貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(106) 

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 マリーがジャルダン様達の無事の帰還を喜んでいる。
 アン様の出産――曾孫の誕生を心から楽しみにして急いで帰って来られたそう。
 メリー様達も、アヤスラニ帝国からやってきた特使達一行を伴っていた。大導師フゼイフェの姿が無かったので訊ねると、種痘を広めるべく尽力しているらしい。特使達は既に種痘を受けているという。
 特使の中でも一際立派な身形の、身分卑しからぬ人物が僕のことをじっと見ている。
 「『どうかされましたか?』」とアヤスラニ語で訊ねると、何かを納得したように「『成程、貴殿が聖女の夫であるグレイ殿か。会ってみたかったぞ。癖のない言葉を話すのだな』」と頷いている。

 「『あ、後でゆっくり時間を設けますので! 今はご容赦を!』」

 「『先に旅の疲れを癒しましょう!』」

 イドゥリースとスレイマンが慌てたようにその人物を止めた。
 オスマン皇太子からか、大導師、はたまた他の者からか。僕のことを誰かから聞いたらしい。

 「『二人の言う通りです。部屋と湯あみの準備をさせましょう。ゆっくり休まれてから、お話しできれば光栄です』」

 アヤスラニ帝国式の礼を取ると、特使達からほう、と感嘆の溜息が漏れた。

 「『うむ、かたじけない』」

 鷹揚に頷いて、従僕に案内されていく立派な身形の特使。他の特使達もそれに続く。
 そこへ、メリー様と抱擁を交わして再会を喜んでいたマリーが近付いて来た。

 「あら、あの方々は?」

 首を傾げて去っていく特使達の背中を見送る。僕が「アヤスラニ帝国からの特使だって」というと、「そうなの? 挨拶したかったのに……」と残念そうに口を尖らせた。
 しかしすぐに気を取り直したのか、イドゥリース達に向き直る。

 「と、イドゥリース、スレイマンもお帰りなさい! 特使達を連れて来てくれてありがとう」

 「どういたしまして、ただいま戻りました」

 「今は帰って来たばかりですし、特使達との面会は後日時間を取ろうと思います。それと、彼らはこの国について良く知らないので、私とイドゥリースが付き添ってあちこちを案内しようと考えています」

 「そういうことなら仕方ないわね。その時を待っているわ」

 成程。いきなり話し合いの場を作るよりは、観光して貰ってこの国に慣れさせてからの方が良さそうだ。
 となれば。

 「護衛は付けるとして――僕の助けは要るかい?」

 王都の見所や隠れ名所は大体知っている。しかしイドゥリース達は首を横に振った。

 「いや、大丈夫。護衛を付けてくれるだけでも十分です」

 「グレイは忙しいだろう? その気持ちだけで十分だよ」

 気を使ってくれているのは分かるけど、本当に大丈夫だろうか?

 「……分かった。何かあれば何時でも声を掛けて欲しい」

 一応観光に詳しい人をお願いして、紙に見所などを書いて渡しておくとしよう。そう言うと礼を言う二人。

 視界の隅では、にこにこと微笑むメリー様の姿。
 それが何故か心に残った。


***


 拳銃の訓練。腕を痺れさせる程撃ちまくる。
 その休憩中に、カレル様が「なあ、グレイ」と声を掛けて来た。

 「何でしょう」

 「……実は、皇女殿下の侍女から手紙が来てな。今から王宮に行くんだが……」

 付いてきて欲しい、と言う。
 何か理由があるのだろうと目線で促すと、カレル様は続けた。

 「実は、アレマニア帝国からやってきた使いから――エリーザベト皇女が兄皇子達の所業を知ってしまったようなんだ」

 何を、とは聞くまでも無かった。
 兄アーダム皇子がマリーを攫い、更にはその配下であるダンカンがマリーを殺しかけたという事実。

 「それで、気に病んで寝込んでいるという。マリーに謝罪したい。しかし、その勇気が出ないのだと呟いているそうだ。俺にも合わせる顔が無いと」

 「成程、マリーの夫の僕ならまだ話しやすいかも知れませんね」

 女王リュサイが王宮に行ったが会えなかったと言っていた。マリーも手紙が帰って来ないと。
 それが理由なら無理もないと思う。レアンドロ王子が帰国する時にもその姿は無かったし。相当気に病んで悩んでいたのだろう。
 そもそも悪いのはアーダム皇子達だし、エリーザベト皇女はその妹というだけで罪はない。だけど、そう伝えても皇女自身は納得しないだろう。
 謝罪することで皇女の心が少しでも軽くなれば。僕は取り成し役として適任だと思う。

 王宮へ向かい、エリーザベト皇女の部屋を訪ねる。
 少し待たされた後、涙ぐんだ侍女が僕達を迎え入れてくれた。
 ベッドに横たわり、憔悴した様子の皇女はカレル様の姿を認めるなり「……カレル様!」と悲痛な声を上げた。

 「私……っ!」

 腫れぼったい目で言葉を失うエリーザベト皇女に、カレル様はベッドに近付いて片膝をつき頭を垂れた。

 「申し訳ありません、私はおもてなし役失格です。皇女殿下のお姿が見えないことに疑問を持ち、もっと早くお訪ねするべきでした」

 「いいえ、いいえ! 本来なら、妹君であらせられる聖女様を攫い、お命まで狙った男の身内である私が、カレル様にお世話になることすらおこがましいのです……」

 「……妹のことは、皇女殿下の所為ではありません」

 静かに断言するカレル様。しかしエリーザベト皇女は頑固に首を横に振る。

 「それでも、聖女様には、本当に、本当に申し訳なく……。兄は、ダンカンは何てことを……!」

 延々とこのやりとりが続きそうな気がして、僕は口を挟むことにした。

 「皇女様、カレル様の言う通り、兄君の罪は飽くまでも兄君のもの。皇女様に罪はありません。妻もそう思っている筈です。そうでなければ、皇女様と友人にならなかったでしょう」

 その時初めて、エリーザベト皇女は僕のことを認識したのだろう。少し頬を染めて決まり悪そうにしている。
 うん、カレル様しか眼中になくて僕が空気なのは分かってたけどさ。

 「グレイ猊下も来て下さったのですね……」

 ご心配をおかけして申し訳ありません、と消え入るような声で謝罪する皇女。僕は「先程の続きですが、」と続けた。

 「マリーも私達と同じように考えています。ですので、宜しければ今からでも当家においで頂けませんか? マリーは皇女殿下のことを心配していましたし、謝罪することで皇女殿下のお気持ちが軽くなるのならば受け入れてくれるでしょう」

 「本当に……?」

 「兄の私が保証します」

 「けれど」

 「今すぐ、というのが無理ならマリーの誕生日ではどうでしょうか? 私達が戻って皇女殿下のお気持ちを妻に話します。皇女殿下のことを友人だと思っているのならば、招待状を出す筈です」

 僕が譲歩案を出すと、エリーザベト皇女は暫く考えた後、「……分かりましたわ。感謝申し上げます」と頭を下げた。 
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