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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(66)

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 サイモン様に行ってくるがいい、と送り出された僕はカールを従えて歩き出した。
 途中でマリーや前脚ヨハン後ろ脚シュテファン、侍女のサリーナとナーテを迎えて聖女の能力で事情を汲んで貰いながらその部屋へと向かった。

 牢から出された件の人物は、侍女ナーテに宛がわれた部屋に居た。その間、ナーテは隣のサリーナの部屋で共に寝起きしていたそうだ。
 こちら側の侍女で固めている区画であれば、男は勿論、ここで働いている侍女達も余程の理由が無ければ入りにくいだろう。
 サリーナ曰く、「入口は固めておりますし、怪しい者も目星は付いております。万が一警備をすり抜けて来られても対応できますので」だそうだ。
 獅子ノ庄で見た武勇を鑑みれば――成程、彼女ならば大船に乗ったつもりで大丈夫だろう。

 人材待遇に関して侍女の部屋を検分する、という名目で僕達がナーテの部屋に入ると、ベッドから黒髪の若い男が身を起こす。目があまり良くないのか、サイドテーブルにある片眼鏡モノクルにそっと手を伸ばして掛けた。

 「……何者ですか」

 牢で鞭を打たれていたと聞いているし、まだどこか痛むのだろう、顔を歪めている。

 「大丈夫です、私達は味方ですので楽にしてください。貴方は領政官補佐、クロヴラン・ピュトロワですね。はじめまして、私はグレイ・ダージリン伯爵。こちらは妻のマリアージュです」

 僕が名乗ると、男は「新領主……」と呟いた。緊張が緩んだのか肩を落として息を吐く。

 「……私がクロヴラン・ピュトロワです。と、これは大変なご無礼を――」

 我に返って慌ててベッドを出ようとするのを、僕は無理をしないで欲しいと押し止めた。

 「まだ傷が痛むのでしょう? 冤罪の事も全て存じておりますので、皆まで言う必要はありません。よくぞ今まで耐えて来られましたわね」

 労わりの言葉を口にするマリー。

 「牢から出され、ペーターさん達から話を聞いた時はまさかとは思っておりましたが、正に神の助けが来たのですね。聖女様、ありがとうございます……」

 クロヴランは体を震わせながら感謝の言葉を述べる。次の瞬間、はっと思い出したように僕を真っ直ぐに見詰めた。

 「恐れながら! 私の同僚、パトリュック・カルカイムが家族を人質に取られております」

 「大丈夫、そちらもちゃんと手は回しています。こちらの手の者に無事保護されているので安心して下さい」

 そう請け負うと、クロヴランは良かった、と安堵の息を漏らした。
 僕はマリーをちらりと見て、心でやり取りするべく合図をする。

 『彼はここの領政に詳しいし、民情にも通じていて結構有能ね。不正を告発しようとする正義感もあるし、牢に繋がれても挫けなかった誠実さと精神力があるわ。是非欲しい人材よ』

 『ありがとう』

 ほぼ僕の見立てと同じ人物像だ。
 マリーに礼を言って、クロヴランに向き直った。

 「クロヴランさん、貴方は領政について詳しいんですよね。こんなことがあった後で気が進まないかも知れませんが、叶うならば是非私達に領政官として仕えて欲しいと思っています」

 ああ、勿論能力を測るという意味で人材採用試験は受けて頂きますが……と続けると、クロヴランは面食らったように目を瞬かせた。

 「領政官補佐ではなく、領政官として……ですか?」

 まさか領政官という重要な地位をいきなり与えられようとは思ってもいなかったようだ。

 「閣下と奥方様は……お会いしたばかりなのに、何故私のことをそこまで信頼して下さるのですか」

 「これでも商会の仕事を通じて様々な人を見て来ています。人を見る目にはそれなりに自信があるんですよ」

 勿論仕上げはマリーの見通す力頼りだけど。
 僕はにっこりと微笑んだ。

 「さて、役者は揃ったかな」

 そこからはトントン拍子に事が進んだ。

 傭兵や隠密騎士達が手に入れて来た横領の証拠である裏帳簿をヤン達と共に改める傍ら、僕とマリーは人材採用試験の準備を進めた。
 額は少なくないが、前領主が居なくなってからの横領だったのは不幸中の幸いだったと思う。
 機密を保つ為にギャヴィン子爵でさえも関わらせないようにしていたら、向こうから様子窺いと釘を刺しにやってきたので、適当に上手く迎合した振りをしておく。
 お陰で脚本作りが捗った。

 文官採用試験の筆記が終わる頃には、クロヴラン・ピュトロワの傷も日常生活に支障をきたさない程には回復。別室でやってもらった彼の回答を見たけれど、領政に関しての論文には目を瞠るものがあった。彼には大いに活躍して欲しい。

 面接の場には僕とマリー、そしてサイモン様。薄々横領に気付いていたギャヴィン・ウエッジウッド子爵に検分役をお願いし、次の領政官予定のクロヴランを面接官に任じる。
 他に何時もの顔ぶれや採用試験を見たがった客人達を加え、その時がやってきた。
 断罪劇の舞台が上がったのだ。
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