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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

体張ってます。

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 我慢しながら室内へ入る。レアンドロ王子は一旦グレイ達が座っているテーブルへと向かった。
 外交官ホセ子爵に精神感応を使って探ると、こちらは割と常識人でどうもレアンドロ王子の暴挙を抑えようとしていたようだ。

 「殿下、これは」

 私達の姿を認め、ホセ子爵が瞠目する。グレイは一瞬眉間に皺を寄せ、訝し気に私の名を呼んだ。

 「マリー……?」

 『後でね』

 グレイににっこり微笑みかけ、中脚とナーテにグレイの護衛を強化するように精神感応で伝える。
 私はレアンドロ王子の胸に軽く触れた。

 「レアンドロ殿下。色々準備が必要ですわ。私は先にサリューン枢機卿の元へ行き、手配して参りますわね。お呼びしたらいらして下さいまし」

 「名残惜しいですが、致し方ありませんね」

 やっと解放された私はキスをされた手を拭いたくなるのを我慢して、従僕を捕まえてペンと紙を持ってくるように言いつける。そしてオディロン王やサリューン枢機卿達の元へと急いだ。


***


 私の姿を認めたオディロン王が「これは聖女様」と声をかけてくる。その傍に寄ってざっと王の顔色を見る。うん、悪くはなさそうだ。

 「体調に変化などはありましたか? どなたか気分が悪くなった方は?」

 サリューン枢機卿を振り返って訊ねると、「陛下は大丈夫です。他に体調不良を訴えた方もおりません」とのこと。
 良かった、一応対処療法の薬は用意させていたけれど、大丈夫みたいだ。

 「それなら良うございましたわ。そろそろお開きに、と言いたいところですが……実は、オディロン陛下とサリューン枢機卿に頼みたいことが出来たんですの」

 「頼みたいこと、ですか」

 「ええ、実は――」

 まとまった量の砂糖を手に入れる当てが出来たんですの。それをどうするか悩んでいたのですが、レアンドロ殿下は信仰心篤き方で。砂糖を買い上げて教会の資金繰りに貢献して下さるそうですわ、と続ける。

 「グレイ猊下が関わる、件の教会専売になるという砂糖ですか……財政難?」

 「ええ、その砂糖ですわ。教会はこれからお金が必要なのは事実ですし、
善は急げ、ということでその契約書を作成するので立ち合いをお願いしたいのですが、可能そうでしょうか?

 「それは可能ですが……陛下も私も印章のついた指輪を嵌めておりますし」

 「それほど資金が必要であれば、わざわざレアンドロ殿下に頼まずとも国で買い上げても宜しいのですが……?」

 「うふふ、勿論トラス王国に必要な分は十分に確保しますのでご安心下さいまし。その話はまた後で」

 唇に人差し指を当てて微笑むと、「何かまた企んでいるようですね」とアルバート王子が現れた。

 「あら、レアンドロ殿下に忠告なさいます?」

 「そんな義理は無いですね。陛下、我が国には害はないでしょうからマリーの言う通りにされてみるのも一興かと。面白いものが見れそうだ」

 「うふふ、特等席での見料は大金貨一枚ですわ」

 「それは高い!」

 そんなやり取りをしていると、サリューン枢機卿が溜息を吐いた。

 「はぁ……分かりました。何時でも構いません、差しつかえ無ければ詳しい話をお聞かせいただきたいのですが」

 「ええ、勿論。他言無用という条件付きならば」

 そう言って精神感応を使おうとしたタイミングで、従僕がペンと紙を持ってきた。私は空いているテーブルに座り、サラサラとペンを動かして草案を書き出して行く。
 書き終わったところで、顔色の悪いグレイが父サイモンと共にやってきた。どうかしたんだろうか?
 頭を人差し指を触れさせる。精神感応で、との合図だ。

 『どうしたの?』

 『マリー! レアンドロ王子に条件付きで結婚すると言ったんだって!?』

 『どういうつもりなのだ、マリー』

 『君の夫は僕だよね、どういうこと……?』

 『あら、嫉妬してくれたの? ――はい、こういうことよ』

 私は書き上がった草案をグレイに突き出した。
 それを奪うように受け取って目を走らせるグレイの表情が驚き、そして困惑へと変化する。隣で覗き見ている父も同様だ。

 『砂糖の取引……?』

 『あの男、グレイを殺して私と結婚することを企んでいたの。腹が立ったけど、逆にこの状況を利用して嵌め返そうと考えたのよ』

 その為にレアンドロ王子に話した内容を説明する。グレイ以上の功績を立て、かつ神の難問を解くことが条件なのだと。

 『それで、この砂糖売買って訳。グレイは字が綺麗だから清書をお願い出来るかしら? 砂糖と銀の現在の相場を知っているならそれも。それと、今後あの男に絡まれた時はグレイの負けみたいに匂わせて適当に話を合わせて欲しいの』

 その方がグレイ自身の危険も減るだろうから、と言うと彼は渋面になった。

 『それは、構わないけれど……それにしては危険な賭けだよ。自分自身を餌にするなんて』

 『エスパーニャ王国の財力は凄まじいぞ。それを頼みにしたレアンドロ王子の功績はグレイのそれよりすぐに上回るだろう。
 そうなれば神の課す難問とやらで食い止めることになるが――王太子として教育を受けて来ている男だ、メイソンの時の様にはいかないのではないか?』

 『それがいくのよねぇ。それに父、これは武器を使わない戦争よ。結果的に体張ってる状態になったけれど、それだけの価値がエスパーニャの銀にはある――だからグレイ、清書お願いね』

 勝算がある、と断言すると、父サイモンは大きく息を吐き、グレイはしぶしぶ清書を始めた。美しい文字が誤字も無く連ねられて行く。
 流石はグレイ。地球にトリップさせられてもペン習字講師で食っていけるだろう。
 グレイが書き終わった清書と草案を手に取って目を通す王族達。一早く読み終えたサリューン枢機卿が顔を上げてこちらを見た。

 「砂糖を相場の八割固定……同等の純銀での取引というのはさておき、高級品をわざわざ他国に安く売ってやるのですか?」

 ちなみに純銀を指定したのは、混ざり物の悪貨を乱発されても困るからだ。
 理解できない、と言った様子のサリューン枢機卿に、私は首を横に振った。

 「いいえ、よく読んで下さいまし」

 ちゃんと私の意図を汲み取ってくれて、現時点での砂糖の相場の八掛けの値段に加え、相応の銀の量も書いてある。グレイ様様だ。
 釈然としない様子のオディロン王とサリューン枢機卿に、父サイモンが礼を取った。

 「陛下、猊下――恐れながら、今は娘の望みをお聞き届け下さい。これは王国の為なのです。ご説明は、後で場を設けさせて頂きます故」
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