上 下
487 / 687
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

三人の守護女神達。

しおりを挟む
 「皆様、本日はお集まり頂き感謝致しますわ」

 去年の今頃は三夫人とお茶会をしてたっけ。
 今日の種痘の説明会と実施を兼ねたお茶会は大規模なものとなった。
 オディロン王やアルバート王子から始まり、社交界でも名だたる貴族達が集まっている。
 私はわざと接種痕が出るドレスを着ていた。母ティヴィーナやアナベラ姉も同様だ。
 設えられた壇上。私は淑女の礼をしてから説明を始めた。

 「私が死病である疱瘡の流行の予言を太陽神から下されたことは、皆様聞き及んでおられると思います……」

 私は予言から種痘のことについて説明を行い、訴える。
 種痘を拒んで疱瘡に罹っても、手の下しようがないということも。

 「ですから、その事も覚悟の上で、王侯貴族は勿論、下々の者に至るまで、神の刻印――種痘を受けることを考えて頂きたいのですわ。
 聖女である私自身を始め、夫のグレイは勿論、一族全員種痘を受けました。嘘ではない証拠に、私は本日その刻印が見えるドレスを身に纏っております。母や姉も同様です。
 ただ、妊婦には刻印を施せない決まりなのです。出産を控えているウィッタード公爵夫人――一番上の姉アンは出産後に受けて貰うことになっております」

 因みに本日、オディロン陛下やアルバート殿下はお受けになると仰って下さいました。

 その言葉に騒めく群衆。実際の接種は、心の準備もあるだろうから一時間程後に開始する予定である。
 「それまでは、菊花やそれに因んだ菓子、お茶などでお心を解して頂けたらと存じますわ。太陽神も、私も――皆様の信仰心篤きことと賢い選択を願っております」と祈りの所作で話を締め括る。
 壇上を降りると何故かレアンドロ王子と目が合った。
 何故彼がここにいるのかと言うと――アン姉に種痘の説明をした後、種痘について詳しい話が聞きたいので場を設けて欲しいと申し出てきたからである。
 どうせ説明会と実施を兼ねた茶会を開く予定だったし、と私は了承。砂糖の件もその時に話せば丁度良いしな、と。
 レアンドロはありがとうと言った後、「それと……実は私は些細な嫉妬と誤解から、聖女様の兄君であるカレル卿に色々失礼な態度を取ってしまったのです。そのこともお詫びしたいので、カレル卿にも宜しくお伝え願えませんか」と声を潜めて伝えて来た。
 分かりましたと言って帰った後カレル兄にもその旨を伝えたし、後はレアンドロ王子次第なのだが――

 「聖女さ――」

 微笑みを浮かべ、何故かカレル兄ではなくこちらに近付いて来ようとする王子にぎょっとする。

 まさか、こんな人目がある前で先日のようなことをするつもりか!?
 やめろ、ソーシャルディスタンスを守れ、大体そこに婚約者エリーザベトも居るだろうが!
 私を三面記事送りにするんじゃない、大体あれから手の甲をアルコール消毒までしたんだぞ!
 濃厚接触、ダメ、絶対!

 私が身構えて警戒を強め――

 「きゃあああ、マリーちゃあーん! 元気だったぁ? 今日はガスィーちゃんを連れて来たんですのよぉ、ほらぁ!」

 キャンキャンッ!

 「先日はお土産を色々とありがとう! ハシバミの実ノワゼットの蜂蜜漬け、早速頂いたのだけれどとっても美味しかったわ」

 「久しぶりざますわね。マリーちゃんが無事に王都に帰ってきて安心ざます。手紙にあった、温泉の話をもう少し詳しく聞かせて欲しいざます」

 ――かけたところで、目に痛い三原色の衣がその大いなる存在感と共に目の前に翻る。私は思わず胸の前で手を組んだ。

 「ああっ、ピュシス夫人、エピテュミア夫人、ホルメー夫人! 私も会いたかったですわー! ガスィーちゃんも久しぶりですわね、いいこいいこ♪ 後でうちのヘヒルちゃんと遊んで欲しいわ」

 ひしっと抱き合ったりガスィーちゃんを撫でたりして大袈裟に喜びを表現する。視界の隅では三夫人に押し退けられ、ぽかんとした顔で所在なさげに伸ばした手をそのままにしているレアンドロ王子。
 そして苦笑いを浮かべるアルバート王子、メティ、女王リュサイの姿。皇女エリーザベトは目をパチクリさせている。

 いやー、三夫人はやっぱり最高の友だわー。この世に怖いものはない、無敵の守護女神達である。
 おーっほっほっほっほ!

 内心悪役令嬢の如く高笑いしていると、グレイが卒なく三夫人に挨拶して合流。
 精神感応を飛ばして呼んだカレル兄、メティ達女性陣も続く。アルバート王子は挨拶等で忙しいのか来なかった。
 そのまま同じテーブルに着くと、人数分のお茶が淹れられる。

 「聖女様! 先日お話していた外交官を連れて来ました。私達も同席しても構いませんか?」

 我に返ったのか、レアンドロ王子が慌てて追って来た。一人の若い男――こちらもイケメン――を引き連れている。恐らく件の外交官なのだろう。
 私は「ええ、勿論構いませんわ」と微笑む。安堵した様子でこちらに来ようとするレアンドロ王子。私の隣に座ろうと目論んでいるのだろうが、そうはいかんざき。既に両隣はグレイとカレル兄で固めているのだ。
 私は笑顔のまま三夫人に顔を向けた。

 「ピュシス夫人、エピテュミア夫人、ホルメー夫人。申し訳ないのですが、エスパーニャ王国のレアンドロ殿下の席をお願い出来ますかしら?
 殿下はまだトラス王国で過ごされた日が浅いと存じますし、経験豊富で機知に富んでいらっしゃる夫人達の傍の方が何かと話題も豊富で弾むでしょうから……」

 「いえ、私は――」

 「あらぁ、丁度お二人いることですしぃ、私達の間にどうぞぉ?」

 「うふふ、遠慮なさらず」

 「エスパーニャ王国のお話を色々とお聞かせ下さると嬉しいざますわ♪」

 「…………どうも」

 「失礼致します……」

 降って湧いた若いイケメン二人に色めき立つ三夫人とは対照的に、顔を引き攣らせるレアンドロ王子。それを見つめる外交官であろう男の顔にも、話が違うとでも書いてあるようだ。
 今更否とも言えないのだろう、彼らは通夜のような顔をしてしぶしぶ三夫人達の間に座ったのであった。
しおりを挟む
感想 922

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。