貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

人の配偶者を目の前で口説かないで下さい。

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 結局、アルバート王子はギャヴィンの諫言もあり。人材採用試験やダージリン領の組織図の写しをちゃっかり持って、渋々ながら王都へと帰って行った。

 それでやっと一息つけると思いきや、それと入れ替わるようにナヴィガポールの代官レイモン・モンティレより、オス麿回収団到着の早馬が。
 私達も温泉視察へ出ようと準備していたところだったので丁度良いタイミングだ。
 早馬に送れること数日、オス麿のじいや側付き達といった者達がやってきたのである。

 「『オスマン皇太子殿下、我ら一同お迎えに上がりました! さあ、一刻も早く帝国へ還御願いまする!』」

 代表者だという老人はオルハンと名乗った。引退した元大宰相サドラザムでオス麿の母親である皇妃の父親らしい――が、流石に厳しい顔でオス麿に告げる。しかしオス麿は断固として首を横に振った。

 「『じい、俺はまだ帰らぬぞ!』」

 オス麿の言葉に、じいの背後にいるオス麿の側近と思われる数人が顔色を青くしている。恐らくオス麿の単独行動を止めきれなかったということで厳しく詮議でもされたのだろうな。

 「『恐れながら、そう仰られましても皇太子殿下! 皇帝陛下はそれはそれは御気色不快にあらせられ……』」

 「『場合によっては殿下の皇太子位を剥奪、とまで仰せになりましたぞ! それを耳にされた皇妃殿下がお倒れになったとか!』」

 必死に言い募る側近っぽい男達。
 おお、オス麿の所業を聞いた母親が倒れたのか。まあ皇太子位剥奪即ち死を賜ることと考えれば心中察して余りある。
 オス麿のじい、オルハンは眼光鋭くオス麿の傍にいた中年男を見据えた。

 「『ブダック! そなたが付いていながら何故殿下の行動を許した!』」

 「『も、申し訳ありませんオルハン様!』」

 大声で叱りつけられ、ブダックは憐れな程に震えあがって平伏した。私もちょっとビビったぐらいの迫力である。
 大企業の下っ端平社員が社長に睨まれたようなものだろう。可哀想に。

 「『ブダックは悪くない。責められるべきは俺だ、じい』」

 流石に良心が咎めるのかオス麿が庇って取り成すも、オルハンは首を横に振った。

 「『残念ながらそうではないのですよ。ここは帝国内ではなく、帝国の法の外にございます。オスマン殿下に万一のことがあれば彼らの首が飛ぶ。皇妃様のお命も分かりませぬ。空いた皇太子の座を巡って争いも起こりましょう。
これまでも散々やんちゃをなさって来られましたが、流石に此度のなさりようはおいたが過ぎますぞ!』」

 ド正論をかまされる。
 まあ無断で国外に出たんだし、そりゃそうだよなぁ。

 「『ぐっ……いや、何も戻らぬと言ってる訳ではないのだ! 聖女とその夫のグレイ殿のやることなすこと目新しくて面白いのだ! これはきっと我が国の為にもなると俺は思っている』」

 一瞬罪悪感に怯んだ様子を見せたものの、腰に手を当て正当性を主張するオス麿。
 しかしオルハンは元大宰相だ。そのような口先に惑わされる筈があろう筈もない、と思う。
 案の定、

 「『そうしたことも全てフゼイフェ大導師にお任せすると陛下は仰せでした! 皇太子殿下の仕事ではありますまい。殿下には次期皇帝として復興事業――民の救済という大事な使命がおありではないですか、そちらは何となさる!』」

 とオス麿を叱りつけた。
 いいぞ、もっと言ってやれ。

 「『勿論それも疎かにはせぬ! ただ、ガリアの復興には聖女は知恵を授けたと聞いた! 私は復興責任者として、その知恵を聞きに参ったのだ!』」

 尚も食い下がるオス麿。
 というか、そんなこと一度たりとも訊かれてないんだけど。
 オルハンは訝し気にこちらを見た。オス麿が縋るような目でサインを送ってきているのはさっくりと無視する。私はにっこり微笑みながら首を横に振った。
 そこへ、大導師フゼイフェが言葉を挟んだ。

 「『聖女様は我らの言葉を理解されておられまする。殿下は一度も聖女様にお訊ねになりませんでした』」

 「『おのれフゼイフェ、裏切者!』」

 「『元より迎えが来れば大人しくお帰りになるお約束でしたが?』」

 激昂するオス麿に冷静で冷ややかな眼差しをする大導師。
 四面楚歌状態になったオス麿は、がっくりと肩を落とした。

 「『分かった……お前達に従おう。ただ、グレイ。そなたに頼みがある。視察に共に連れて行って貰えまいか。その間に聖女に復興の事を色々と訊ねたいのだ。その後は大人しく素直に国に帰るゆえ』」

 それまで黙って見ていたグレイは、話を振られてオルハン他全員の顔を見渡した。

 「『わかりました……それぐらいなら』」


***


 という訳で。

 ガタガタ揺れる馬車の中、私はいまいち機嫌が悪かった。
 これから温泉を掘りに行くのだ、本来ならうきうきする筈が……余計な者達がついて来ることとなったのだ。オス麿を護衛する、ということでオス麿回収班全員ついてきた。
 不幸中の幸いとしてはアヤスラニ帝国人達でこちらの言葉が分かる人が限られているということ。
 炭鉱山と鉄鉱山の透視もしなければならないが、まあ上手く誤魔化せばバレないだろう。
 ちなみに父サイモン、イドゥリースとスレイマンは城だ。
 父は城の守りを固めると共に、統治機構が上手く回るかどうかを見てくれている。
 イドゥリースとスレイマンは政治的な判断だ。皇太子挿げ替え論と共に賢者を担ぎ出す動きがあるのであれば、皇太子派であろうオルハン一行達と一緒に行動するのは危険だと考えた。
 それは良いとして。
 いまいち私の機嫌が悪いのは他に理由があった。
 というのも、

 「『グレイ、そなたアヤスラニ帝国に仕えぬか? 伯爵位よりももっともっと上の地位を約束するぞ。大宰相の地位……いや、適当な小国を一つ落としてそこの王でも良いな』」

 「『あはは、遠大な夢のような話ですね。私をそこまで買って下さりありがとうございます』」

 思わずスン、とする私。
 目の前のオス麿がグレイを引き抜こうとニコニコ顔で口説いているのである。
 グレイは本気とは受け取らず、笑って流しているが……オス麿は結構本気なのではあるまいか。
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