貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(60)

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 イエイツやメイソン達が宿題をしているかどうかを確かめたり、弟妹君とヴェスカル達にお土産を渡したりした後。
 僕達はイドゥリース達を訪ね、次の災厄について分かったことがあるかどうかを訊いてみた。

 「次は疫病が流行するかも知れマセん」

 時期は冬頃だろうとイドゥリースは言った。
 目を閉じて聖女の力を使うマリー。再び目を開けた彼女は、「疱瘡だわ」と呟いた。

 「それって……」

 その予防策である『種痘』について、蛇ノ庄のスヴェン卿にその安全性を確かめる仕事を託したばかりだ。
 まるで神に導かれているかのような状況。マリーは急がせなければ、と厳しい表情になる。
 冬に間に合わせるのにどのように広めるか、ということを考えていると、サイモン様からの呼び出しが来た。
 神聖アレマニア帝国の豪商ヴァッガー家の当主との面会だという。

 疫病への対策は一先ず脇に置いて、僕達はイドゥリース達に別れを告げる。
 向かった先のその部屋に入ると、サイモン様、アントン・ヴァッガーと思われる中年の人の良さそうな男と息子のディックゴルトの姿。
 サイモン様は成り行きを興味深げにじっと見守っていた。サイモン様はこちらがアントンの正体を知っていることは告げなかったらしく、男はヴァッガー家の使用人オットーと名乗る。
 僕が挨拶をし、マリーが「初めましてアントン・ヴァッガーさん」といきなり相手の正体を看破すると、アントン・ヴァッガーは目を皿のように丸くしてポカンとした表情になった。

 息子のディックゴルトが、それみたことかとばかりに聖女の前で嘘偽りは無駄だと言っただろう、と呆れたように言う。
 その直後、アントンは床に這い蹲って許しを請うた。
 可哀そうなぐらいに怯え、震えている。
 まあそうだろうな、と僕は思った。
 豪商といえども身分は庶民に過ぎない。自らの財力の及ぶ神聖アレマニア帝国内ではいざ知らず、ここは他国のトラス王国。貴族に対し、身分を偽っていた以上、下手をすると極刑ものだと思う。
 必死で命乞いをするアントンに、マリーは笑ってそれくらいのことで責めたりはしないと宥める。

 親子揃って偽名を名乗っていたし、今更かな。
 並んでソファーに恐る恐る座るアントン達。こうして見ると、目元とかよく似ていて親子だなと思う。
 それにしても、僕も客観的に見れば父ブルックに似ていたりするのだろうか?
 豪放磊落な父の姿を思い出す。やっぱり祖父似だと僕が考えている間に、マリーは言葉巧みにアントン・ヴァッガーに話しかけていた。
 恐らくだけど、聖女の能力でアントンに何かを見せたのだろう。アントンの顔色が明らかに悪くなっている。
 『太陽神の恩赦状』のことで加担して来たヴァッガー家。
 マリーに悔い改めよと言われたアントンは、許されるならばヴァッガー家の身代を全て差し出しても、と悲壮な声で慈悲を乞うた。
 マリーは扇をゆっくりと動かしながら償いをするべきだと告げる。その内容はアレマニアにおける疫病対策、疱瘡の薬を広めるという慈善事業だった。
 僕は内心感心する。確かに不寛容派が邪魔してくるだろう。しかし豪商ヴァッガー家が寛容派の味方に付いたら話は別だ。
 アントンは不寛容派とは手を切ると宣言。その後、幾つかの取り決めが交わされた。

 「裏切る事無く、忠実であれば太陽神は貴方がたを顧み、救いを与えて下さるでしょう」

 マリーのその言葉で裏切るとどうなるか、とでも考えたのかも知れない。心を読める彼女は烏達を使って太陽神は常に見ている、と念押ししていた。
 慌てふためいたアントンは裏切らないと誓い、息子を人質として置いていくという。これで裏切る心配は無いだろう。


***


 アントン・ヴァッガーが味方に付いたその日の夜。
 僕は城の執務室を訪ねていた。
 アールの手紙にあった、懸念を話す。

 「……カレドニア女王とアレマニア皇女でカレル様を取り合うようなことにならなければ良いのですが」

 僕が話し終わると、サイモン様は顎に手をやった。

 「ふむ、女二人の板挟みか……」

 「過去にもあの子を争って令嬢達がいざこざを起こしたことは幾度もあったなぁ」

 のんびりとした口調のジャルダン様。僕も『麗しき月光の君』を巡ってご令嬢達がキャットファイトを繰り広げた話を耳にしたことがあった。
 その時は貴族同士のいざこざで済んだけれど、今回はそうもいかないだろう。

 「令嬢達ならばまだしも、身分ある女性です」

 下手をすると、外交問題へ発展しかねない綱渡りだ。
 どちらがどちらを傷つけてもカレル様は責任を問われるだろう。無関係ではいられない。
 サイモン様も同じことを考えたのだろう、懸念ももっともだと頷いた。

 「だが、カレルは我が家の影の仕事をさせるべく鍛えている。無論、女の扱い方もな。
 隠密騎士では手が回らない貴族相手の謀略等の対処を任せて来たのだ。言質を取られぬよう上手くやるだろう。あくまでも皇女のもてなし役という肩書だ。決定的な言葉さえ口にしなければ何とでもなる」

 「しかし、強硬手段に出られたら。あのアーダム皇子の妹ですよ?」

 「その可能性はあるかもなぁ」

 僕とジャルダン様の言葉に、サイモン様は溜息を吐いた。

 「現実は時として予想を遥かに超えて来ることがあるのは事実だ。念の為気を付けるよう手紙を認めておこう。万が一の場合どうするか考えておけとな」

 「はい、それが宜しいかと」

 安堵に頷くと、サイモン様は「手紙と言えば、カーフィ―から少し気になる知らせが届いたのだが」と切り出した。

 「リプトン伯爵夫人のフレールが、目を離した隙に置手紙をして旅に出てしまったそうだ。何か知らないかという内容だった」

 「えっ?」

 フレールが旅に?

 「数日前のことだそうだ。どうも侍女と共に街道を南へ向かったようだが……」

 頷くサイモン様。
 街道を南へ、ということはジュリヴァかナヴィガポール方面なのだろうけれど……

 「まさか、アールに会おうとしているのでしょうか? もう王都に帰っていると思うのですが」

 「……分からんな。社交界に出れず引きこもるしかなかったという話だ。遅れた情報を手に入れたか、それとも単なる気晴らしの可能性もある」

 「国外へ出る可能性は」

 巡礼の旅ということもある。しかしサイモン様は首を横に振った。

 「女二人、巡礼ならば護衛を連れていく筈だ。それは流石に無いとは思うが」

 手紙を受け取った直後、念の為ジュリヴァとナヴィガポールに「貴族の女二人で国外へ出ようとするならば拒否して保護するように」と使者を差し向けたという。
 しかしそのような知らせは未だに来ていないそうだ。
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