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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

「さすれば誰が王になろうとも、そんなことはどうでもよい」

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 「通貨発行権……?」

 「ええ。通貨――つまりは銀行券の発行権及びその管理権よ。皇子達の命には代えられないでしょう? 後、関税免除権も欲しいわね」

 鸚鵡返しに呟いたグレイに私は頷く。
 今流通している通貨に取って代わることが出来れば御の字だが、流石にそれは難しいだろう。しかし、銀行券を通貨として認めさせることは出来ると思う。

 「だけど、そう簡単に銀行券を使うようになるのかな?」

 「砂糖や上質な布、珍しい調味料、私の前世の知識を使った便利で画期的な商品。それらキーマン商会で取り扱う安くてお得な品物を買うのに銀行券が必要になればどうかしら?」

 「あ……」

 そう、関税分安く出来るし、商人達はこぞって銀行券を使いたがるに違いない。蒸気機関車がトラス王国で普及すれば、それもきっと欲しがる。その決済も銀行券限定となれば、銀行券を使わざるを得なくなってくるだろう。

 中央銀行の設立と支配は国を支配出来る――これ、前世の世界ではもはや常識!
 中央銀行さえおさえておけば、その国の誰が王になり法を作ろうとも、そんなことはどうでもよくなるのである。
 父サイモンがううむと唸った。

 「しかし……神聖アレマニア、アヤスラニ――二つの帝国にそれぞれ銀行を作るのは良いとしても、反発を招きはしないか?」

 「招くわね。外国人である私達が直接設立・経営するとなれば、妨害されたり約束を反故にされたりするだろうから一工夫が必要よ。
 その国の人から反発を招かない名義人を銀行の頭に据えて、株式会社にするの。私達は全員でその株式の六割は持ちたいわ。残りはこちらに友好的な勢力に持ってもらえばと」

 帝国にとって、私達は外国人である。
 いくら聖女であっても精神感応で皇帝に連絡を取り、馬鹿正直に謝罪と賠償を要求してはいそうですかと通るとは思えない。たとえ皇子が人質になっていたとしても。
 ただ、全く人質の意味がなくなるかと言われればそうでもなく。
 利益を受け取るその国の有力者の協力を得る――つまり代理人を立てると効果的になる。
 代理人というワンクッションを挟んで銀行の経営を左右する株式を保有することで支配――外国人相手ならいざ知らず、国内の有力者に対しては、皇帝はさぞかしやりにくくなるだろう。

 「成程、株式制度がここで生きてくるのか。その国の者にも一部咬ませる。それで株主の立場となって銀行の経営に口を出す、と」

 「ええ。これならおいそれと排除できないでしょう? 勿論私達の代理人には相応の報酬が約束される。
それと、銀行の株式の所持者は出来るだけ非公開にしておくべきね。知られると危険だからとか何とか理由を付けて」

 ちなみに銀行の名義人や経営に関してはアヤスラニ帝国がイドゥリース、スレイマンの実家ヒラール商会、大導師フゼイフェの伝手を頼ることを考え中。
 神聖アレマニア帝国の場合は警戒されにくいのはアントン・ヴァッガーもしくはその息子の金太あたりか。ヴェスカルは警戒されるので株主になって貰うのが妥当だろう。

 「相手になるだけ警戒心を抱かせずに認めさせたいのよね」

 最終目的たる『通貨発行権』に気付かせないように、別の目立つ大きな要求を混ぜ込むつもりだ。
 蛇のように狡猾に、ひっそりと進めなければならない。
 具体的な計画について頭を突き合わせて話し合っていると、扉がノックされた。

 「お取込み中失礼致します。蛇ノ庄のスヴェン・リザヒルが参っております。『種痘』の安全性について検証が終了したとのことにございます」

 「! ――すぐにここに通して貰えるかしら?」

 予想より若干早めに来てくれて良かった。
 今から急いで広めれば、流行時期までに間に合うかな。


***


 「来たか、スヴェンよ。任務ご苦労であった」

 「は、勿体なきお言葉にございます」

 父サイモンの労いの言葉に、首を垂れるスヴェン卿。
 健康に問題のない老若男女様々な人々を被験者として選び、種痘を施してきたそうだ。接種箇所に聖女の刻印――接種痕が残ったのみで、特に問題はなかったらしい。
 その後は孤児達を引き取り、十分な食事を与え健康を確認した上で植え継ぎを行ってみたという。概ね成功したので報告に来たとのことだ。

 「では、早速接種してしまいましょう。お願い出来るかしら?」

 善は急げ。腕捲りをしながら種痘を求めると、「お待ちください!」とサリーナからストップが入った。
 スヴェン卿がじろりと睨む。

 「ほう、山猫は私の仕事が信用出来ぬと?」

 「そういう訳ではありません。ただ、万が一を考え私共から受けるべきです!」

 「そうそう、気持ちの問題なんですよー」

 サリーナとカールが主張する。そこへ、馬の脚共がすっと進み出た。

 「ここはサリーナの言う通りかと」

 「マリー様はつい先日戻られたばかりではありませぬか。体力が落ちておられることかと」

 それはグレイ様も同様ですが……という。
 過保護だとは思うが確かに。
 妊婦や何らかの基礎疾患がある者は禁忌だし、種痘前の体調には万全を期すべきだろう。
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