貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(57)

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 「留守中、変わりはなかった?」

 「はい、少々修道士様達のお相手に手古摺てこずりましたが、ジャン様からのご連絡で特に緊急を要するものはありませんでした。アルジャヴリヨン支店の商売も恙無く」

 ヤンが苦笑いを浮かべながら頷く。

 「ダージリン領での人材募集の噂はそれとなく流しておいてくれたかな」

 「はい、そちらは既に手配を。商会経由でヘルヴェティアの方々に依頼をし、また商会の伝手を使っても噂を流しております。
 真面目で優秀な人材である事を証明出来れば、金が無くとも商会でダージリン領までの旅はこちらで馬車を出し費用も受け持つと。ダージリン領で雇われずとも、商会で雇われる道もあるとなると希望者は多く集まるでしょう」

 そう、僕は出来るだけ広く優秀な人材を集めるべく、キーマン商会とその伝手を使って王都や近隣の領地に噂を広めるよう指示していたのだ。
 優秀で人物も申し分ないのに金銭的問題があってダージリン領に来れない人とかを拾い上げる為だ。
 聖職者や信頼のおけるその土地の名士等の推薦状か、もしくは自分の能力を証明する何かを提出させることで決まった枠の人数が選ばれ、ダージリン領へ来る権利を得る。
 効率を考えて、各地の主な街から馬車を出してまとめて来て貰うようにした。
 僕達のやろうとしていること等も含めて考えたら、優秀な人材は欲しい。採用枠に惜しくもあぶれた者達でも是非商会で雇いたいところだ。
 領地の人材募集に乗じて商会の人材募集もする。これぞ一石二鳥の策だと我ながら思う。
 シャルマンの答えに僕は満足して礼を言った。

 「ありがとう。良い人材が集まってくれると良いね……他は?」

 「こちらを。大旦那様達とアール様からのお手紙でございます」

 「何々……」

 シャルマンから差し出された数通の手紙を受け取ると、ヤンからペーパーナイフを受け取って開封した。


***


 時は十日程前に遡る。

 アレマニア帝国の皇女エリーザベト・フォン・ズィルバーブルクは、一ヵ月近くの旅路を経てトラス王国の王都へやってきていた。
 流石に他国の皇族ともなると、高級宿ではなく王宮でもてなされる。
 トゥラントゥール宮殿に招き入れられ、客間に案内された皇女は、すれ違った煌びやかな貴族達や宮殿の内装を思い出し、母国の皇宮との違いに目を輝かせていた。

 「『ああ、緊張したわ。トラス王国のトラントゥール宮殿はなんて華やかなのかしら!』」

 初めての異国であるトラス王国の王宮の壮麗さに感動する彼女に、腹心の侍女ヘルミーネは「『そうでございますね』」と如才なく相槌を打った。

 「『服飾や文化が近隣諸国の流行の最先端であり、洗練されている――と話には聞いておりましたが、真のようですわね、皇女殿下』」

 「『……オー・ド・ショースフーズを着ている殿方が全然いなかったわ。婦人も袖のふくらみが無いか控え目ね。襟も付けないのね』」

 「『アレマニアの皇宮でもだんだんこちらのような服装が入ってきてございます。殿方のあのような膝丈のものはキュロットと申すそうですわ。いずれアレマニアでもあのような服装が流行するのでございましょうね』」

 きっと、そうなるだろう。
 侍女ヘルミーネの言葉を聞いたエリーザベトはそう思った。
 そう言えば、ここに来るまでに貴族達に何だかじろじろと見られていた。皇女として他者の視線に晒されて来たから分かる。少し、嘲笑混じりのものだったように感じた。
 エリーザベトが現在着ているドレスは、結構気に入っているものなのだが、彼らにとってはきっと野暮ったく感じるようなものなのかも知れない。

 「『……そう考えたら、着替えたくなってしまったわ。私の今の格好、何だか古臭く感じてしまって』」

 お気に入りのドレスも、色褪せてしまった。
 しょんぼりとするエリーザベト皇女に、ヘルミーネは慌てて口を開く。

 「『すぐにリシィ様のものを仕立てさせましょう。ただ、今は我慢をなさいませ。トラス王にご挨拶の際は、襟の代わりに宝石を、なるべく袖のふくらみの少ないドレスを選びましょう』」

 「『分かったわ』」

 最高の服飾師を選んで、とびっきりのドレスを作りましょう。
 エリーザベトが気を取り直したところで、来訪者があった。

 「おお、我が妹よ。良くぞ来てくれたな」

 やってきたのはエリーザベトの兄アーダム皇子だった。兄と共に見知らぬ貴族達がいる。兄の傍にいる貴族男性はとりわけ美しく、気品があった。恐らくトラス王国の王子か何かだろう。
 トラス王国語で妹を歓迎する兄皇子に、エリーザベトはそう当たりをつけ、「兄上様、お久しゅうございます」とトラス語で淑女の礼を取った。

 「アルバート殿、紹介しよう。私の妹のエリーザベトだ」

 案の定、気品のある男性はアルバート第一王子だった。
 兄がエリーザベトの婚約者レアンドロ王子を蔑ろにしてまで自分に娶せようと画策している男性。

 「……お初にお目にかかります。神聖アレマニア帝国第一皇女、エリーザベト・フォン・ズィルバーブルクと申しますわ」

 「これはご丁寧に。私はトラス王国第一王子アルバート・ルイ・フランソワ・ド・トラスと申します。お会い出来て光栄です、エリーザベト皇女殿下」

 ――レアンドロ様の方が素敵だわ。

 エリーザベトはそう断じた。
 兄皇子が視線で催促してくるも、エリーザベトは「私のことはリシィとお呼びくださいませ」とは言わなかった。
 エリーザベトの目には、トラス王国第一王子の人形のような美しさは少々物足りず、心に響かなかったからである。
 目の前のアルバート王子に引き換え、彼女の婚約者のレアンドロ王子の絵姿の方が逞しく人間味のある精悍な男の美を持っていた。手紙ではあるが、育んできた情がある分、どうしてもレアンドロ王子の方に軍配が上がる。

 ――それに、父皇様に決定的なことを言われた訳でもないのだもの。

 エリーザベト皇女は、少しばかり父と兄に反抗した。
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