416 / 671
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
グレイ・ダージリン(66)
しおりを挟む
サイモン様に行ってくるがいい、と送り出された僕はカールを従えて歩き出した。
途中でマリーや前脚・後ろ脚、侍女のサリーナとナーテを迎えて聖女の能力で事情を汲んで貰いながらその部屋へと向かった。
牢から出された件の人物は、侍女ナーテに宛がわれた部屋に居た。その間、ナーテは隣のサリーナの部屋で共に寝起きしていたそうだ。
こちら側の侍女で固めている区画であれば、男は勿論、ここで働いている侍女達も余程の理由が無ければ入りにくいだろう。
サリーナ曰く、「入口は固めておりますし、怪しい者も目星は付いております。万が一警備をすり抜けて来られても対応できますので」だそうだ。
獅子ノ庄で見た武勇を鑑みれば――成程、彼女ならば大船に乗ったつもりで大丈夫だろう。
人材待遇に関して侍女の部屋を検分する、という名目で僕達がナーテの部屋に入ると、ベッドから黒髪の若い男が身を起こす。目があまり良くないのか、サイドテーブルにある片眼鏡にそっと手を伸ばして掛けた。
「……何者ですか」
牢で鞭を打たれていたと聞いているし、まだどこか痛むのだろう、顔を歪めている。
「大丈夫です、私達は味方ですので楽にしてください。貴方は領政官補佐、クロヴラン・ピュトロワですね。はじめまして、私はグレイ・ダージリン伯爵。こちらは妻のマリアージュです」
僕が名乗ると、男は「新領主……」と呟いた。緊張が緩んだのか肩を落として息を吐く。
「……私がクロヴラン・ピュトロワです。と、これは大変なご無礼を――」
我に返って慌ててベッドを出ようとするのを、僕は無理をしないで欲しいと押し止めた。
「まだ傷が痛むのでしょう? 冤罪の事も全て存じておりますので、皆まで言う必要はありません。よくぞ今まで耐えて来られましたわね」
労わりの言葉を口にするマリー。
「牢から出され、ペーターさん達から話を聞いた時はまさかとは思っておりましたが、正に神の助けが来たのですね。聖女様、ありがとうございます……」
クロヴランは体を震わせながら感謝の言葉を述べる。次の瞬間、はっと思い出したように僕を真っ直ぐに見詰めた。
「恐れながら! 私の同僚、パトリュック・カルカイムが家族を人質に取られております」
「大丈夫、そちらもちゃんと手は回しています。こちらの手の者に無事保護されているので安心して下さい」
そう請け負うと、クロヴランは良かった、と安堵の息を漏らした。
僕はマリーをちらりと見て、心でやり取りするべく合図をする。
『彼はここの領政に詳しいし、民情にも通じていて結構有能ね。不正を告発しようとする正義感もあるし、牢に繋がれても挫けなかった誠実さと精神力があるわ。是非欲しい人材よ』
『ありがとう』
ほぼ僕の見立てと同じ人物像だ。
マリーに礼を言って、クロヴランに向き直った。
「クロヴランさん、貴方は領政について詳しいんですよね。こんなことがあった後で気が進まないかも知れませんが、叶うならば是非私達に領政官として仕えて欲しいと思っています」
ああ、勿論能力を測るという意味で人材採用試験は受けて頂きますが……と続けると、クロヴランは面食らったように目を瞬かせた。
「領政官補佐ではなく、領政官として……ですか?」
まさか領政官という重要な地位をいきなり与えられようとは思ってもいなかったようだ。
「閣下と奥方様は……お会いしたばかりなのに、何故私のことをそこまで信頼して下さるのですか」
「これでも商会の仕事を通じて様々な人を見て来ています。人を見る目にはそれなりに自信があるんですよ」
勿論仕上げはマリーの見通す力頼りだけど。
僕はにっこりと微笑んだ。
「さて、役者は揃ったかな」
そこからはトントン拍子に事が進んだ。
傭兵や隠密騎士達が手に入れて来た横領の証拠である裏帳簿をヤン達と共に改める傍ら、僕とマリーは人材採用試験の準備を進めた。
額は少なくないが、前領主が居なくなってからの横領だったのは不幸中の幸いだったと思う。
機密を保つ為にギャヴィン子爵でさえも関わらせないようにしていたら、向こうから様子窺いと釘を刺しにやってきたので、適当に上手く迎合した振りをしておく。
お陰で脚本作りが捗った。
文官採用試験の筆記が終わる頃には、クロヴラン・ピュトロワの傷も日常生活に支障をきたさない程には回復。別室でやってもらった彼の回答を見たけれど、領政に関しての論文には目を瞠るものがあった。彼には大いに活躍して欲しい。
面接の場には僕とマリー、そしてサイモン様。薄々横領に気付いていたギャヴィン・ウエッジウッド子爵に検分役をお願いし、次の領政官予定のクロヴランを面接官に任じる。
他に何時もの顔ぶれや採用試験を見たがった客人達を加え、その時がやってきた。
断罪劇の舞台が上がったのだ。
途中でマリーや前脚・後ろ脚、侍女のサリーナとナーテを迎えて聖女の能力で事情を汲んで貰いながらその部屋へと向かった。
牢から出された件の人物は、侍女ナーテに宛がわれた部屋に居た。その間、ナーテは隣のサリーナの部屋で共に寝起きしていたそうだ。
こちら側の侍女で固めている区画であれば、男は勿論、ここで働いている侍女達も余程の理由が無ければ入りにくいだろう。
サリーナ曰く、「入口は固めておりますし、怪しい者も目星は付いております。万が一警備をすり抜けて来られても対応できますので」だそうだ。
獅子ノ庄で見た武勇を鑑みれば――成程、彼女ならば大船に乗ったつもりで大丈夫だろう。
人材待遇に関して侍女の部屋を検分する、という名目で僕達がナーテの部屋に入ると、ベッドから黒髪の若い男が身を起こす。目があまり良くないのか、サイドテーブルにある片眼鏡にそっと手を伸ばして掛けた。
「……何者ですか」
牢で鞭を打たれていたと聞いているし、まだどこか痛むのだろう、顔を歪めている。
「大丈夫です、私達は味方ですので楽にしてください。貴方は領政官補佐、クロヴラン・ピュトロワですね。はじめまして、私はグレイ・ダージリン伯爵。こちらは妻のマリアージュです」
僕が名乗ると、男は「新領主……」と呟いた。緊張が緩んだのか肩を落として息を吐く。
「……私がクロヴラン・ピュトロワです。と、これは大変なご無礼を――」
我に返って慌ててベッドを出ようとするのを、僕は無理をしないで欲しいと押し止めた。
「まだ傷が痛むのでしょう? 冤罪の事も全て存じておりますので、皆まで言う必要はありません。よくぞ今まで耐えて来られましたわね」
労わりの言葉を口にするマリー。
「牢から出され、ペーターさん達から話を聞いた時はまさかとは思っておりましたが、正に神の助けが来たのですね。聖女様、ありがとうございます……」
クロヴランは体を震わせながら感謝の言葉を述べる。次の瞬間、はっと思い出したように僕を真っ直ぐに見詰めた。
「恐れながら! 私の同僚、パトリュック・カルカイムが家族を人質に取られております」
「大丈夫、そちらもちゃんと手は回しています。こちらの手の者に無事保護されているので安心して下さい」
そう請け負うと、クロヴランは良かった、と安堵の息を漏らした。
僕はマリーをちらりと見て、心でやり取りするべく合図をする。
『彼はここの領政に詳しいし、民情にも通じていて結構有能ね。不正を告発しようとする正義感もあるし、牢に繋がれても挫けなかった誠実さと精神力があるわ。是非欲しい人材よ』
『ありがとう』
ほぼ僕の見立てと同じ人物像だ。
マリーに礼を言って、クロヴランに向き直った。
「クロヴランさん、貴方は領政について詳しいんですよね。こんなことがあった後で気が進まないかも知れませんが、叶うならば是非私達に領政官として仕えて欲しいと思っています」
ああ、勿論能力を測るという意味で人材採用試験は受けて頂きますが……と続けると、クロヴランは面食らったように目を瞬かせた。
「領政官補佐ではなく、領政官として……ですか?」
まさか領政官という重要な地位をいきなり与えられようとは思ってもいなかったようだ。
「閣下と奥方様は……お会いしたばかりなのに、何故私のことをそこまで信頼して下さるのですか」
「これでも商会の仕事を通じて様々な人を見て来ています。人を見る目にはそれなりに自信があるんですよ」
勿論仕上げはマリーの見通す力頼りだけど。
僕はにっこりと微笑んだ。
「さて、役者は揃ったかな」
そこからはトントン拍子に事が進んだ。
傭兵や隠密騎士達が手に入れて来た横領の証拠である裏帳簿をヤン達と共に改める傍ら、僕とマリーは人材採用試験の準備を進めた。
額は少なくないが、前領主が居なくなってからの横領だったのは不幸中の幸いだったと思う。
機密を保つ為にギャヴィン子爵でさえも関わらせないようにしていたら、向こうから様子窺いと釘を刺しにやってきたので、適当に上手く迎合した振りをしておく。
お陰で脚本作りが捗った。
文官採用試験の筆記が終わる頃には、クロヴラン・ピュトロワの傷も日常生活に支障をきたさない程には回復。別室でやってもらった彼の回答を見たけれど、領政に関しての論文には目を瞠るものがあった。彼には大いに活躍して欲しい。
面接の場には僕とマリー、そしてサイモン様。薄々横領に気付いていたギャヴィン・ウエッジウッド子爵に検分役をお願いし、次の領政官予定のクロヴランを面接官に任じる。
他に何時もの顔ぶれや採用試験を見たがった客人達を加え、その時がやってきた。
断罪劇の舞台が上がったのだ。
56
お気に入りに追加
4,794
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!
酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」
年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。
確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。
だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。
当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。
結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。
当然呪いは本来の標的に向かいますからね?
日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。
恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。