貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

江戸の仇を長崎で討つ(キリッ)!

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 糞ゴリラが部屋を出て行った後、私は自分の中で荒れ狂う感情を何とか宥めていた。
 聖女の能力を効率的に使う為にも落ち着かなければ。でないと私の人生が終わる。
 自分に言い聞かせながら深呼吸を繰り返す。

 落ち着いて来たのでゆっくり起き上がって室内を見回すと、豪奢な造りのものだった。恐らくは一番上等な客室なのだろう。
 扉の外にはアレマニアの男二人が見張りをしている。厳重な事だ。心を読んでみるとを、ここがアーダム皇子に割り当てられた部屋であることが分かった。

 と、ノックもせずに扉が開かれる。
 入って来たのは、フレールとあの時朧気に見た女だった。恐らくフレールの侍女だろう。
 侍女だと思われる女は、食事をテーブルの上に置くと畳まれた服をベッドの上に置いた。
 室内に優雅に入って来たフレールは、ベッドサイドに近付いてくると、私を傲然と見下ろす。

 「ようやくお目覚めかしら? お久しぶりですわね、マリアージュ様。いえ、聖女様と言った方が宜しいかしら?」

 慇懃無礼に淑女の礼で挨拶をされる。アーダム皇子は彼女達は報酬と引き換えに誘拐の手助けをしたと言っていたが。

 「フレール様……貴女が私を誘拐する手助けをしたと聞きましたわ。何故このような、祖国を裏切るようなことを。このことが知れ渡れば、貴女は下手をすれば二度と戻れませんわよ」

 眉を顰めて睨み付けると、フレールはパラリと扇を開いた。
 小馬鹿にしたようにクスクスと笑っている。

 「何故、何故! それを貴女がお訊きになりますの? 元を正せば私の不幸は貴女の提案から始まったのですわマリアージュ様」

 こちらを見つめるその目の中に狂気じみた何かを感じて、私はぞくりとした。

 「父から聞きましたの。私達はキャンディ伯爵家に嵌められたのだと。私とメイソン様の仲を取り持つと見せかけて、その実リプトン伯爵家に膨大な借金を背負わせたのですわよね。
 メイソン様が捕らえられたことで離縁となった後、傷物となった私は他に嫁ぐあても無く……一番嫌っていたかの成り上がり中年男との結婚を余儀なくされましたわ。
 貴女に分かるかしら? 大嫌いな男に抱かれるおぞましさが!」

 フレールは叫び、扇を閉じて握りしめ、こちらを憎々し気に睨みつけた。「赤薔薇姫様はアールを返して下さらないし、私がこんなに不幸なのは全部貴女のせいよ!」とヒステリックに喚く。

 「何を仰るのかしら。あれほどアールお義兄様を嫌い、メイソン様と一緒になりたがっていた貴女の望みを父に頼んで精一杯叶えるよう動いて差し上げましたのに。貴女の不幸はお気の毒に思いますが、それが何故私の所為になるんですの?」

 「しらばっくれるおつもり? 貴女が善意であってもキャンディ伯爵が我が家を支配しようとしたに決まってますわ! メイソン様だって出家された後、貴女の傍にいるようですわね! 全部貴女のせいに決まっているわ!」

 どうもフレールの中では自分の不幸は全部私の所為でないといけないらしい。
 冷静にツッコミを入れるも聞く耳を持たずヒートアップしている。確かに他人のせいにすることほど楽なことはないからな。

 「父が何を考えているかは私にだって分かりませんわ。後、修道士になったメイソンは無理やり聖女である私について来ただけ。何もかも私の所為にするというの? そもそも貴女がアールお義兄様を大事にしなかったのがいけないのではなくて?」

 「お黙りなさい! 貴女もキャンディ伯爵家も苦しめばいい、私と同じ苦しみを味わうと宜しいのよ! 貴女だけ幸せになるのは許せない! 余裕ぶっていられるのも今の内よ!」

 フレールは吼えた後、扇を侍女に放った。ベッドに手を伸ばすと一本の髪の毛を指に取る。
 それを腰のポーチから取り出したブードゥー人形に似た人型の中に入れ込んだ。
 すると侍女が血相を変えてフレールに縋り付く。

 「お止めください、フレール様! 邪法を、それも神の娘に行えば太陽神の罰が下ります!」

 「マドレーヌ! お前は私の味方でしょう! 邪魔をするならお前も呪うわよ!」

 「あうっ!」

 フレールは侍女を突き飛ばした。彼女は床に倒れ込む。
 慌てて助けようと動こうとするも、次の瞬間フレールに胸倉を掴まれ、人形を鼻の先に突き付けられた。

 「ほうら、ご覧になって。私ね、なけなしの大金を叩いて領地の怪しげな呪術師から呪いの書物を手に入れましたのよ。そこに、人を呪う秘法が記されていましたの」

 「ま、まさか……」

 と言いつつも、私はどこか冷静だった。
 西洋でのその手の魔術的な書物は秘法だの何だのと出鱈目を記して金持ちに高く売りつけたりしたとか聞いたことがある。その手のものは迷信が信じられている時代は特に高く売れたことだろう。目の前のフレールのような顧客に。
 フレールは私に嗜虐的な暗い笑みを浮かべた後、私を離してベッドから離れ、徐に人形を股の間に挟んだ。そしてぴょんぴょんと部屋中を飛び回り始める。

 「来たれ来たれ呪いの妖精! 来たりて取り換え子チェンジリングに宿れ! かの者の一部を魂として取り換え子と成せ!」

 何やってんだ、こいつ……

 変な呪文を唱えながら跳ねまわるフレール。
 私は呆気に取られ、ポカンとフレールの狂乱の様子を眺めていた。
 その後フレールは股から人形を取り、天井へと掲げる。

 「おお、取り換え子はかくの如く生み出された! 災いあれ災いあれ! 不幸に見舞われろ! 我が呪いの針を受けるが良い!」

 呪文のような言葉の後、人形の顔に息を吹きかけている。
 フレールはやおら取り出した針を、その心臓に突き立てた。
 原始宗教や神話などを研究した『金枝篇』の著者、イギリスの社会人類学者ジェームズ・フレイザーの定義によるところの『類感魔術』というやつなのだろう。ちなみに藁人形を使う丑の刻参りもこれに該当する。

 「あーっはっはっは! これで貴女は呪いの力で不幸に見舞われることになるわ! いい気味ね、ざまを見ればいいのよ!」

 「ああ、ああ……フレール様、なんてことを……!」

 フレールはやり遂げた感満載の表情で、人形をこちらにこれ見よがしに掲げ、高笑いをしている。
 ただマドレーヌと呼ばれた侍女は青褪めて体中を震わせていた。

 私はと言えば。

 「あの……一つ宜しいかしら」

 実は、先程人形を透視して判明した一つの真実。逡巡するも、結局フレールに言わなければと私は口を開く。

 「何かしら、もう呪いは発動しましたわ。今更許してなんて泣いても無駄ですわよ?」

 「非常に言いづらいのですけれど……先程フレール様が取り上げた髪の毛……私のではなく、アーダム皇子のものですわ」

 「へっ……?」

 フレールは素っ頓狂な声を上げた。

 そうなのだ。
 先程アーダム皇子がベッドサイドに座った時にぱらりと落ちたのだろうと思う。蜜色と金髪って、一本になると判別付きにくいもんな。
 フレールは私の言葉に、顔面蒼白になりガタガタ震え出した。

 「は、はわわわ……!」

 「ひっ、ではフレール様は間違ってアーダム皇子殿下を呪ってしまったということですか!? ですからお止めくださいと申し上げましたのに!」

 「マドレーヌ、私、私、どうしましょう!」

 江戸の仇を長崎で討つような結果になったフレールは今や涙目になっている。

 ……アホだ。

 呪いなんて信じていないが、二度と馬鹿なことをしないように少し懲らしめてやるか。
 私は溜息を吐き、合掌してじっとフレールを見つめた。

 「ノウマク サンマンダ バザラダン センダン マカロシャダ ソハタヤ ウンタラタ カンマン(大いなる激しき憤怒の相を示されたる不動明王よ、迷いを打ち砕き魔を祓い、所願成就せしめたまえ)!」

 唱えたのは生霊悪霊呪詛返しや破邪に定評のある不動明王の真言である。
 ついでに憤怒の表情を浮かべ浄化の炎を背負った不動明王の幻影をフレール限定で見せてやった。
 それを見たフレールは悲鳴を上げ、パニックになって部屋から逃げるように出て行く。
 残された侍女が、「な、何をなさったのですか……」とこちらを見つめて来たので、

 「呪い返しの秘法を行ったのですわ。早く追いかけて差し上げたら?」

 というと、慌ててフレールを追って出て行った。

 静まり返る室内。
 私は溜息を吐いてテーブルに置かれた食事に目をやった。
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