貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(89)

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 僕は城の一室で横領犯エミリュノ・ルグミラマが連れて来られるのを待っていた。
 傍らには僕の護衛であり特殊隠密部隊の副長のカール、諜報部隊の長であるアルトガルが控えている。
 拘束されたままペーターに連れて来られたエミリュノは、床に無理やり跪かされると僕を睨みつけた。

 「取ってあげて」

 ペーターがこくりと頷いてエミリュノの口枷を取る。

 「卑しい赤毛の若造が! あの方々を敵に回してのうのうといられると思うなよ。如何に聖女の夫とて、貴様自身は商人上がりの新米伯爵に過ぎぬのだからな!」

 唾を吐きかけるような勢いでまくし立てるエミリュノ。僕はおやおや、と肩を竦めた。

 「確かに私は若造で成り上がりの新米伯爵です。至らぬところもありましょう。しかしキャンディ伯爵家、サングマ教皇猊下という後ろ盾のある伯爵です。そう、横領犯を始末することぐらい造作も無く出来る、ね」

 「わ、私を殺すつもりか!」

 「殺す? とんでもない。今は寧ろ守ってあげているというのに」

 「それは、どういう――」

 「可哀そうに、エミリュノ・ルグミラマ。まだ彼らが貴方を助けに来ると思っているのですね。しかし残念ながら、来たとしても口封じの為だけ、だそうですよ」

 ちらりとアルトガルに視線をやると、「本当だぞ。これまで数人始末した。信じられぬようならその内証拠を見せてやろうぞ」と言う。
 確かに来ている報告は受けていたが、全て事実という訳ではなかった。
 これは揺さぶりの為に吐いた嘘――エミリュノを口封じに来たとは限らないのだから。

 「ほ、本当なのか? 私を殺そうと?」

 真に受けたエミリュノは絶句する。アルトガルが頷くと、みるみる内に勢いを無くした。
 僕は数枚の手紙をヒラヒラとさせた。

 「貴方が受け取ったこれら手紙も、精巧に署名押印が偽造されたもの。最初から捨て駒にされていたのですよ」

 具体的にどこが違うのか逐一指摘しながら教えてやると、現実を認め無くないのかエミリュノは首を横に振る。

 「う、嘘だ! お前は嘘を言っている!」

 「二重三重の謀だったんですよ。成功すれば良しですが……生憎彼らは私達のことを警戒し、露見すると読んでいた。妻は神の恩寵により真実を見通す力を持っているのでね。
 私が宮廷で貴方のことを明らかにし、彼らを糾弾しようものなら、証拠の手紙は偽造だと私を陥れるつもりだった。寧ろそちらが本命だったのだと思います。そして私の妻たる聖女は別のどなたかのお妃・・に、という流れです」

 ――私の言っている意味、理解できますか?

 そう訊くと、エミリュノはしばし呆然とした後、「第二王子殿下、王妃殿下……」と呟いた。顔から血の気が引いている。

 「いずれにせよ、貴方がドルトン侯爵家の配下となり子爵位が転がり込んで安泰となる未来はなかったでしょう。
よしんば、子爵になっても用済みの猟犬は消されるのが世の常というもの。やんごとなき御方の未来に、一点の曇りや闇があってはならない。闇を知るものは闇へ、です」

 「あ……」

 肩を落とし、虚ろな目になるエミリュノ。
 僕は最後の仕上げをすることにした。

 「さて。本題ですが、貴方の処遇をどうしましょうか。義父様は面倒だから生かしておくよりも、体をバラバラにして首謀者共の屋敷に投げ込めば良いって仰るのですが、貴方もそうした方が良いと思いますか?
 ああ、私は卑しい商売人ですから、アヤスラニ帝国にでも奴隷として売りさばいても良いかなって思うのですが如何です? 珍しいトラス人の奴隷はさぞかし高く売れるでしょうね。
 死ぬよりはマシでしょうし、何より横領した分の民達の血税は返して貰わないといけませんよねぇ?」

 商売上幾度となく作って来た笑顔で流し目を送ると、エミリュノは髪を振り乱して暴れ出した。

 「い、嫌だ! 死ぬのも野蛮人共の奴隷になるのも嫌だあああ! グレイ様、お助け下さいぃ! 何でもします、私は終わりたくない!」

 悲痛な叫び。
 僕は静かに相手を見つめる。

 「何でもする、ですか。ドルトン侯爵家や王妃殿下を敵に回してでも何でもすると?」

 「は、はい!」

 「分かりました、一度だけ贖罪の機会を与えましょう」

 僕はエミリュノの待遇を軟禁にまで格上げした。
 多少隙を見せるように、とアルトガル達に言い含めた上で。


***


 「クロヴランにパトリュック。そういう訳だから後の事はくれぐれも宜しく」

 王都への出立の日。
 僕は領都クードルセルヴの城門で、見送りに来た領政総官クロヴラン・ピュトロワ、そして副領政総官のパトリュック・カルカイムに領政を託していた。
 勿論エミリュノについても機密として言い含めてある。何かあればアルトガルが責任者で一任してある、とも。
 側塔を見上げると、こちらを見下ろすアルトガルと目が合った。

 ――頼んだよ。

 思いを込めると、会釈を返される。
 本人は呼び寄せた雪山の傭兵達の良い訓練になる、と喜んでいたっけ。
 組織の体制を整えるまでは大忙しだろうけれど、頑張って欲しい。

 「メリー、ちゃんと良い子にしているのよ」

 「お母様、私はもう子供ではないわ!」

 「うふふ、メリーはもう淑女だものね」

 そんな会話が傍らでなされている間、僕はイドゥリースやスレイマンと抱擁を交わす。

 「『グレイ、兄上のことは任せて欲しい。無事に送り出した後は私も王都へ向かうから』」

 「『道中気を付けて』」

 「『ありがとう、二人共』」

 その後、僕はメリー様にも道中の無事を願われた。
 イドゥリースがマリーに何事かを耳打ちされ、顔を少し赤らめていたけれど、どうしたんだろうか。

 それから大導師フゼイフェ他、各々別れを済ませた後。ヤンとシャルマンに連れられた商会の者とも挨拶を済ませる。
 やがて、出立の号令が出されて馬車が走り出した。

 久々の王都――一体何が待ち受けているのか。
 少なくとも、ドルトン侯爵家と王妃、第二王子派には要注意だろう。
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