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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
まさかの黎明期。
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「ところで三夫人はお元気?」
気を取り直した私は話題を変えることにした。
彼女達にはメティを助けて欲しいと要請していたが、仲良くやれているだろうか。
お土産も渡したいし、お茶会に是非とも呼びたいものである。
メティは何とも言えない笑みを浮かべた。女王リュサイは苦笑いである。
「色々と圧倒されるぐらいにお元気よ。色々と助けられているわ」
まあ、癖が強い三人だからなぁ。
それからは色々な話をした。メティはオディロン王にも気に入られており、正式な婚約の打診が近々出されるとか。
他、女王リュサイからは我が家の美食や王都観光の話題が。義兄アールとアナベラ姉にラベンダー畑に案内して貰ったらしい。メティも同行したとか。
リュサイが恍惚とした表情を浮かべた。
「本当に、美しい光景でしたわ」
「私もあんな素敵な場所は初めてよ。お土産にラベンダー精油も頂いて……」
精油が人気なのも頷けるわ、とメティ。
グレイが安堵したように「楽しんで頂けたようで何よりです」と相槌を打つ。
「カレドニア王国にもヒースの群生地がありますの。ちょうど今頃が花の最盛期――遥か彼方までピンクの絨毯が広がりまして、圧巻の眺めなのですわ。聖女様にもいつか是非見て頂きたい程の見事さで……」
「ヒース……エリカのことですね」
「ああ、ブリエーというのですか」
ほほう。
少し目を閉じて前世の記憶にアクセスする。
……美白効果と利尿作用があるらしいな。濃く煮出したハーブティーを肌に化粧水として使うことで効果がある、と。
群生しているので蜜源植物と出来る。ヒースの花のみの蜂蜜には、薬効が付くようだ。
ヒースとは荒野という意味があり、荒野を埋め尽くすツツジ科の花の総称だそう。ちなみにエリカ属とカルーナ属があり、イギリスやスコットランドの群生地では混在して咲いているらしい。ヘザー、エリカとも呼ばれる。
ヒース自体はそう珍しくない花だ。酸性土壌の荒地を好む。しかし群生ともなると場所は限られてくる。
「辺り一面を埋め尽くす花畑、素敵ですわね。勿論、ヒースは美しいだけではなく、人々の生活に溶け込んでいるのでしょう?」
と訊いたのは、アクセスした情報に、ヒースは屋根を葺いたり枯草ベッドにしたり、箒や籠などを作ったり、薬草茶にしたり。色々な利用をされているとあったからである。
そして何よりも、ヒースはウィスキーに欠かせない重要な役割を果たしていた。
群生したヒースが枯れて大地に還り、百年程で『ピート』と呼ばれる泥炭に変わる。
これを燃やすことでウィスキーにスモーキーな香りが付くのだそう。
また、ピートの層は水を濾過して浄化する。その清水がウィスキーの水となるのだ。
「何といっても、朽ちたヒースが堆積して出来た泥炭は、カレドニア王国のお酒作りに欠かせませんものね。熟成の末に生み出された美しい琥珀色のスモーキーな香り、深みのある味わいのお酒……」
アイスクリームに垂らして食べると最高なんだよなぁ。
「は?」
私の言葉に、女王リュサイは目を丸くした。
「泥炭のことをよくご存じですね、確かに泥炭を原料の大麦を乾かす為に使われますが……お酒は琥珀色ではなく透明ですわ。何か別のお酒と勘違いなされているのでは」
「えっ!?」
なん……だと……
嫌な予感がする。もしや、樽で寝かせるとかしていないのか?
どういうことだと混乱する私に、それまで静かに控えていた騎士ドナルドが「発言のお許しを……」と礼を取る。
そうして語られたカレドニア王国の酒造事情に私は開いた口が塞がらなかった。
そもそも、蒸留酒自体は錬金術の賜物――『命の水』という薬として疝痛や天然痘に処方される教会の専売特許だったらしい。
庶民には薬として使われてきたが、ぶっちゃけアルコール度数の高い酒である。王侯貴族は酒としての扱いをしていた。
カレドニア王国の隣国、アルビオンの王ゴードリクが国ごと破門された際……逃げて来た修道士達から蒸留酒の製法が庶民にも解放されて一般にも広まったようだ。
今では蒸留酒はアルビオンとカレドニアの両国でで蒸留所が建てられ、盛んに作られるように。
前世の記憶を探って、ああ成程と合点がいく。
似たような経緯で蒸留酒が一般化した後、酒造りに重税が課されることになり、密造が盛んになった。酒を隠すために樽が登場、長期保管の末に現代のウィスキーが形成されていったという歴史である。
ドナルドら高地の騎士達の所領でも収入確保の為に次々に蒸留所が建てられたそうだが、それはリュサイが引き取られて数年のことだったらしい。
つまり現在はまだウィスキーの黎明期――無色透明な筈だよ。
私が消毒用に更に蒸留した、アルコール成分高めた酒と大して変わらないじゃないか。
「失礼ですが……聖女様の仰る蒸留酒につきまして詳しくお教えいただけませんか」
目つきが真剣なものに変わった騎士ドナルドが跪いた。
「マリー……」
グレイが呆れた顔で、口元をトントンと指で叩いている。
し、仕方ないじゃない!
まさかウィスキーがまだ無いなんて、知らなかったんだもの!
気を取り直した私は話題を変えることにした。
彼女達にはメティを助けて欲しいと要請していたが、仲良くやれているだろうか。
お土産も渡したいし、お茶会に是非とも呼びたいものである。
メティは何とも言えない笑みを浮かべた。女王リュサイは苦笑いである。
「色々と圧倒されるぐらいにお元気よ。色々と助けられているわ」
まあ、癖が強い三人だからなぁ。
それからは色々な話をした。メティはオディロン王にも気に入られており、正式な婚約の打診が近々出されるとか。
他、女王リュサイからは我が家の美食や王都観光の話題が。義兄アールとアナベラ姉にラベンダー畑に案内して貰ったらしい。メティも同行したとか。
リュサイが恍惚とした表情を浮かべた。
「本当に、美しい光景でしたわ」
「私もあんな素敵な場所は初めてよ。お土産にラベンダー精油も頂いて……」
精油が人気なのも頷けるわ、とメティ。
グレイが安堵したように「楽しんで頂けたようで何よりです」と相槌を打つ。
「カレドニア王国にもヒースの群生地がありますの。ちょうど今頃が花の最盛期――遥か彼方までピンクの絨毯が広がりまして、圧巻の眺めなのですわ。聖女様にもいつか是非見て頂きたい程の見事さで……」
「ヒース……エリカのことですね」
「ああ、ブリエーというのですか」
ほほう。
少し目を閉じて前世の記憶にアクセスする。
……美白効果と利尿作用があるらしいな。濃く煮出したハーブティーを肌に化粧水として使うことで効果がある、と。
群生しているので蜜源植物と出来る。ヒースの花のみの蜂蜜には、薬効が付くようだ。
ヒースとは荒野という意味があり、荒野を埋め尽くすツツジ科の花の総称だそう。ちなみにエリカ属とカルーナ属があり、イギリスやスコットランドの群生地では混在して咲いているらしい。ヘザー、エリカとも呼ばれる。
ヒース自体はそう珍しくない花だ。酸性土壌の荒地を好む。しかし群生ともなると場所は限られてくる。
「辺り一面を埋め尽くす花畑、素敵ですわね。勿論、ヒースは美しいだけではなく、人々の生活に溶け込んでいるのでしょう?」
と訊いたのは、アクセスした情報に、ヒースは屋根を葺いたり枯草ベッドにしたり、箒や籠などを作ったり、薬草茶にしたり。色々な利用をされているとあったからである。
そして何よりも、ヒースはウィスキーに欠かせない重要な役割を果たしていた。
群生したヒースが枯れて大地に還り、百年程で『ピート』と呼ばれる泥炭に変わる。
これを燃やすことでウィスキーにスモーキーな香りが付くのだそう。
また、ピートの層は水を濾過して浄化する。その清水がウィスキーの水となるのだ。
「何といっても、朽ちたヒースが堆積して出来た泥炭は、カレドニア王国のお酒作りに欠かせませんものね。熟成の末に生み出された美しい琥珀色のスモーキーな香り、深みのある味わいのお酒……」
アイスクリームに垂らして食べると最高なんだよなぁ。
「は?」
私の言葉に、女王リュサイは目を丸くした。
「泥炭のことをよくご存じですね、確かに泥炭を原料の大麦を乾かす為に使われますが……お酒は琥珀色ではなく透明ですわ。何か別のお酒と勘違いなされているのでは」
「えっ!?」
なん……だと……
嫌な予感がする。もしや、樽で寝かせるとかしていないのか?
どういうことだと混乱する私に、それまで静かに控えていた騎士ドナルドが「発言のお許しを……」と礼を取る。
そうして語られたカレドニア王国の酒造事情に私は開いた口が塞がらなかった。
そもそも、蒸留酒自体は錬金術の賜物――『命の水』という薬として疝痛や天然痘に処方される教会の専売特許だったらしい。
庶民には薬として使われてきたが、ぶっちゃけアルコール度数の高い酒である。王侯貴族は酒としての扱いをしていた。
カレドニア王国の隣国、アルビオンの王ゴードリクが国ごと破門された際……逃げて来た修道士達から蒸留酒の製法が庶民にも解放されて一般にも広まったようだ。
今では蒸留酒はアルビオンとカレドニアの両国でで蒸留所が建てられ、盛んに作られるように。
前世の記憶を探って、ああ成程と合点がいく。
似たような経緯で蒸留酒が一般化した後、酒造りに重税が課されることになり、密造が盛んになった。酒を隠すために樽が登場、長期保管の末に現代のウィスキーが形成されていったという歴史である。
ドナルドら高地の騎士達の所領でも収入確保の為に次々に蒸留所が建てられたそうだが、それはリュサイが引き取られて数年のことだったらしい。
つまり現在はまだウィスキーの黎明期――無色透明な筈だよ。
私が消毒用に更に蒸留した、アルコール成分高めた酒と大して変わらないじゃないか。
「失礼ですが……聖女様の仰る蒸留酒につきまして詳しくお教えいただけませんか」
目つきが真剣なものに変わった騎士ドナルドが跪いた。
「マリー……」
グレイが呆れた顔で、口元をトントンと指で叩いている。
し、仕方ないじゃない!
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