貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

エスパーニャ王国第一王子レアンドロ。

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 アパレル事業のことをあれこれ考えながら、宮殿へと走る馬車に揺られる。
 共に向かっているのは父サイモン、グレイ、カレドニア女王リュサイ、そして私の四人だ。後方の馬車にはサリーナら侍女数名に同行希望の記録魔エヴァン修道士。
 外では護衛として馬の脚共三人、騎士ドナルド他数人、キャンディ伯爵家の所謂『平地の騎士』達がめいめい正装の上、馬で随行している。外、表に出てこれない隠密騎士達が遠巻きに追いかけてきているらしい。

 お疲れのカレル兄は、久々のリフレッシュ休暇である。今頃釣りでもしているのかな。
 麗しき月光の君(笑)を演じながらのアレマニア王女の接待はさぞかし気を張ったことだろう。
 カレル兄には苦労をかけたと思う。好きなだけ鼻ほじったり変顔したり、ありのままのカレル兄で思う存分やりたい放題のびのびと過ごして欲しい――そう言うと、お前は俺を何だと思ってるんだ、と頬をむにっと掴まれた。

 リュサイを連れて来たのは、客人として宮殿滞在中の神聖アレマニア第一皇女エリーザベト、エスパーニャ王国のレアンドロ第一王子に種痘の協力を求める為に面会する予定だからである。加えて、種痘の説明はなるべくまとめて一回で終わらせたいという個人的な事情もあり。
 ちなみにヴェスカルを連れて来ることを一瞬考えたが、皇女エリーザベトがどう出るか分からないので却下となった。

 兄達二人、義姉キャロラインは勿論、リュサイ達にも既に説明して、種痘を受けさせている。
 カレドニア王国に広めるように手紙を認めて貰ったし、私も遠隔精神感応で現在のカレドニアの国政を取り仕切っている摂政オーエン伯リーアムに連絡をしておいたので大丈夫だろう。

 女王リュサイには、皇女エリーザベトに種痘は受けても大丈夫だから皇帝にも進言して欲しいと説得してくれることを期待している。

 「まあ、葡萄の収穫ですわね」

 リュサイの言葉に窓の外を覗い見ると、農夫が葡萄を持った籠を運んでいる。
 吹いてきた優しい風に、涼しさが混じり始めていた。


***


 「マリー、お帰りなさい! 今日宮殿へ来ると聞いて待っていたのよ!」

 トゥラントゥール宮殿に到着するなり、メティが両手を広げて待っていた。傍には迎えに来たであろう侍従が礼を取る姿。

 「まあメティ、ただいま! 久しぶりね、元気にしていたかしら?」

 侍従に会釈した後、私も彼女に両手を広げて抱擁し合う。やはり女の子は良いものだ。
 柔らかい肢体の感触にいい匂いに――うっかり道を踏み外しそう。
 彼女は以前より綺麗になったと思う。相手が推定アルバート王子なのがいまいち納得いかないが。
 そんなおっさんっぽい思考を繰り広げながら感触を堪能していると、メティが私の耳に口を近づけた。

 「うふふ、お陰様で。アルバート殿下ともいい感じだわ。それにしても斬新なドレスね。下は膨らませず、大胆な切込みがあって。でも、素敵だわ……もしかして、動きやすかったりする?」

 「お察しの通り、コルセット無しなのよ。ピンも不要だわ。一人でも着れるし、何より着ていて楽。心地よさと機能を追求してデザインして作らせたの」

 恐らく抱き合っている時に、感触で分かったのだろう。囁き方もそうだが、何かやらしい感じがする。
 ドギマギしつつ私が答えると、彼女は「マリーがデザインしたの!?」と目を輝かせた。

 「いいわね、私もこういうドレス欲しいかも」

 「私で良ければデザインするわ。どんなイメージがいいか、希望はあるかしら?」

 楽に着られるドレスは是非流行らせたい。メティにはマーメイドラインのドレスとかどうだろう。宮廷滞在中の彼女には是非広告塔となって貰いたい。
 そんな若干の下心を混ぜ込みつつ、たわいない会話を楽しむ。
 侍従に案内されて貴賓室へ到着すると、扉の前で「また後でね」と一旦別れた。

 王宮の侍女がお茶とお菓子を運んで来る。精神感応で探ると、変なものは盛られていないようだ。サリーナ達がそれを受け取り、毒見の上で給仕。
 顔半分を覆う薄絹を取る。お菓子を摘まみながらお茶を楽しんでいると、貴賓室の扉がノックされた。扉越しでの口頭のやり取りがあり、扉の傍に立って控えていた侍従がこちらを見る。

 「オディロン陛下、並びにサリューン枢機卿猊下がおなりです」

 父サイモンとグレイが立ち上がる。私もゆっくりと腰を上げた。
 貴賓室にトラス王オディロンとサリューン枢機卿が入ってくると、父とグレイは臣下の礼を取って挨拶の向上を述べる。それに返答して頭を上げることを許した王は、今度はこちらを向くと恭しく頭を下げた。

 「聖女マリアージュ様、お久しゅうございます」

 「オディロン陛下におかれましても健勝なご様子で何よりですわ。サリューン・フォワ枢機卿も」

 「お陰様で。しかしマリー様は大変な目に遭われたようですね。私としても心配のあまり胸が潰れるような思いを致しました。無事なお姿をこうして拝見できたことに、神への感謝と共に安堵しております」

 「……その件についてはご心配をお掛けしましたわ」

 言いながら、ちらりと壁の隅で騎士達と共に物静かに控えるエヴァン修道士を見やる。
 まあ報告は行くだろうな。サリューン枢機卿は私の誘拐劇を知って度肝を抜かれたことだろう。

 「ところで聖女様におかれましては、内々に何やら重要なお話があるとか……それも、神聖アレマニア帝国のエリーザベト皇女とエスパーニャ王国のレアンドロ第一王子も交えてのことと……」

 「はい。ご配慮忝く存じますわ、オディロン陛下。これはトラス王国だけではなく、他国の貴人も交えてお話せねばならぬことなのです」

 「それでリュサイ女王もご一緒されているのですね?」

 サリューン枢機卿の問いに頷いた時、貴賓室の扉が再び叩かれた。
 侍従が待ち人達の来訪を告げ、やがて扉が開かれる。

 神聖アレマニア帝国の皇女エリーザベトは透視していたので知っていた。
 恐らく、エリーザベトをエスコートしている身形の豪華な男性が、エスパーニャ王国第一王子レアンドロと思われる。

 小麦色の肌に黒髪、大きめの黒い瞳。
 背はそこまで高くなく、エリーザベトと同じぐらいだが、筋肉がしっかりとした体付き。
 体毛は濃いようで、程よく口髭が整えられており、顎髭も綺麗に剃られている。
 顔の彫りはトラス人よりも深く、キリリとした太目の眉が意志の強さを思わせた。

 所謂、ラテン系の美男子がそこに立っていたのである。
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