったという。

 「出来ました」

 「ありがとう」

 サリーナの言葉に私は立ち上がる。
 ヒースとアザミ、小ぶりの秋薔薇。タータンの色味に合わせたそれらの造花を縫い付けたヘッドドレス。
 姿見の前でくるりと回る。

 「うふふっ」

 思わず零れる笑み。
 前世では黒革ジャケットが似合うクール系で、ロリータ系とは対極にあるような外見だった。
 日本でこんなドレス着てると目立ちまくることこの上無い上、ちょっとアレな人に思われたり、更には地雷女のレッテルを貼られかねない。
 こういうドレスを着る時はいつも、ドレスが違和感のない国かつ似合う外見で転生して良かったと思う。

 さて、グレイを待つとするか。

 ナーテが淹れた紅茶の入ったティーカップを傾ける。ふわりと葡萄の香りが漂った。葡萄紅茶――僅かな甘みもあってほっこりする。

 「ところでサリーナ、例の手筈はどうなっているのかしら?」

 「はい、滞りなく。万事予定通りに」

 「私が興味を持ちそうな贈り物を、あらゆる伝手を利用して用意して。ご苦労なことよねぇ」

 招待状を上手く手に入れて、仕事の半分は終わったも同然と考えている。何もかも、全部筒抜けだと知りもしないで。

 馬の脚共が相手を憐れんでさえいたが、油断は禁物である。
 如何に聖女の能力が凄くても、世の中に絶対はないのだから。

 自分が取るべき行動を思い返し最終確認していると、扉からノックの音が響いた。


***


 ふおおおおおおお!

 こ、これはっ!
 何て素敵なんだ、思った通り良く似合ってる!

 私は興奮していた。
 というのも、カレドニアの衣装を身に纏って迎えに来たグレイは何時もよりも何倍も格好良かったのである!
 髪を撫でつけて固め、軽く白粉を施された顔は、そばかすがほとんど見えなくなっている。鮮やかな赤毛と新緑の瞳、その整った顔立ちが際立っていた。
 惚れ直していると、マリーも似合っているよ、と微笑むグレイ。
 良いんだろうか、こんな素敵な人が私の旦那様で。

 嬉し恥ずかしの気持ちでパンパンの心でくるりと回る。
 これ程可愛いドレスと格好良いグレイを客人達が見れば、秋冬ファッションとしてカレドニアの羊毛、タータン生地がトラス王国で流行するのは間違いない。

 「マリアージュ姫、お手をどうぞ」

 グレイがおどけて差し出した手。
 私は微笑んで、「グレイ王子、よろこんで」とそこに手を乗せた。

 グレイのエスコートで誕生日パーティーの会場になっている広間に入り、壇上で挨拶を述べる。その後は客人一人一人からの挨拶ラッシュだ。
 一番最初はサリューン枢機卿だった。

 「聖女様、誕生日おめでとうございます。聖地のサングマ教皇猊下より、贈り物を預かっております」

 「ありがとう、サリューン枢機卿」

 普通なら後日開封し、礼状を書くのだが――サングマ教皇からのはこの場で確認した方が良いな。
 透視能力を使うと、贈り物は籠手だった。恐らくは、リーダー達を止まらせる為のもの。その場で精神感応でサングマ教皇に連絡を取り、礼を述べる。勿論後で礼状も書くが、これは純粋に嬉しい。
 「今日が素晴らしい一日になりますように」とサリューン枢機卿が去った後、入れ替わるようにアルバート王子が胡散臭い笑みで進み出た。

 「次は私ですね。父王オディロン陛下の名代としても参りました――」

 礼を言って先程と同じように対応する私。
 ちなみにオディロン王からの贈り物は絵画だった……さながらドラクロワの『民衆を導く自由の女神』、ナヴィガポールの奇跡の光景である。
 絵画の中の私は、当時着た覚えのない聖女の衣装。その周囲では畏敬の表情で私を見つめる群衆。遠くには大砲を撃つファリエロの帆船と二、三倍は盛りまくった津波が描かれている。乳がはだけてないだけマシだったが、流石王宮お抱えの画家。写実的でよく似ているのがまた……中心人物が私でさえなければ美術史に残るなー等と他人事のように思っていられたものを。
 心中色々なものがよぎりながらも笑顔で礼を言う。生きてる内にこっそりと封印せねば。
 それから、

 「マリーちゃあん、お誕生日おめでとぉ!」

 「カレドニアのドレス、素敵ですわね!」

 「良く似合っているざます。そうして夫婦で立っていると、美しいお人形さんみたいざますわね」

 「おめでとう、マリー。シルからも贈り物が届いているわ」

 三魔女やメティの他――女王リュサイ、イドゥリース、メンデル修道院長達からも次々とお祝いの言葉を貰った後。
 カレル兄に背中を押される形で、おずおずと皇女エリーザベトが進んで来た。
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