貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
505 / 689
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

前世の宴会芸。

しおりを挟む
 自分が海賊退治で留守の間、私とグレイの間に子供が出来ては困る――そういう考えらしい。
 暗殺者のことを透視して追いかける。精神感応で思考を読み取ると、どうも私の誕生日に仕掛けようとしているようだった。
 確かに普段は厳重な警備。隙が出来るとすれば外部から人が流入する誕生日が打ってつけということなのだろう。

 「前脚ヨハン後ろ脚シュテファン、そしてサリーナ。相談があるのだけど」

 返事をして近付いた三人に、私は暗殺者の脳内に立てられていた襲撃計画を伝える。彼らは即座に眼光鋭く戦士の顔つきになった。

 「皆に伝えて然るべき対処をお願いね。グレイに手を下す暗殺者は出来る限り生かして捕らえて頂戴」

 「はっ、かしこまりました」

 「これほどの情報を頂いたのです、必ずや」

 「久々に腕が鳴りますわ。ところで、活かして捕らえるのは何故でしょうか」

 「興味深いのよ。暗殺者の生い立ちや背景がね」

 我が家とは違い、已む無くエスパーニャ王国に従っているようなものだ。出来れば味方に引き入れたい。

 「暗殺者のこと、グレイ様にはお伝えしないのでしょうか?」

 「こちらが気付いていることを気付かれたくないから内緒よ。それとなく隙を作れば暗殺者はグレイしか見えなくなる。周囲への注意が散漫になったところで一網打尽にね」

 「了解致しました」

 「宜しくね」

 そう言った後、私はバカンスの続きを楽しむ。
 能力を使って愚民共を操り、レアンドロ王子の頭頂目掛けて運が付く絨毯爆撃を仕掛けるのは忘れない。
 大人げなく怒り狂って銃や弓を撃ちまくって発狂していたが、愚民共の方が一枚上手で一羽も欠けることなくあっという間に逃げて行った。

 ――くくく、海賊退治の餞だ。有難く受け取るが良い。

 すっかり上機嫌になった私。
 バカンスを終え、お昼を食べた後。

 「オーレー♪ オーレ―♪」

 部屋へ戻って羽のハタキを両手で持ち、食後の運動がてら前世流行したマチケソダンス。
 サリーナのアホの子を見る様な眼差しを物ともせず、サンバのリズムでノリノリで踊っていると、扉を開けてポカンとしているグレイと目が合った。

 「お、おかえりグレイ。ほほほほほ!」

 笑って誤魔化しながら慌ててハタキを後ろに隠す。
 何故声を掛けてくれなかったのか、とサリーナを見ると、「楽しそうに夢中で踊っていらしたのでお止めするに忍びなく」と良い笑顔を返された。ぐぬぬ。
 グレイは気まずそうに顔を逸らす。

 「……ごめん、ノックしたんだけど。個性的なダンスで……随分と……ご機嫌だね」

 声と肩が震えているぞグレイ。ノックなんざ全然聞こえなかった。
 というか中脚カールッ、便乗して笑うんじゃない!

 しかしそういう反応だと……誕生日の余興としてキンキラキンの衣装で踊るのは止めておいた方が良さそうだな、うん。


***


 カレル兄とグレイはヴィルバッハ辺境伯と金太の実家ヴァッガー家からの使者達を連れて戻って来た。先刻グレイが私の部屋にやってきたのは、彼らに会うかどうかを訊きに来たのである。
 実はグレイ達を透視していたことを伝え、皇女エリーザベトを誕生日に呼ぶという件で擦り合わせた後。私はヴィルバッハ辺境伯に会うことを承諾。
 その場には金太の他、義兄アール、キーマン商会のジャン、ヤン、銀行の職員達が居た。グレイに呼ばれたらしい。義兄にアナベラ姉は、と訊くと、母ティヴィーナに会いに行ったそうだ。

 「『最初に言っておくが、私のことはキンターと呼ぶがいい。聖女様に頂いた名なのだ』」

 「『かしこまりました、キンター様。旦那様からの手紙を預かっております。こちらを』」

 受取り、封を切って目を通し始める金太。
 ヴァッガー家の使者達は、預かって来たという金子を渡して「『トラス王国で不自由等ございませんか』」等と訊ねている。
 金太がそれに礼を言って一段落した後、私達は二手に分かれた。
 金太、グレイ、義兄アールが神聖アレマニア帝国からなされた賠償についての話し合い。そして私とカレル兄はヴィルバッハ辺境伯とのお茶会である。

 「お久しゅうございます。聖女様におかれましてはご機嫌麗しゅう」

 「ヴィルバッハ辺境伯もお元気そうで何よりですわ」

 香り高き紅茶がティーカップに注がれていく。
 菓子を勧め、誕生日のことや皇女エリーザベトについて雑談交じりに話しつつ。

 「それで、本題は種痘――神の刻印のことかしら」

 本題を切り出すと、ヴィルバッハ辺境伯は頷いた。

 「そうですな。真実疫病が起こるのかどうか。貴族とその領民共に、寛容派は半信半疑ながらポツポツと受け始めておりますが、牛や馬のできものということであまり乗り気ではありません。不寛容派はより否定的で遅々として進んでおらず。
 大司教デブランツの腰巾着であり、医術や薬草の第一人者であるフォウツ司祭が筆頭になって刻印に反対しておりますな。疱瘡が本当に流行するならば、自分の薬草の知識で特効薬を調合して見せると躍起になっているとか」

 「フォウツ司祭……」

 「聞いたことがある。有名な医者だ」

 カレル兄の言葉にふーんと思う。
 薬草じゃ天然痘ウイルスの特効薬は作れないと思うが、症状緩和位ならば出来そうだ。
 薬学の進歩自体はいいことである。漢方だって現代でも重宝されているからな。

 「不寛容派はここぞとばかりに聖女様の真偽に対する疑念を喧伝しておりますぞ。エリーザベト殿下が既に刻印受けられたとのことですが、我ら寛容派の援護をして下さるかどうか……」

 皇帝陛下が賠償に同意したことで、聖女様が人質の解放をすればアブラーモ、デブランツ二人の大司教はアレマニアに戻り、不寛容派は勢いづくでしょう。我々は不利な立場に立たされております。

 大司教二人だけでも捕らえたままに出来なかったのか、と如実に語る眼差し。ヴィルバッハ辺境伯は寛容派の不利を懸念しているのだろう。

 「心配ご無用ですわ。神の刻印はどうしても嫌であれば無理強いはしません。ただ、寛容派貴族やその領民は無理にでも受けておいた方が良いでしょう。信仰心が試されますわね」

 実際に疱瘡が流行し始めれば、人々は神の刻印の威力を知って尻に火がつく。
 この時の私はその程度に捉えていた。
しおりを挟む
感想 924

あなたにおすすめの小説

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

契約破棄された聖女は帰りますけど

基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」 「…かしこまりました」 王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。 では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。 「…何故理由を聞かない」 ※短編(勢い)

この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

めぐめぐ
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。魔法しか取り柄のないお前と』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公が、パーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー短編。 ※思いつきなので色々とガバガバです。ご容赦ください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。 ※単純な話なので安心して読めると思います。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。