貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
441 / 690
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

復興の街。

しおりを挟む
 シルへの連絡を終えると、睡魔が襲ってきたのでベッドのある船室へと向かう。

 「マリー様、こちらをお飲みください。さぞかしお体が冷えたことでしょう」

 まだ目元を赤くしているサリーナが熱いお茶を淹れてくれた。受け取ったカップの中には生姜の薄切りが入っていた。同時に蜂蜜独特の甘い香りもする。生姜紅茶蜂蜜入り。

 「ありがとう」

 彼女の気遣いが嬉しくて、お礼を言う。フレール達の事を思えば、やっぱり自分の専属侍女は良いものだと実感する。
 まだ夏だとは言え、海水で冷えた体に熱い飲み物は有難い。そういえば、以前ジンジャークッキーにちなんで生姜の効能について雑談交じりに話したことがあったっけ。
 冬には生姜ミルクティーを淹れさせたこともあった。そのことを覚えていてくれたんだと嬉しくなる。
 ベッドに横たわると、毛布を多めに重ねてくれた。

 「お風邪を召されぬよう、ゆっくりお休みくださいまし」

 途端に重たくなる瞼。
 サリーナの手が私の頭を優しく撫でる感触に誘われるように、私はぐっすりと安らかな眠りに落ちた。

 すぅー、すぅー……

 誰かの寝息に目を覚ますと、グレイの寝顔が目の前にあった。
 彼の腕が体に回されている。どうやら添い寝してくれていたらしい。
 男の方が女より体温が高い。それはグレイも例外ではなく、恐らく私の体を温めてくれていたのだろう。
 少し驚いたものの、気を取り直してまじまじと観察する。
 長い睫毛に白皙の肌。
 こうして見ると。そばかすが少しあるだけで本当、綺麗な顔立ちなんだよなぁ。

 そっと手を伸ばすと、指先が柔らかい赤毛に触れた。
 少年から大人の男性へ向かう過渡期にある瑞々しい色気というか。
 今は短い髪だけれど、伸ばして髪を結んでも似合いそう。

 攫われたことで猶更、こうして再会出来た夫グレイに愛おしさがこみ上げてくる。

 見ている内にふと悪戯心が沸いて、私は誘われるようにそっと顔を近づけた。
 唇をペロリと舐めてみると、くすぐったそうに顔を歪め、何やら呻きながら首を捻って顔を枕に埋める。

 ふむ……面白い。

 今度は耳に息を吹きかけると毛布を被った。
 首筋に口づけたり、鼻を摘まんだり。
 何度かそうした小さな悪戯をして楽しんでいると、流石に起きたようで。

 「もう、この悪戯っ子め!」

 ぎゅっと抱き込まれ、動けないように羽交い絞めにされた。

 ――ちょっ、息苦しい、ギブギブ!

 そんなこんなで苦しい幸せを噛みしめながらじゃれあっていると、部屋の扉がノックされ、コスタポリに着いたとの知らせがあった。


***


 肉眼で見るコスタポリの町は、以前ゴルフォベッロで透視能力を使って見た時とは様変わりしていた。
 港近くは倉庫などの施設が出来ており、建設途中のものも多かった。それ以外の浸水した地域と思われる場所は畑が耕されている。畑の中には人々が農作業に勤しんでいるのが散見された。
 港から続く道の先に、離れた場所に町があるのが見える。

 タラップが下りるまで船の上からそんな風景を眺めていると、視界の端から軍服を着た男達がこちらへ向かってくるのが見えた。
 先頭にいるのはシルだ。

 「シルー!」

 呼んで手を振ると、向こうも気付いて手を振り返してくれた。
 タラップの用意が出来たので、グレイと共に船を降りる。
 見知った顔の軍人達は会釈と礼を取り、そしてシルは少し疲れた笑顔で声を掛けてきた。

 「マリー、グレイも。久しぶり、海に落ちたと連絡があった時は大層心配したよ。本当に無事で良かった……」

 「この度はご協力感謝致します」

 「軍艦を出してくれてありがとう。海に落ちた後、クジラやイルカ達が助けてくれたから何とか生きているわ」

 その時、ふと軍人達の間に聖職者の服装があるのに気付く。
 修道士のものではない、立派な法衣。壮年の男――しかも見知った顔である。
 私と目が合った彼は、柔和な笑みを浮かべて前へ進み出て来た。

 「聖女様、そしてグレイ猊下。お久しゅうございます。私の事を覚えておいででしょうか」

 聖職者の礼を取られて、思い出す。

 「あ、貴方はベリザリオ・アスコーナ枢機卿……」

 彼はサングマ教皇の側近の枢機卿達の内の一人だった。念のため精神感応で確認したけど間違いない。ガリア王国出身の枢機卿だ。

 「聖地に訪問した時以来でしょうか。お久しぶりでございます」

 グレイが卒なく挨拶を返すと、べリザリオ枢機卿は「覚えていて下さりありがとうございます」と嬉しそうに微笑んだ。
 それにしても、と私は首を傾げる。

 「ガリア王国の枢機卿ならば王都に居るのが普通だと思うのですけれど、何故このコスタポリに?」

 「以前、聖女様がコスタポリについてお気にされていらっしゃったことかと存じます。教皇猊下にご相談なさった折、私がガリアの枢機卿ということでこの地の慰撫と教会再建の使命を帯びて聖地より参上致しました」

 確かにあの時コスタポリの復興はでちらっと相談していたな、と思い出す。
 私の肝入りということで、サングマ教皇はわざわざ枢機卿を派遣してくれていたらしい。
しおりを挟む
感想 925

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。