貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
506 / 690
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

名画『民衆を導く聖なる乙女』。

しおりを挟む
 誕生日当日――私は浮かれていた。

 実はヴィルバッハ辺境伯が帰った後。カレドニア女王リュサイ達がやってきて、約束していたオリジナルタータンのドレスを貰ったのである。
 誕生日に着てはどうかと言われ、サイズ合わせということで試着させて貰ったのだが――事前にカレドニアの伝統的ドレスデザインを、ややロリータ風味にアレンジして注文していた甲斐があったと思う。レースやフリル、リボン等が上品にあしらわれたドレスは実に可愛かった。
 グレイの衣装を見に行こうとしたところ、女王リュサイの勧めで誕生日当日までのお楽しみにすることになった。
 確かに見るのも見て貰うのも正式にドレスアップした方が素敵に決まってる。

 屋敷は去年の誕生日の時よりも遥かに慌ただしかった。
 というのも、私が聖女として有名人になった為、トラス王国のみならず外国からも客が来ることになったからだ。

 普段交流の無い相手からは、事前に「聖女様への誕生日祝いがあるのですが、どのようにお渡しすれば良いのでしょう?」等と問い合わせがある。それに対し、トーマス兄や父サイモンがそれらを選抜して招待状を送ったという。

 「出来ました」

 「ありがとう」

 サリーナの言葉に私は立ち上がる。
 ヒースとアザミ、小ぶりの秋薔薇。タータンの色味に合わせたそれらの造花を縫い付けたヘッドドレス。
 姿見の前でくるりと回る。

 「うふふっ」

 思わず零れる笑み。
 前世では黒革ジャケットが似合うクール系で、ロリータ系とは対極にあるような外見だった。
 日本でこんなドレス着てると目立ちまくることこの上無い上、ちょっとアレな人に思われたり、更には地雷女のレッテルを貼られかねない。
 こういうドレスを着る時はいつも、ドレスが違和感のない国かつ似合う外見で転生して良かったと思う。

 さて、グレイを待つとするか。

 ナーテが淹れた紅茶の入ったティーカップを傾ける。ふわりと葡萄の香りが漂った。葡萄紅茶――僅かな甘みもあってほっこりする。

 「ところでサリーナ、例の手筈はどうなっているのかしら?」

 「はい、滞りなく。万事予定通りに」

 「私が興味を持ちそうな贈り物を、あらゆる伝手を利用して用意して。ご苦労なことよねぇ」

 招待状を上手く手に入れて、仕事の半分は終わったも同然と考えている。何もかも、全部筒抜けだと知りもしないで。

 馬の脚共が相手を憐れんでさえいたが、油断は禁物である。
 如何に聖女の能力が凄くても、世の中に絶対はないのだから。

 自分が取るべき行動を思い返し最終確認していると、扉からノックの音が響いた。


***


 ふおおおおおおお!

 こ、これはっ!
 何て素敵なんだ、思った通り良く似合ってる!

 私は興奮していた。
 というのも、カレドニアの衣装を身に纏って迎えに来たグレイは何時もよりも何倍も格好良かったのである!
 髪を撫でつけて固め、軽く白粉を施された顔は、そばかすがほとんど見えなくなっている。鮮やかな赤毛と新緑の瞳、その整った顔立ちが際立っていた。
 惚れ直していると、マリーも似合っているよ、と微笑むグレイ。
 良いんだろうか、こんな素敵な人が私の旦那様で。

 嬉し恥ずかしの気持ちでパンパンの心でくるりと回る。
 これ程可愛いドレスと格好良いグレイを客人達が見れば、秋冬ファッションとしてカレドニアの羊毛、タータン生地がトラス王国で流行するのは間違いない。

 「マリアージュ姫、お手をどうぞ」

 グレイがおどけて差し出した手。
 私は微笑んで、「グレイ王子、よろこんで」とそこに手を乗せた。

 グレイのエスコートで誕生日パーティーの会場になっている広間に入り、壇上で挨拶を述べる。その後は客人一人一人からの挨拶ラッシュだ。
 一番最初はサリューン枢機卿だった。

 「聖女様、誕生日おめでとうございます。聖地のサングマ教皇猊下より、贈り物を預かっております」

 「ありがとう、サリューン枢機卿」

 普通なら後日開封し、礼状を書くのだが――サングマ教皇からのはこの場で確認した方が良いな。
 透視能力を使うと、贈り物は籠手だった。恐らくは、リーダー達を止まらせる為のもの。その場で精神感応でサングマ教皇に連絡を取り、礼を述べる。勿論後で礼状も書くが、これは純粋に嬉しい。
 「今日が素晴らしい一日になりますように」とサリューン枢機卿が去った後、入れ替わるようにアルバート王子が胡散臭い笑みで進み出た。

 「次は私ですね。父王オディロン陛下の名代としても参りました――」

 礼を言って先程と同じように対応する私。
 ちなみにオディロン王からの贈り物は絵画だった……さながらドラクロワの『民衆を導く自由の女神』、ナヴィガポールの奇跡の光景である。
 絵画の中の私は、当時着た覚えのない聖女の衣装。その周囲では畏敬の表情で私を見つめる群衆。遠くには大砲を撃つファリエロの帆船と二、三倍は盛りまくった津波が描かれている。乳がはだけてないだけマシだったが、流石王宮お抱えの画家。写実的でよく似ているのがまた……中心人物が私でさえなければ美術史に残るなー等と他人事のように思っていられたものを。
 心中色々なものがよぎりながらも笑顔で礼を言う。生きてる内にこっそりと封印せねば。
 それから、

 「マリーちゃあん、お誕生日おめでとぉ!」

 「カレドニアのドレス、素敵ですわね!」

 「良く似合っているざます。そうして夫婦で立っていると、美しいお人形さんみたいざますわね」

 「おめでとう、マリー。シルからも贈り物が届いているわ」

 三魔女やメティの他――女王リュサイ、イドゥリース、メンデル修道院長達からも次々とお祝いの言葉を貰った後。
 カレル兄に背中を押される形で、おずおずと皇女エリーザベトが進んで来た。
しおりを挟む
感想 925

あなたにおすすめの小説

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

追放された令嬢は愛し子になりました。

豆狸
恋愛
「婚約破棄した上に冤罪で追放して悪かった! だが私は魅了から解放された。そなたを王妃に迎えよう。だから国へ戻ってきて助けてくれ!」 「……国王陛下が頭を下げてはいけませんわ。どうかお顔を上げてください」 「おお!」 顔を上げた元婚約者の頬に、私は全体重をかけた右の拳を叩き込んだ。 なろう様でも公開中です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【短編】追放された聖女は王都でちゃっかり暮らしてる「新聖女が王子の子を身ごもった?」結界を守るために元聖女たちが立ち上がる

みねバイヤーン
恋愛
「ジョセフィーヌ、聖なる力を失い、新聖女コレットの力を奪おうとした罪で、そなたを辺境の修道院に追放いたす」謁見の間にルーカス第三王子の声が朗々と響き渡る。 「異議あり!」ジョセフィーヌは間髪を入れず意義を唱え、証言を述べる。 「証言一、とある元聖女マデリーン。殿下は十代の聖女しか興味がない。証言二、とある元聖女ノエミ。殿下は背が高く、ほっそりしてるのに出るとこ出てるのが好き。証言三、とある元聖女オードリー。殿下は、手は出さない、見てるだけ」 「ええーい、やめーい。不敬罪で追放」 追放された元聖女ジョセフィーヌはさっさと王都に戻って、魚屋で働いてる。そんな中、聖女コレットがルーカス殿下の子を身ごもったという噂が。王国の結界を守るため、元聖女たちは立ち上がった。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな

みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」 タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

王命により泣く泣く婚約させられましたが、婚約破棄されたので喜んで出て行きます。

十条沙良
恋愛
「僕にはお前など必要ない。婚約破棄だ。」と、怒鳴られました。国は滅んだ。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。