貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
416 / 754
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(64)

しおりを挟む
 「私には夫がいるのでお断りしたはずですわぁ~」

 マリーが我儘尊大聖女を演じながら、アレマニア帝国には人妻に求婚する恥知らずしかいないのかと当て擦る。怒ったのはアーダム皇子ではなく側近のダンカン。皇妃になるのが名誉だと、僕が相応の身分や地位と引き換えに身を引くべきだと吠えた。
 流石に僕も我慢の限界だ。一言言ってやらねば気が済まない。

 「成程、貴方は自分の妻を他国の王に王妃にしてやる、身分も地位もやるから差し出せと言われればそのようになさるのですね」

 実際にそういう状況の時にダンカンはそうするだろう。それだけの忠誠心は見上げたものだけど、僕は愛する妻を犠牲にしてまで立身出世は望んでいない。
 そう言うと、ダンカンはぐうの音も出ないようだった。代わりにアーダム皇子の視線がこちらにひたと向けられる。
 申し訳なさそうに口では詫びながらも女の背後に隠れるような臆病者だと嘲笑の視線を受けた。
 そこへマリーが何故自分が妃になる事前提なのかと冷ややかに口を挟む。アーダム皇子は同意を得られるまで口説くつもりだと不敵な笑みを浮かべた。
 気持ち悪いから国に帰れとはっきり言い渡すマリー。
 ダンカンも首を振りながら、マリーを皇妃にすると逆に皇帝選挙の足を引っ張る事になると諫言した。
 しかしその後がいけなかった。

 「このような女です、大方国内でも碌な嫁ぎ先が無く、悪魔の申し子、汚らわしい赤毛を夫にするしかなかったのでしょう」

 目の前が真っ赤に染まったような幻視。

 ――今、何て言った?

 僕のことは何とでも言うがいい。だけど、マリーの事を侮辱するのは許さない。
 怒りにかられ、マリーを庇うべく立ち上がろうとしたその時だった。

 「……何ですって? ダンカンとやら……お前、今、何を、言ったのかしら?」

 底冷えのする声に僕ははっと冷静さを取り戻す。
 マリーは僕以上に怒っていた模様。彼女の足置きになっているメイソンが痛みを覚えたのか呻いた。

 「マリー、ダメだよ」

 慌てて注意を促す。僕の怒りと彼女の怒りは訳が違う。
 聖女の力が暴走しかねない!
 それに、変にアーダム皇子の興味を引いては――

 焦る僕。しかし彼女は口出し無用とばかりにすっと腕を横に出した。先程の言葉をもう一度ハッキリ言えとダンカンに凄むマリー。
 ダンカンは多少怖気付く様子を見せるも、直ぐに威勢良く汚らわしい赤毛の夫は偽聖女に似合いだと指先を突き付けた。

 ざわり。

 全身が総毛だったかと思うと、ダンカンが一瞬にして燃え上がる。
 ああ、止められなかったか。

 案の定、アーダム皇子は側近が火だるまになったというのに神の怒りかと嬉しそうな声を上げている。
 示威の為に部屋に集めていた烏達や鷲のマイティ―も、マリーの精神状態に引っ張られたのかギャアギャアと騒ぎ始めた。
 明らかに人ならざる力を目にした他のアレマニア人達は、驚愕の表情を浮かべている。聖地でアブラーモ大司教も同じようなことになったのは耳にしていたものの、きっと話半分に思っていたのだろう。

 地を転げまわり鎮火したダンカンは、マリーのことを魔女だと言い始めた。それに乗っかるデブランツ大司教。

 マリーが微笑みながら魔女呼ばわりされたことを訴えると、それまで黙っていたアルバート殿下、サイモン様がその非を責め始めた。ヨハンとシュテファンもマリーに対する無礼を怒り、神聖アレマニア帝国は聖女の敵となったと剣の柄に手を添えている。
 マリーに会えたことに満足して城を出て帰国すれば穏便に済んだのに、神聖アレマニア帝国は自ら墓穴を掘った。

 「その命、ここで落としても構わぬという事であろうな!」

 シュテファンの言葉に今更状況を理解したのだろう、ダンカンとデブランツ大司教は青褪めた。
 自らの首と引き換えにアーダム皇子の命乞いをするダンカン。逆にデブランツ大司教は自分を殺せば不寛容派が黙っていないと逃げ腰になっている。

 トラス王国貴族でもある聖女を侮辱したということは、神聖アレマニア帝国は事実上トラス王国の敵国となったも同然。
 彼らは大人しく城を出て帰国するしかない。しかも、聖女と敵対したという実績付きで。
 この流れで上手く行くかに思えた。

 ところが。

 状況の不利にも関わらず、アーダム皇子は悠然と前へ出て二人を庇い――マリーに両膝をついて頭を垂れた。
 これには僕も驚いた。これは罪人が行うようなもの。誇り高き皇族、それもアーダム皇子のような人物がするとは思いも寄らなかった。

 マリーも流石に面食らったのか、その言葉にいかほどの価値と信頼性があるのかと言いながらも戸惑っている。
 返す言葉も無いと更に深々と頭を下げるアーダム皇子。僕は内心そのしたたかさに舌を巻いた。
 これでこちらが相手を無下に追い返す訳にもいかなくなったのだ。

 万事休すか――と思ったその時だった。
 何やら外が騒がしくなり、数人の足音がしたかと思うと謁見の間の扉が開かれる。

 「『ふん、我が弟はここか!』」

 僕には聞き慣れたアヤスラニ帝国の言葉。
 現れたのは豪奢な衣装を身に纏った青年だった。
 イドゥリースが相手の姿を認めるなり、兄上と声を上げる。
 突然の事態に混乱していると、アヤスラニ帝国人と思われるこれまた立派な身形の中年の男が物凄く古めかしい言い回しで、闖入の非礼を詫びつつ、青年がアヤスラニ帝国皇太子オスマンだと言った。

 ――そう言えば、出会ったばかりのスレイマンもこんなトラス語だったっけ。

 既視感というか、懐かしさを覚えてつつ事態をどう収拾しようかぐるぐると考えていると。

 「皇太子ですって!?」

 今度はマリーが驚きの声を上げた。
 皇太子オスマンはマリーを目にとめると、居住まいを正す。
 不敵な笑みを浮かべると、アヤスラニ帝国式の所作で名乗りを上げた。

 「麿が名はオスマン。スルタン・イブラヒームリ・オスマン・シェフザーデ。よろしゅうお願い致すでおじゃる」

 いやそれ、古典文学の中の言い回しだよ。

 僕は脱力する。
 皇太子オスマンの言葉は、中年の男やかつてのスレイマンよりも輪をかけて古めかしかった。
しおりを挟む
感想 1,006

あなたにおすすめの小説

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

プロローグでケリをつけた乙女ゲームに、悪役令嬢は必要ない(と思いたい)

犬野きらり
恋愛
私、ミルフィーナ・ダルンは侯爵令嬢で二年前にこの世界が乙女ゲームと気づき本当にヒロインがいるか確認して、私は覚悟を決めた。 『ヒロインをゲーム本編に出さない。プロローグでケリをつける』 ヒロインは、お父様の再婚相手の連れ子な義妹、特に何もされていないが、今後が大変そうだからひとまず、ごめんなさい。プロローグは肩慣らし程度の攻略対象者の義兄。わかっていれば対応はできます。 まず乙女ゲームって一人の女の子が何人も男性を攻略出来ること自体、あり得ないのよ。ヒロインは天然だから気づかない、嘘、嘘。わかってて敢えてやってるからね、男落とし、それで成り上がってますから。 みんなに現実見せて、納得してもらう。揚げ足、ご都合に変換発言なんて上等!ヒロインと一緒の生活は、少しの発言でも悪役令嬢発言多々ありらしく、私も危ない。ごめんね、ヒロインさん、そんな理由で強制退去です。 でもこのゲーム退屈で途中でやめたから、その続き知りません。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」

まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。 【本日付けで神を辞めることにした】 フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。 国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。 人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 アルファポリスに先行投稿しています。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。