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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
グレイ・ダージリン(86)
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「良い案だ、アーベルトよ。教会の土地となるならばやりやすかろう」
「有難き幸せ。アルトガル達とも協議し、ナヴィガポールの『鯨ノ庄』と同時進行で進めようと存じます」
「うむ、頼んだぞ」
サイモン様が頷く。
と、重要な報告があるのを思い出した。
「サイモン様。マリーを呪いかけたフレール・リプトンについてのご報告があるのですが……」
フレールに署名させた書類を取り出してサイモン様に渡し、僕は続けた。
「あの女は我が国を裏切り、アーダム皇子に加担してマリーの誘拐に協力していたのです。あまつさえ、マリーの事を呪い、アーダム皇子の部下のダンカンにマリーを殺させようと仕向けた――もはや許せる限度を遥かに超えています。
夫であるカーフィには悪いのですが、然るべき措置を取らせて貰うことにしました」
サイモン様はしばらく沈黙して書類全て目を通す。
ガリアの王族と枢機卿の署名もあるのか、と大きく息を吐いた。
「……この書類を宮廷に提出すれば、フレール・リプトンは身分剥奪の上で国外追放となるだろう。リプトン伯爵家への配慮から、表向きは行方不明とする――そこが落としどころだな。カーフィーへは、お前から知らせておくがいい」
「はい」
素直に頷く。
悪いのはフレール一人なのだから、リプトン伯爵家――というか、カーフィーの体面は重んじるべきだろう。
カーフィーには誰か気立ての良い女性を紹介すべきだろうな。探させてみるとしよう。
心の中にメモをした後。
ふと顔を上げると、黙って話を聞いていたティヴィーナ様達の顔色が優れないことに気が付いた。
少々物騒な話だったな、と反省。僕はコホンと咳払いをする。
「そう言えば、発見した金鉱山の近くに古くからの温泉がありまして。マリーはそこに投資したい様子でした。シルヴィオ殿下の話では――」
コスタポリからの客が主であり、交通が不便。今は寂れている、という状況を含めて説明する。
「……と言うことは、コスタポリの復興と道さえ何とかすれば儲けが出るということだな」
僕ははい、と頷く。どの道金鉱山の採掘の為に道は整備しておかねばならない。
コスタポリに人が増えれば、その分保養地も潤うだろう。
「温泉、温泉か……我が領でもダージリン領でも温泉が出ているな」
サイモン様がちらり、と問うように僕を見やった。
そういえば鉱山の話ばかりで温泉に関しては具体的に話していなかったような。
「マリーの前世の世界では、温泉は農業や保養地、娯楽施設、多岐に渡って利用されているようですね」
僕は温泉に関するマリーの計画について、サイモン様に詳しく伝えることにした。
彼女の前世の世界と違って、この世界では療養目的であることが多い。それを言うと、「何て勿体ない!」と言われたっけ。
「療養の外、美容、高級宿、商店、娼館、競馬場、劇場、温室……マリーはあちらの知識を利用して、様々な楽しみがある総合施設を作るつもりでいるようですよ」
参考にマリーに見せて貰ったのは、温泉が心地が良く楽しい場所として機能している風景だった。
体のこわばりを揉み解したり、泥で肌を綺麗にしたり。はたまた美食に舌鼓を打ったり、ゲームや劇に興じたり。
ああいう施設を作れば確かに、王都で心を疲弊させている貴族等はさぞかし病みつきになることだろう。
心が緩んでうっかり機密を口にすることもあり得るかも知れない。
全てを聞いたサイモン様は「成程、隠密騎士達に関わらせるのにうってつけ、という訳だ」とニヤリと笑った。
「競馬場……」
「いいなぁー、馬ノ庄は潤いますねー」
アーベルトとカールが羨ましそうな顔をした。ナーテは黙っているけれど同様だ。
「女性の肌に良い薬草等は需要が上がるでしょうし、木桶等の湯具も必要となります。お土産の細工物も売れるでしょう。商売も盛んになると思いますよ。あの気球だって、観光客を乗せて浮かぶことになるでしょうし。
そう言えば、高級宿で客を細やかな配慮でもてなすのは女性こそが向いているとマリーが言っていましたね」
エロイーズとか、侍女達の誰かが接客指導とかで協力してくれれば、と零していたっけ。女性が一人で自活出来る程のきちんとした給金で働く場を用意したいとも言っていた。
そう言うと、その場にいた隠密騎士家出身の者達全員が目を輝かせ始めた。
「やる気が出てきました!」
「美容に良い薬草……高く売れそうですねー」
「接客指導! 私、やりたいですわ!」
ティヴィーナ様も、「グレイ君、女性のまともな働き口を作るのは素敵なことね。私もお手伝い出来ることがあるかしら」と微笑んでいる。
勿論ですとも。
ティヴィーナ様は趣味が良く、その美意識は大いに参考になるに違いない。その時には是非宜しくお願いしたいです。
そう言うと、僕も、私も手伝う! とイサーク様とメリー様が続き。イドゥリースやスレイマンも、何か協力することがあればと申し出てくれた。
和気藹々とした雰囲気の中、ティーカップを手に取って口を付けると、丁度良い温度に。
薔薇の香りに心が少し和む。マリーの好物だ。
「有難き幸せ。アルトガル達とも協議し、ナヴィガポールの『鯨ノ庄』と同時進行で進めようと存じます」
「うむ、頼んだぞ」
サイモン様が頷く。
と、重要な報告があるのを思い出した。
「サイモン様。マリーを呪いかけたフレール・リプトンについてのご報告があるのですが……」
フレールに署名させた書類を取り出してサイモン様に渡し、僕は続けた。
「あの女は我が国を裏切り、アーダム皇子に加担してマリーの誘拐に協力していたのです。あまつさえ、マリーの事を呪い、アーダム皇子の部下のダンカンにマリーを殺させようと仕向けた――もはや許せる限度を遥かに超えています。
夫であるカーフィには悪いのですが、然るべき措置を取らせて貰うことにしました」
サイモン様はしばらく沈黙して書類全て目を通す。
ガリアの王族と枢機卿の署名もあるのか、と大きく息を吐いた。
「……この書類を宮廷に提出すれば、フレール・リプトンは身分剥奪の上で国外追放となるだろう。リプトン伯爵家への配慮から、表向きは行方不明とする――そこが落としどころだな。カーフィーへは、お前から知らせておくがいい」
「はい」
素直に頷く。
悪いのはフレール一人なのだから、リプトン伯爵家――というか、カーフィーの体面は重んじるべきだろう。
カーフィーには誰か気立ての良い女性を紹介すべきだろうな。探させてみるとしよう。
心の中にメモをした後。
ふと顔を上げると、黙って話を聞いていたティヴィーナ様達の顔色が優れないことに気が付いた。
少々物騒な話だったな、と反省。僕はコホンと咳払いをする。
「そう言えば、発見した金鉱山の近くに古くからの温泉がありまして。マリーはそこに投資したい様子でした。シルヴィオ殿下の話では――」
コスタポリからの客が主であり、交通が不便。今は寂れている、という状況を含めて説明する。
「……と言うことは、コスタポリの復興と道さえ何とかすれば儲けが出るということだな」
僕ははい、と頷く。どの道金鉱山の採掘の為に道は整備しておかねばならない。
コスタポリに人が増えれば、その分保養地も潤うだろう。
「温泉、温泉か……我が領でもダージリン領でも温泉が出ているな」
サイモン様がちらり、と問うように僕を見やった。
そういえば鉱山の話ばかりで温泉に関しては具体的に話していなかったような。
「マリーの前世の世界では、温泉は農業や保養地、娯楽施設、多岐に渡って利用されているようですね」
僕は温泉に関するマリーの計画について、サイモン様に詳しく伝えることにした。
彼女の前世の世界と違って、この世界では療養目的であることが多い。それを言うと、「何て勿体ない!」と言われたっけ。
「療養の外、美容、高級宿、商店、娼館、競馬場、劇場、温室……マリーはあちらの知識を利用して、様々な楽しみがある総合施設を作るつもりでいるようですよ」
参考にマリーに見せて貰ったのは、温泉が心地が良く楽しい場所として機能している風景だった。
体のこわばりを揉み解したり、泥で肌を綺麗にしたり。はたまた美食に舌鼓を打ったり、ゲームや劇に興じたり。
ああいう施設を作れば確かに、王都で心を疲弊させている貴族等はさぞかし病みつきになることだろう。
心が緩んでうっかり機密を口にすることもあり得るかも知れない。
全てを聞いたサイモン様は「成程、隠密騎士達に関わらせるのにうってつけ、という訳だ」とニヤリと笑った。
「競馬場……」
「いいなぁー、馬ノ庄は潤いますねー」
アーベルトとカールが羨ましそうな顔をした。ナーテは黙っているけれど同様だ。
「女性の肌に良い薬草等は需要が上がるでしょうし、木桶等の湯具も必要となります。お土産の細工物も売れるでしょう。商売も盛んになると思いますよ。あの気球だって、観光客を乗せて浮かぶことになるでしょうし。
そう言えば、高級宿で客を細やかな配慮でもてなすのは女性こそが向いているとマリーが言っていましたね」
エロイーズとか、侍女達の誰かが接客指導とかで協力してくれれば、と零していたっけ。女性が一人で自活出来る程のきちんとした給金で働く場を用意したいとも言っていた。
そう言うと、その場にいた隠密騎士家出身の者達全員が目を輝かせ始めた。
「やる気が出てきました!」
「美容に良い薬草……高く売れそうですねー」
「接客指導! 私、やりたいですわ!」
ティヴィーナ様も、「グレイ君、女性のまともな働き口を作るのは素敵なことね。私もお手伝い出来ることがあるかしら」と微笑んでいる。
勿論ですとも。
ティヴィーナ様は趣味が良く、その美意識は大いに参考になるに違いない。その時には是非宜しくお願いしたいです。
そう言うと、僕も、私も手伝う! とイサーク様とメリー様が続き。イドゥリースやスレイマンも、何か協力することがあればと申し出てくれた。
和気藹々とした雰囲気の中、ティーカップを手に取って口を付けると、丁度良い温度に。
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